1960年代の半ば。名門レーシングチームを擁するイタリアのフェラーリ社と、アメリカの大衆車を大量生産するフォード社が、真っ向から衝突した。フォード社によるフェラーリの買収交渉が決裂したことで、フォード社のCEOヘンリー・フォード2世が激怒。憎きフェラーリを、相手の土俵であるカーレースのサーキットで叩き潰すと宣言したのだ。このモーターレース史上でも伝説的な闘いを映画化したのが『フォードvsフェラーリ』。フォード社に招聘されてレーシングカー開発の指揮を執ったキャロル・シェルビーをマット・デイモンが、ドライバーとしてル・マン24時間耐久レースに出場したケン・マイルズをクリスチャン・ベールが演じている。本作のメガホンを執ったジェームズ・マンゴールドの代表作も振り返りながら、『フォードvsフェラーリ』の魅力とテーマに迫る。

66年、世界が注目した“最速”バトルを映画化

ごくわずかな人しか体験することができない時速200マイルの世界。サーキットを揺るがすエンジンの爆音。限られた条件、わずかな期間で王者フェラーリ打倒を目指す男たちの奮闘、スピードへの飽くなき執念で繋がった友情。映像、演技、演出、どれを取っても一級品で、観る者の胸を熱くさせてくれる。

モーターレースの映画だけに、車へのこだわりも半端じゃない。とりわけフォードが開発したGT40が、シェルビーとマイルズによって改良が重ねられ、ル・マン24時間耐久レースにふさわしいスポーツカーへと生まれ変わる過程は、職人のクラフトマンシップを愛する者にとってはたまらない一幕だろう。

1966年のル・マン24時間耐久レースの再現も、スタッフにとって大変な難題だった。現在のル・マンはかなり近代的に整備されており、田舎の道を走るコースも60年代とは大きく様変わりした。そこでスタッフは、ル・マンがあるロワール渓谷に似た地形をアメリカのジョージア州で探し出し、ロサンゼルス郊外の私設空港にル・マンの観覧席やカーピットのセットを実物大で建設。当時の300枚以上の記録写真をもとに細部まで再現された。つまりル・マン24時間耐久レースの場面は、アメリカ大陸の西と東に分かれて撮影されているのである。

組織のなかで夢を追求するジレンマ

しかしながら『フォードvsフェラーリ』は、スポーツカーやモーターレースに興味がある人のためだけの映画ではない。とりわけ映画ファンにとって興味深いのが、本作のストーリーが、まるで監督のジェームズ・マンゴールドの実体験の写し絵のようになっていること。マンゴールドが大手スタジオである20世紀FOXと繰り広げた苦闘の歴史が、そのままシェルビーとマイルズの状況と重なるのだ。

劇中、フォード社に招聘されたシェルビーは、フェラーリに勝つためには欠かせない人材としてマイルズをチームに入れることを主張する。しかし、マイルズは最初はフェラーリに勝つことなど夢物語だと取り合おうとしない。なぜならフォードのような大企業ではシェルビーがレースに勝つために必要なリーダーシップを発揮しようにも、企業の論理で決して自由な采配は振るえないと予感していたからだ。

それでもシェルビーはなんとかマイルズを口説き落とし、ともに打倒フェラーリを目指すことになるのだが、案の定フォード社はさまざまな横やりを入れてくる。そんな社内の政治を象徴しているのが、ジョシュ・ルーカスが演じている重役レオ・ビーブで、宿敵フェラーリ以上に大きな壁として立ちはだかる。

かといってビーブが必ずしも悪役とは言い切れない。ビーブにとってモーターレースはフォード社をPRし、自らが功績を挙げるための手段でもある。ただただ純粋に速さと勝利を追求するシェルビー&マイルズとは、そもそも考え方も目指すものも違っている。『フォードvsフェラーリ』は、組織のなかにいてどれだけ純粋にやりたいことを追求できるかという、仕事をする人間なら誰もがぶち当たるジレンマの物語でもある。

マンゴールド監督vs20世紀FOX

マンゴールド監督は過去に2度、『X-MEN』シリーズのスピンオフとして“ウルヴァリン”を主人公にした映画を撮っている。ヒュー・ジャックマンが17年間にわたって演じ続けたシリーズ屈指の人気キャラだ。

