【コラム】言葉のパラレルワールド 映画『ドリーミング村上春樹』

【コラム】言葉のパラレルワールド 映画『ドリーミング村上春樹』

 作品の中から感じ取る“パラレルワールド”は、村上春樹の魅力の一つだ。“向こう側”の世界が持つ意味はどんなものか、何を言おうとしているのか。その好奇心、探求心をそのまま言葉の世界に当てはめて考えることができるのが、翻訳だ。言葉の意味を置き換えるだけでなく、その作品が醸成する空気や、背後にある文化、登場人物が暮らす国の息吹が隅々まで満ちた一文にまとめる。そんな世界にのめりこんだ一人の翻訳者を追ったドキュメンタリー、『ドリーミング村上春樹』が公開された。

 織物をきっかけに京都を訪れ日本に魅せられたデンマーク人、メッテ・ホルムは、大学院で日本語と日本文化を学んだ後、吉本ばななや大江健三郎の翻訳を経て、20年以上にわたり村上作品を翻訳してきた。英訳からの重訳がほとんどだったデンマークで、初めて日本語からダイレクトに翻訳。メッテはハルキの世界を肌で感じるために日本を訪れ、レコードがかかるバーカウンターに座り、ファミリーレストランに行き、タクシー運転手と言葉を交わし、芦屋や上野を歩く。

 言葉は文化を丸ごと背負う。辞書的に意味を置き換えることが可能でも、読み手に同じ読み心地を残す文章に変換するのは至難の業だ。「完璧な文章などというものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね」という『風の歌を聴け』の一文が、映画の冒頭と締めにあるのは、翻訳の世界を知る者には”救い“に見えるかもしれない。メッテは、この「文章」という一言をどう訳すか、複数の訳語の間で悩み抜く。一つの言葉が持つ概念の大きさが他の言語で異なり、二つの言葉にまたがっている時に、どちらを選ぶ方がより原語に近い印象になるか。「一つの言語が正確に別の言語になることは決してありません」というメッテは、ぎりぎりのところまでその選択を繰り返す。

 翻訳は、異なる言語・文化圏に属する著者と読み手という、二人の主人に仕える仕事だと言われる。そして原文と訳文の間で、本来存在しない「第三の文章」を生む“善意の裏切り”が必要だ、とも。原文にできるだけ忠実に、それでも作家の意図と味を伝えることができる“変換”を。そんな翻訳の極意が詰まったドキュメンタリーだ。

Text by coco.g


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