プロ野球の公式戦が、3月30日から始まりました。今年は野球・地域別対抗戦「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」で日本が優勝した影響で、野球人気がますます高まることでしょう。

 ところで、野球の試合では、ピッチャーがバッターにボールを当ててしまう、いわゆる「デッドボール」が発生することがあります。もしデッドボールでバッターが大けがをした場合、ピッチャーが法的責任を問われる可能性はあるのでしょうか。芝綜合法律事務所の牧野和夫弁護士に聞きました。

民事の損害賠償責任を負う可能性、「乱闘」傷害罪に?

Q.野球の試合中、ピッチャーがバッターにボールを当ててしまうことがあります。デッドボールがきっかけでバッターが大けがをした場合、ピッチャーが法的責任を問われる可能性はあるのでしょうか。

牧野さん「そもそも、野球の試合以外で、故意にボールを他人の体に当ててけがをさせた場合、刑事上は暴行罪(刑法208条)、傷害罪(刑法204条)、業務上過失致傷罪(刑法211条)が成立する可能性があるほか、民事上の損害賠償責任が発生する可能性があります。

しかし、野球の試合において、投手がデッドボールで打者にけがをさせてしまった場合、その投手は原則として、けがを負った打者に対して、民事の損害賠償責任のほか、暴行罪、傷害罪、業務上過失致傷罪などの刑事責任を負いません。なぜなら、『法令または正当な業務による行為は、罰しない』という正当業務行為(刑法35条)として、違法性が阻却されるからです。

ボクシングなどの格闘技のほか、サッカーや野球などのスポーツでは、競技者同士が競い合った際にけがをする危険性があります。競技者は、そうした一般的な危険を覚悟して試合に臨んでいると見なされるので、競技者が他の競技者にけがをさせてしまった場合でも、原則として正当業務行為(社会的に相当な行為)と解釈され、違法性が阻却されるのです」

Q.では、ピッチャーが故意にバッターにボールをぶつけ、大けがをさせてしまった場合、法的責任を問われる可能性はあるのでしょうか。

牧野さん「先述のように、競技中に他の競技者にけがをさせた場合は、原則として、正当業務行為として違法性が阻却されるので、民事・刑事いずれの責任も負いません。

ただし、故意に相手にけがをさせようとして、実際にデッドボールでけがをさせた場合や、故意だったかどうかにかかわらず、けがをさせた後、本来であれば病院に連れて行かなければならないほどのけがだったのに、連れて行かなかったことで重症化した場合、民事の損害賠償責任を負う可能性があります。デッドボールが故意に行われたものだったかどうかを証明するのが非常に難しいので、刑事責任成立の可能性は低いです。

過去にプロ野球で、外国人ピッチャーが審判に向かってボールを投げつけたケースがありました。こうしたケースは、試合による投球ではなく、憎しみで審判を傷つける意図があったと解釈されるので、もし相手がけがをした場合、正当業務行為として免責されずに、民事責任と刑事責任の両方を負う可能性があります」

Q.バッターがデッドボールで大けがをしたとします。その場合、ピッチャーに賠償を請求することは可能なのでしょうか。それとも、請求しても認められないケースが一般的なのでしょうか。

牧野さん「バッターが大けがをして、その後、ピッチャーに損害賠償を請求したとしても、先述のように正当業務行為として、ピッチャーの違法性が阻却されます。そのため、バッターは民事の損害賠償請求が認められないでしょう」

Q.野球の試合中に発生したデッドボールがきっかけで裁判に発展した事例について、教えてください。

牧野さん「デッドボールがきっかけで、裁判に発展したケースは見当たりませんでした。故意に相手にけがをさせてしまった場合は裁判に発展する可能性がありますが、そのような悪質性があったとしても、投手が本当にけがをさせる意図があったかどうかを証明することは難しいでしょう。

また、野球のデッドボールは、原則として正当業務行為が認められてピッチャーが法的責任を負わないケースが多く、裁判に発展しないのではないかと思われます。

一方、試合中の乱闘によって負傷者が出た場合、暴力をふるった本人の暴力行為が、実際に動画などで確認されると、傷害罪が成立する可能性はあります。試合中の乱闘は正当業務行為に該当しないので、違法性は阻却されません」