マンゴールドが最初に手がけたのは2013年の『ウルヴァリン:SAMURAI』。アメコミの原作にある設定を生かして、ウルヴァリンが日本にやってきて運命的な恋に落ちる物語だ。当初マンゴールドとジャックマンは、『ウルヴァリン:SAMURAI』をR指定が付くようなハードなバイオレンスアクションとして構想していた。ところが製作元である20世紀FOXから横やりが入り、あくまでもファミリー向けの枠内で公開された経緯がある。

もともと『ウルヴァリン:SAMURAI』はダーレン・アロノフスキー監督のもとで撮影寸前まで進んでいたのに、アロノフスキーの降板で延期になった。公式な理由は「家族と長期間離れていたくない」だったが、ジャックマンは「アロノフスキーのもとで、これまでのシリーズと異なるダークで生々しい作品になる」と公言していただけに、アロノフスキーの離脱の裏には20世紀FOXとの衝突があったのではないかとつい勘ぐってしまう。

それはただの憶測としても、実際にマンゴールドのもとで完成した『ウルヴァリン:SAMURAI』は、ハードなバイオレンスアクションというよりトンデモな日本描写がやたらと目立つ、中途半端な仕上がりであったと言わざるを得ない。興行的にはある程度ヒットしたものの、『X-MEN』シリーズとしては目立った結果を残すことができずに終わっている。

“ウルヴァリン”をめぐるリベンジマッチ

そしてマンゴールドとジャックマンは、今度こそ大人向けのウルヴァリン映画を実現させるべく、ウルヴァリンの死を描いた最終作『LOGAN/ローガン』(17年)に挑んだのである。前作がそこそこの成績だったマンゴールドが続投しているのは、ジャックマンとマンゴールドにリベンジマッチの気持ちがあったからだろう。

『LOGAN/ローガン』(Blu-ray・DVD 発売中) ©2018 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

実際『LOGAN/ローガン』をR指定かつ自由な環境で作るため、ヒュー・ジャックマンは20世紀FOXに対してギャラの減額まで申し出た。そして『LOGAN/ローガン』は興行的に大ヒットしただけでなく、妥協のない姿勢と文学的ですらある語り口で絶賛を浴びることになったのだ。

まったく『フォードvsフェラーリ』と関係のない話のようだが、どうかジェームズ・マンゴールドとヒュー・ジャックマンのことを念頭に置いて本作を鑑賞してみてほしい。シェルビー&マイルズとフォード社の対立は、まるでマンゴールドとジャックマンの“ウルヴァリン”をめぐるバトルを映画化したように見えてくるのだ。

つまり本作はただカーレースの映画ではなく、何かを作り上げることの難しさと素晴らしさを描いていると言える。シェルビーと巨大企業であるフォード社との愛憎関係を、マンゴールドと20世紀FOXに置き換えるのはたやすい。そして『フォードvsフェラーリ』もまた20世紀FOXの製作であることも、対立しながらもフォードのために踏ん張ったシェルビーとの関係性を思わせてくれる。

その20世紀FOXも、周知の通りウォルト・ディズニー・カンパニーに買収されて傘下に入った。まさに栄枯盛衰であり、ビジネス的な視点から『フォードvsフェラーリ』を観るのもまたおもしろい見方ができるのではないだろうか。

文/村山章

公開情報 『フォードvsフェラーリ』

ル・マンでの勝利という、フォード・モーター社の使命を受けたカーエンジニアのキャロル・シェルビー(マット・デイモン)。常勝チームのフェラーリに勝つためには、フェラーリを超える新しい車の開発、優秀なドライバーが必要だった。彼は、破天荒なイギリス人レーサー、ケン・マイルズ(クリスチャン・ベール)に目をつける。限られた資金・時間のなか、シェルビーとマイルズは、力を合わせて立ちはだかる数々の困難を乗り越え、いよいよ1966年のル・マン24時間耐久レースで、長年絶対王者として君臨しているエンツォ・フェラーリ率いるフェラーリ社に挑戦することになる。
監督・製作・脚本:ジェームズ・マンゴールド
出演:マット・デイモン、クリスチャン・ベール、トレイシー・レッツ、カトリーナ・バルフ、ノア・ジュプ
公開中
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2019 Twentieth Century Fox Film Corporation
公式サイト:http://www.foxmovies-jp.com/fordvsferrari/

ブルーレイ情報 『LOGAN/ローガン』

Blu-ray:1905円(税抜) DVD:1905円(税抜)
発売中
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