筆者のファイナンシャルプランナー・浜田裕也さんは、社会保険労務士の資格を持ち、病気などで就労が困難なひきこもりの人を対象に、障害年金の請求を支援する活動も行っています。

 長年ひきこもりの状態を続けていると、生活が不規則になりがちです。浜田さんによると、ひきこもりの人の中には、長年の不規則な生活により、重い病気にかかり、後遺症が残ってしまったケースもあるようです。

 今回は、病気による後遺症により、自力で日常生活を送るのが困難となったひきこもりの人とその家族を例に、浜田さんが対処法を解説します。

20年以上健康診断を受けず

「脳梗塞を発症したひきこもりの長男(49)の障害年金について、相談したい」

 ある日、私は事務所を訪ねてきた母親(82)からこのように相談され、事情を伺うことにしました。

 長男は20代の頃にひきこもるようになってから、昼夜逆転の生活を続けてきたそうです。食事は母親が用意したものを食べていましたが、それだけでは足りず、深夜にスナック菓子やジュース、コンビニの揚げ物、カップラーメンなどを毎日のように口にしていました。

 1日のほとんどを自室で過ごし、運動をすることはありません。社会との接点を持つことを好まなかったため、内科などを受診することはなく、20年以上も市区町村の定期健康診断を受けていませんでした。不規則な生活を続けてきたせいか顔色は悪く、体重は90キロ近くあったそうです。

 そのような生活を続けていたある日、いつもなら昼過ぎに起床してリビングに来るはずの長男が、夕方ごろになっても現れませんでした。心配になった母親が長男の部屋に行くと、あおむけのまま意識を失っている長男を発見しました。驚いた母親はすぐに救急車を呼んだそうです。

 大学病院に緊急搬送された長男は脳梗塞と診断され、緊急手術を受けました。幸いにも命は助かり、手術後1週間ほどで意識が回復したそうですが、長男は左半身にまひが残ってしまい、左脚や左手などをほとんど動かずことができなくなってしまったのです。

 入院中はリハビリを受け、左の指や腕、脚の曲げ伸ばしをしてもらいました。毎日1時間のリハビリを受ける以外は、ほとんどベッドの上で過ごしていたそうです。入院から1カ月がたった頃、医師から「専門の病院でリハビリを受けた方がよい」と言われ、転院することになりました。

 転院先の病院の入院期間は6カ月と決まっており、1日2回、1回当たり1時間のリハビリを受けました。リハビリは、指や腕、脚の曲げ伸ばしのほか、つえを使って歩く練習などでした。

 リハビリのかいがあり、指は多少動くようになりましたが、物をつかんだりつまんだりすることはできませんでした。左脚に力が入らないので、足元からふくらはぎにかけて装具を装着し、つえを使って歩く練習もしました。転院後、最初の3カ月間はほとんど歩くことができませんでしたが、6カ月目には3メートルほどであれば、ふらつきながらも何とか歩けるようになったそうです。

 その後、長男は退院し、現在は訪問リハビリを週に1回受けています。リハビリは主に左指の曲げ伸ばしのほか、手すりやつえを使って室内を歩く練習、着替えの練習、室内にあるポータブルトイレで用を足す練習などです。長男は右利きなので作業は右手で行いますが、それでも日常生活に大きな支障が出てしまっていることに変わりはありません。

 ところで、長男が緊急搬送されてから1年半が過ぎた頃、訪問リハビリの理学療法士から「障害年金を請求してみてはどうか」と勧められたそうです。

 しかし、両親は高齢で、障害年金の請求までこぎつけるのは難しいと感じました。「誰かに手伝ってほしい」と思った母親は、知り合いのつてをたどり、私に行き着いたのでした。

日常生活のほとんどを母親に頼る生活に

 母親から話を伺った筆者は、障害年金の請求に向けて何点か確認をしました。母親によると、緊急搬送されたときに長男が加入していた公的年金は国民年金であり、国民年金の保険料は父親がずっと支払ってきたとのことでした。この場合、長男は障害基礎年金を請求することになります。

 障害基礎年金は1級と2級がありますが、仮に2級に該当すると、金額は次のようになります。

障害基礎年金2級 月額6万6250円
障害年金生活者支援給付金 月額5140円
合計 月額7万1390円

 私は確認を終え、母親にこう言いました。

「障害年金で特に重要な書類は、医師の書く診断書と本人または代理人が書く病歴・就労状況等申立書の2つです。病歴・就労状況等申立書には息子さんの日常生活の困難さを中心に記入していくことになります。日常生活の困難さとは、主に次のようなものです」

・まひがある左手で物をつまむ、物を握る、ひもを結ぶなどの動作がどの程度できるのか。
・着替えは1人でできるのか。
・歩行や階段の上り下りはどの程度できるのか。

 長男がどのような状態にあるのかについて、母親から大まかに聞き取りました。現在は左手の指が多少動くようになったものの、指に力が入らないので物をつかんだりつまんだりすることはできないということでした。自宅の廊下に手すりを付けていますが、1人ではふらついてしまい危ないので、歩行の際はできるだけ母親に支えてもらっているそうです。

 階段の上り下りはできないので、外出する際は車いすを使用しています。上着の着替えは右手のみで行うため、かなりの時間がかかっているほか、ズボンの着替えは1人ではできず、母親に手伝ってもらっています。長男の体の状態では、自力で自宅の浴室を使うことができないので、週2回のデイサービスの利用時に入浴をしているそうです。

 私は、母親の話をメモし終えた後にこう言いました。

「今のようなお話を、病歴・就労状況等申立書にまとめていくことになります。息子さんの同意が得られれば、私の方で必要な書類をそろえていくこともできます」

「それは大変助かります。息子にも、専門家である浜田さんに手伝ってもらえることを伝えてみます」

 面談後、長男から同意を得られた私は、書類を整理し、障害年金の請求を完了させました。

 請求してから3カ月がたった頃、母親から「障害基礎年金の2級を受給できた」という報告を受けました。母親は私に感謝の言葉を述べた後、胸の内にある思いを口にしました。

「長男がもう少し健康に気を使ってくれれば、こんなことにはならなかったかもしれません。とはいっても、私たち両親がいくら忠告してもまったく聞いてくれませんでしたし、一体どうすればよかったのか…。障害年金を受給できたことがせめてもの救いです」

 障害年金が受給できたとはいえ、その代償はあまりにも大きいものでした。母親の話を聞いた私は、心が重くなっていくのを感じました。