テレビのバラエティー番組のコーナーで「葬儀のマナー」が特集されることがありますが、葬祭業者の立場から見ると、それらの多くはひどい出来だと言わざるを得ないものばかりです。先日も、有名人に常識があるかどうかを面白おかしく伝えるバラエティー番組で、葬儀マナーを紹介しているのを見ましたが、いつものように事実ではない内容が放送されていました。

 テレビで放送される誤った葬儀マナーを、葬儀のプロの視点で見ていきたいと思います。

語尾を「消え入るように言う」は誤り

 例えば、「葬儀の受付で、何という文言であいさつすればいいか」について、「このたびはご愁傷さまでございました」が正解であり、それを伝える際は「語尾をはっきり言ってはいけない」と紹介されることがあります。結論から申しますと、そんなものは「正しいマナー」ではありません。

 まず、受付で適当な文言を必ず言わなければいけないかというと、決してそんなことはありません。軽く頭を下げる「会釈」をして、香典を受付に差し出し、記帳を行い、黙して一礼するだけでも儀礼的には何ら問題がないのです。

 たとえ黙っていても、所作に問題がなく、静かに作法ができていれば、それは一つのきれいな形です。お悔やみの言葉を必ずしも言う必要はありません。黙っていることも「言葉になりません」という一つの弔意であり、悲しい気持ちの表れだからです。

 そして、お悔やみを述べる場合も、語尾を消え入るようにする必要はありません。「弔いの席なので、元気よく、はっきり発声するのはふさわしくない」ことは確かですが、それを曲解すると「語尾は消え入るように」となるのでしょう。しかし、「はっきり言わない」のはむしろ、お悔やみをしっかりと言えないことになってしまいます。お悔やみはゆっくりと丁寧に最後まで述べましょう。

 また、香典袋の「ご霊前」という表書きについて、芸能人が「今までありがとうございました」「喪中」「お世話になっております」などと書く場面を見せて、「こんなことも知らないの?」と笑いを取ろうとしているケースもありますが、無理がある設定です。

 そもそも、香典袋は今やコンビニでも「ご霊前」と書かれたものを売っており、自分で表書きを書くことは少ないでしょう。よく見る物ですし、仮にその物を知らないとしても「ありがとうございます」と書くにはスペースが足りないと気付くはずです。

 過度な作り込みは面白さよりも、あきれを生みかねません。「やり過ぎ」の繰り返しがテレビの信用を落とし、視聴率低迷を招いた一因になっているのに、まだ分からないのだろうかと心配してしまいます。

「斎場は端を歩く」もデマ

「焼香のときは斎場の端っこを歩くのがマナー」だというのも、繰り返し放送される“捏造(ねつぞう)マナー”といえます。

「神道では、参道の中央を『正中(せいちゅう)』と呼び、神様の通り道としているので、そこを歩かないようにするのが神様に対する礼儀」との説があります。これも人によってさまざまに異なるので、一般の人のお参りとしてはそこまで強いマナーではなく、「できれば覚えておいてね」くらいのものです。

 一方、仏式の葬儀では端を歩く理由は何もないので、素直に中央を歩いてください。会葬の人数が多く、焼香炉が3台並んだような場合は、3列で並ぶことになりますから、必ず中央の人がいることになります。端っこを歩くのが葬儀のマナーなら、3列で焼香の列に並ぶとき、中央の列の人は必ずマナー違反を強制されて、故人や遺族に失礼なことをさせられているということでしょうか。

「中央を歩いてはいけない」がどれだけ、とんちんかんなマナーなのかが分かると思います。中央を通った若手芸能人に「中央突破ぁ!」などとテロップや音声であおりを入れる番組がありますが、「そう言いたいだけでしょう」と感じてしまいます。

「焼香炉が中央に1台」という番組での設定も、実際の葬式を正しく知らないことによるものだと思います。参列者数が少なくても焼香炉はだいたい2台で2列です。1人で焼香に出ると目立ち、順番の譲り合いが起きてしまうので、焼香炉は複数個用意することが多いからです。

 番組の設定上、焼香炉を1個にするのでしょうが、通常は複数人で並んで焼香をしますから、端も中央も選べるものではありません。前の人にならって素直に並ぶだけです。「斎場で真ん中を歩くのはマナー違反」という、ありもしないマナーをでっち上げるのはやめてほしいものです。

「焼香は3本指」も誤り?

 焼香のやり方についてもそうです。テレビ番組では「焼香は3本指でつままないとマナー違反」と紹介されがちですが、ちゃんとつまめてこぼさないなら、使う指は何本でもいいのです。

「3本指でつまみましょう」というのは「抹香を少量つかむには理にかなっている」というだけで、2本でも間違いではありません。焼香の目的は「お香をつまんで、炭の上でたくこと」ですから、極端な話、指は何本であろうと構わないのです。次から次へと、ありもしないマナーをよく作り出せるものだと思います。

 また、「返礼品を受け取るときの言葉は『恐れ入ります』でないとだめ」というのも見受けられます。中には「弔いの場は悲しみの場なので、『ありがとうございます』は使わない方がいい」と説明するマナー講師もいますが、あれは勉強不足なのでしょう。

「ありがとう」は漢字で書くと「有り難う」で、めったにないことに対する感嘆の言葉です。葬儀に参列して会葬の返礼品を受け取り、「これほど丁重にお気遣いいただき、喪主さま、ご遺族の皆さまのお気持ちは誠にありがたいことと存じます」という“まれなこと”というニュアンスです。慶弔どちらにも使えるのが「ありがとうございます」という言葉なのです。

 ちなみに、受付時と同様、黙礼でも構いません。葬式の場で「何か言わなければいけない」のは喪主のあいさつだけです。地域ごとのやり方などがあるので、ご自身の地域の葬儀屋さんに聞いてみるとよいでしょう。快く教えてくれると思います。葬儀に参列する際は早めに行って、葬儀屋さんに話し掛けてみてください。

問題は番組の制作体制

 テレビ番組での葬儀マナーは監修を行うマナー講師もいるのに、なぜ、こんなことになってしまうのでしょうか。その理由は番組の制作体制にあると思います。

 一つは制作会社が1コーナーずつ分担し、どんなセット、どんな編集でやるかをあらかじめ企画して、撮影・編集していること。そして、もう一つは番組に名前の出るマナー講師が大抵の場合、「経験が十分そうな、きれいめの女性」が相場で、象徴的存在として採用されているだけで、中身には口出しさせてもらえないことがよくあるからです。

 筆者もテレビ局や制作会社からのオファーが年に何回かあるのですが、ここまで述べたような「本当のこと」を言うと、面白おかしい番組を作りたいという制作側の意図と違ってしまい、使ってもらえないのが実情です。ネタ出しに協力するだけで、出演まで行くことはまれです。

 葬儀のことをよく分かっていないディレクターとADが「僕ら、あまり葬儀のこと分からないです」「何かいいネタないですかね?」とやってくるのは、20年前から変わらない風景です。

 葬儀のことはマナー講師よりも、「業歴○年、現場のトップ」のような人を取材・起用した方がいいでしょう。マナーの変化や運用、イレギュラーな出来事も、そのような人の方が引き出しを持っていることが多いからです。ちなみに、筆者も10歳になる前から葬儀の手伝いを始め、長い現場経験があります。マナー講師や取材元が話す内容が本当なのか裏を取りたいときは喜んで協力します。