日常生活で「猫背」「脚を組む」など、姿勢が悪い状態を維持していると、体がゆがんでいき、肩こりや腰痛などの症状を引き起こすといわれています。そもそも、体のゆがみを放置すると、健康リスクが増大するのは本当なのでしょうか。対処法はあるのでしょうか。整形外科医の歌島大輔さんに聞きました。

体のゆがみと症状の因果関係は不明

Q.「体のゆがみを放置すると、健康リスクが増大する」といわれていますが、本当なのでしょうか。

歌島さん「そもそも、『体のゆがみ』は、医学用語としてはっきりと定義されていません。そのため、エビデンスが十分に蓄積されているとはいえず、体のゆがみと症状の因果関係は解明されていない部分が多いのが現状です。そのため、『脚を組むと体がゆがむ』などの俗説が、実は十分に検証されていないことが分かります。

専門家によっては、『体のゆがみにより、全身の骨格に悪影響を及ぼすだけでなく、腰や膝の痛み、肩こり、首の痛み、頭痛、冷え性、便秘、生理痛、生理不順、胃腸障害、高血圧症などを発症する可能性がある』などと主張する人がいますが、そこには医学的な根拠があるとはいえません。われわれ整形外科医の多くは、とても懐疑的な目を向けています。

今回、『体のゆがみに相当する体の状態は健康リスクが高いが、理学療法士などの手技によって行われる徒手療法のほか、セルフエクササイズで改善できる場合がある』という可能性を否定せずに、私の方でさまざまな医学研究や文献を調査し、多くの人がイメージしていると思われる『体のゆがみ』を暫定的に定義してみました。その定義は主に以下の2点です」

(1)骨格の変形
この定義の中で一番分かりやすいのは、「側彎(そくわん)症」が考えられます。これは、積み木のように上下に並んでいる背骨の配列が左右にゆがんでしまう症状です。レントゲン検査では、脊柱の上下で最も曲がりの強い椎体から直線を伸ばし、その2本の直線の交差する角度、いわゆる『Cobb(コブ)角』が10度以上の場合に側彎症と診断します。

この側彎症で特に多いのは、10〜18歳の人が発症する『思春期側彎症』です。ただ、東京都の検診結果を調査した研究では、Cobb角が10度以上だった人は0.87%と、1%にも満たない状況でした。珍しい病気といえます(※1)。

(2)不良姿勢
これは多くの人が日常的にやりがちな行為です。実際、どんな人でも立ったり座ったりしているときに、左右均整な姿勢を取っているわけではありません。しかし、猫背のように背中が後ろに出っ張った姿勢のほか、『片肘をつく』『脚を組む』のように度を超えて左右に偏った姿勢、肩が本来の位置よりも前に倒れる『巻き肩』など、俗に言う不良姿勢というものは存在します。

Q.体がゆがむ原因について、教えてください。体でゆがみが生じやすい部位はあるのでしょうか。

歌島さん「先述のように、体のゆがみは医学的に定義されていないため、体がゆがむ原因は、現時点で明らかになっていない部分が多いです。

一方、疾患として治療対象になっている側彎症の研究があります(※5)。この研究によると、思春期の側彎症のリスク因子として、生活習慣は該当しなかった一方、母親が側彎症であれば、子どもも発症のリスクが高まるとしています。つまり、遺伝性が強いのが側彎症だということです。

側彎症や巻き肩などのケースから、ゆがみは、背骨と肩甲骨で生じやすいといえます。一方、一般的にゆがむことが多いと指摘される骨盤の場合、強靱(きょうじん)な靭帯で複数の骨が結合しており、動きがあるとされている仙腸関節でも数ミリしか動かないことが明らかになっています。骨盤はゆがみが生じにくいと言えるのではないでしょうか」

