8月6日は広島の「原爆の日」です。東京五輪期間中でもあり、「8月6日に競技会場などで黙とうするよう、選手たちに呼び掛けてほしい」と広島市が国際オリンピック委員会(IOC)へ要請したのに対し、「IOCは対応しない方針」という報道がありました。IOCのバッハ会長は自身の強い希望で7月16日に広島平和記念公園を訪れただけに「黙とうを呼び掛ける気持ちになってもらえず、残念」との声も出ています。

 3日後の8月9日は長崎の「原爆の日」、そして、15日は「終戦記念日」と戦争の犠牲者を追悼する日が続きます。戦争以外にも災害や事件、事故の犠牲者を追悼する際に行われる「黙とう」ですが、いつごろ始まり、どのように行うべきなのでしょうか。和文化研究家で日本礼法教授の齊木由香さんに聞きました。

中国では1200年前から?

Q.黙とうの起源や広がりを教えてください。

齊木さん「中国では唐代の詩の中に『潜心黙祷若有応』という記述があり、『黙祷(もくとう)』という表現がみられます。このことから、中国の一部では、1200年前には黙とうという概念があったと考えられます。日本では1912年、明治天皇崩御に伴う大喪の礼で行われたのが始まりといわれています。明治天皇に関する記録の中に『市民一斉に黙とうし』との記述が残されています。

大々的な広がりをみせたのは、関東大震災の死者に対して行われた黙とうがきっかけでした。1923年9月1日午前11時58分に関東一円を襲った地震で亡くなった人たちの冥福を祈るため、翌1924年9月1日に東京で慰霊祭が行われ、式典の中で午前11時58分から、1分間の黙とうをささげました。これ以後、日本では事件・事故・災害の発生日、つまり、犠牲者の命日の同時刻に黙とうをするという習慣が広まったと考えられています」

Q.黙とうは世界共通のものなのでしょうか、それとも、国ごとに違いがあるのでしょうか。

齊木さん「黙とうは仏教、神道などの宗教に関係なく、“世界共通の祈り”です。『無言で心の中で祈りをささげること』に違いはありません。ただし、信仰している宗教により、合掌をする、目をつぶる、お辞儀をする、膝をついて祈るといった祈り方の違いはあります。国ごとに違うというよりは、信仰する宗教によって祈り方が異なるといえるでしょう」

Q.黙とうの時間はどんな長さでもよいのでしょうか。追悼式など多くの人に黙とうを呼び掛ける際は「1分間」という長さが多いようです。

齊木さん「先ほど触れましたが、日本で黙とうが広がるきっかけとなった関東大震災の慰霊祭で1分間の黙とうをしました。このことから、公式行事の黙とうは慣例的に1分間となりました。これも先述しましたが、黙とうは事件・事故・災害の発生時刻に行います。例えば、広島の原爆の日は8月6日午前8時15分、長崎の原爆の日は8月9日午前11時2分の原爆投下時刻に行われ、終戦の日は1945年8月15日正午に昭和天皇の『玉音放送』がラジオで流されたことから、この時間に黙とうをします。

なぜ、1分間行うのかは一説に、その発生時刻に祈りをやめることがないようにするためとされています。例えば、8時15分開始の黙とうを1分未満で終えると『祈っていない8時15分』が存在するため、1分間は行うという考え方です。しかし、実際には、正確な時間の定めはありません。公式の場以外での黙とうは『1分は長すぎる』という理由で30秒や10秒に簡略化されることもあります」

Q.正しい黙とうの仕方というのはあるのでしょうか。座ったまま、目を開けたままでもよいのですか。

齊木さん「黙とうは『無言で静止した状態で祈る』ことを指します。これ以上の厳格な決まりはなく、基本的には神仏に対して祈るので、先ほど述べたように、信仰している宗教によって、合掌をする、目をつぶる、お辞儀をする、膝をついて祈ることもありますが、いずれも間違いではありません。

ただし、『式典』など大勢で行う際はアナウンスに従うことが大切です。そうした式典では、起立を呼び掛けられる場合がありますが、起立は“立ち上がってきちんとした姿勢を取る”、つまり、礼を正す意味合いがあります。厳格な決まりがないからといって、周りと違う行動をすると『黙とうを拒否した』と思われる可能性もあります。『多くの人が同じように祈ることが重要』と考える人には不快に思われる場合もあるので注意しましょう。大切なのは、周りに不快感を与えずに祈りをささげることです」

Q.黙とうの際、気を付けるべきことや心掛けるべきことを教えてください。

齊木さん「黙とうを行う際は『声を出さないこと』『体を動かさないこと』が最低限のマナーです。これは声や体を動かすことで音を立てることを避け、静かに祈りをささげるためです。また、ふさわしい時間に気を付けることも大切です。終戦記念日での黙とうの時間は『全国戦没者追悼式』の中で行われる黙とうに合わせ、正午から1分間行います。

そして、何より心掛けるべきことは黙とうをする対象に心から祈りをささげることです。私たち日本人にとって、戦争が終わった8月は特別な月です。6日と9日は原爆死没者を悼む日であり、『終戦の日』は戦争で犠牲となった多くの日本人に強く思いをはせる日でもあります。これからの平和を祈るとともに、歴史を振り返り、今、私たちが命を受け継いでいることに感謝して、祈りをささげてみてはいかがでしょうか」