Q.専門家によっては、「体のゆがみを放置すると、将来的に寝たきりのリスクが増大する」と主張する人がいます。

歌島さん「専門家によってさまざまなリスクが提唱されていますが、その根拠となる研究や文献が提示されたのを残念ながら見たことがありません。

私が調べた結果、2015年の研究(※6)では、不良姿勢が腰痛のリスクだという報告があります。これは多くの人が実感しているかもしれませんし、より重症と思われる側彎症においても、通常の人よりも腰痛リスクが42%高まることが示されています(※3)。

しかし、分かったのはこの2点だけで、寝たきりのリスクも含め、さまざまな症状との関連を示す研究は見つかりませんでした。それどころか、不良姿勢よりはるかに重症である思春期側彎症の場合でも、生命予後、つまり寿命は平均寿命と変わらないことが報告されています(※2)。

私の整形外科医としての知識と経験に加え、世界中の論文を調べた結果、体のゆがみのリスクとして一般的に言われていることの多くは、過度に危機感をあおるようなものになっている可能性が高いと考えています」

ゆがみの矯正は可能?

Q.もし体にゆがみが生じていた場合、矯正することは可能なのでしょうか。

歌島さん「側彎症のような骨格の変形と、不良姿勢の2つの大きな違いは、改善の難易度です。骨格の変形の方が改善の難易度が高いので、不良姿勢よりも重症だと言えるでしょう。

極論すると、骨格の変形を治すには手術しかありません。側彎症の手術は、積み木のように連なっている背骨1つ1つに強靭なネジを入れた後、それぞれのネジを金属で連結していき、できる限り真っすぐに矯正していきます。とても強い金属を使うことで、何とか変形した配列を真っすぐに近づけることができます。そのため、整体で側彎症を治すのは困難です。

側彎症は、手術以外にも大事な治療があります。それは変形が進まないようにするということです。先述のように、側彎症は、Cobb角が10度以上の場合に診断されると解説しましたが、それが徐々に進行し、一般的に50度を超えてくると手術が必要だといわれています。

そのような状態に悪化させないために、『装具療法』と呼ばれるエビデンスのある治療があります。これは、背骨を真っすぐの状態に近づける特殊な矯正装具を使う治療法で、研究では症状の進行を防ぐ効果があることが明らかになっています(※4)。しかし、この研究によると、装具を少なくとも1日16〜18時間ほど装着する必要があると示されています。

側彎症などの骨格の変形に対して、改善の難易度が一気に下がるのが不良姿勢です。多くの不良姿勢は正しい姿勢を理解し、意識を変えるだけで治ってしまうからです。もちろん、それは無意識の習慣でもあるため、スポーツの練習と同様、反復練習で無意識に落とし込む必要があるわけです。

このように考えると、徒手療法の重要性はそこまで高くないことが分かりますが、大事なのは、『徒手療法は存在意義がまったくない』ということではなく、『治療時に徒手療法は必須とはいえない』という点です。

不良姿勢がどういうもので、正しい姿勢がどういうものか、そして、その意識付けの指導やフィードバックなどを中心に治療を構成する専門家は、とても頼りになります。ただ、多くの場合、患者をベッドに寝かせた状態で何らかの徒手療法を行うことに終止するケースが多いので、私は残念に思っています」

参考文献
(※1)* Masaki Ueno et al.J Orthop Sci.2011
A 5-year epidemiological study on the prevalence rate of idiopathic scoliosis in Tokyo: school screening of more than 250,000 children
(※2)* K Pehrsson et al.Spine(Phila Pa 1976).1992
Long-term follow-up of patients with untreated scoliosis. A study of mortality, causes of death, and symptoms
(※3)* Clark EM, et al.Spine(Phila Pa 1976).2016
The Impact of Small Spinal Curves in Adolescents Who Have Not Presented to Secondary Care: A Population-Based Cohort Study
(※4)* Stuart L Weinstein et al.N Engl J Med.2013
Effects of bracing in adolescents with idiopathic scoliosis
(※5)* Kota Watanabe et al.J Bone Joint Surg Am.2017
Physical Activities and Lifestyle Factors Related to Adolescent Idiopathic Scoliosis
(※6)* Steffens D et al.Arthritis Care Res.2015
What triggers an episode of acute low back pain? A case-crossover study