2013年、東京にオリンピック・パラリンピック大会招致が決まり、日本の教育現場において、オリンピック・パラリンピック教育への取り組みが加速した。しかし、具体的にどのぐらいの数の学校が実施し、どのような内容で行っているのかが、気になるところだ。そこでこのほど、日本財団パラリンピックサポートセンターと順天堂大学スポーツ健康科学部渡正研究室が共同で、特にパラリンピック教育に限定して調査を行った。その結果わかったこと、パラリンピック教育の導入を検討する際に知っておきたいことについて、順天堂大学の渡正准教授にお話を伺った。

気づきと学びの場を与える、パラリンピック教育のふたつの側面

オリンピック・パラリンピックは、スポーツの持つチャレンジ精神やフェアプレー精神を理解したり、スポーツを通じて障がいのある方や海外の文化などあらゆる多様性について理解を深めるきっかけとなり、将来、グローバル社会や地域社会で活動していく子どもたちにとっても、貴重な機会となる。そんなオリンピック・パラリンピックを教育のテーマにすること、中でも今回調査が行われたパラリンピック教育とは、具体的にはどんな内容の教育を行うことなのだろうか。

① パラリンピックそのものについて学ぶ

「東京都の有識者会議の報告書によれば、パラリンピック教育とはどういうものかという『パラリンピックそのものについての学び』と、『パラリンピックというものを通じた学び』というふたつの側面があると指摘されています。でも、これだけでは非常に漠然としています。私個人としては、前者はパラリンピックを含む障がい者スポーツの歴史や、それらが生まれたきっかけについて知るということ。そしてパラリンピックで行われる競技にはどのようなものがあるか。その競技名やプレーの仕方についての学びと考えています」(渡正氏。以下同)

パラスポーツには、従来のスポーツにはないルールや概念がある。そのひとつが“クラス分け”という概念だ。

「パラリンピックには障がいの重さが競技結果にダイレクトに反映しないように“クラス分け”という仕組みがあるのですが、そこへの理解も大事。それに加えて、たとえば健常者は立っていろいろなことができますが、車いすに乗っていると動きが限定されますから、スポーツのルールも変える必要が出てきます。そうしたルールの工夫も含めた学びが、パラリンピックそのものについての学びだと思っています」

“クラス分け”は、一般のスポーツにはない特殊な概念なので、それを知ることによって障がいそのものについての理解を深めることにつながりそうだ。

② パラリンピックを通じて多様性を学ぶ

「一方、パラリンピックを通じた学びとは、パラリンピックの理念や目的に関する部分であり、障がいがあるなしを含めた多様性とは何か。多様な人々が共に生きる共生社会に対する理解を深め、それを実現するにはどうしたらいいのかなどを学ぶのが、パラリンピックを通じた学びだと考えています」

どのように授業に取り入れているのか?

パラリンピック教育のふたつの側面は、そのものについての学びから、通じた学びへと段階を経ることによって、共生社会の実現という大きな目標へつながっていくのだろう。では、実際にその学びはどのような授業の形態で行われるのだろうか。

「そのことに関しても今回アンケートで質問をしました。するといくつかパターンがあることがわかります。まず大きく分けて、通常の授業の中で座学として先生がパラリンピックを題材とした授業を行うケース。たとえば算数の授業なら、車いすマラソンの記録から、選手の走る速さを計算してみましょうとか。社会ではパラリンピアンの名前、出身地などについて調べるなどいろいろできます。これらは座学ですが、実技としては体育の授業で実際にパラスポーツをやってみる。パラリンピック教育というと体育の授業だけと考えられがちですが、いろいろな授業で行うことはできます」

まずは出前授業から始めてみる

ただ、授業で行う場合は、先生自身がパラリンピックやパラスポーツについて勉強をする必要があるため、ややハードルが高いと感じられないだろうか。

「パラリンピック教育をスムーズに導入するには、まずは出前授業から始めるのが一番だと思います。パラリンピックに実際に出場したパラリンピアンや、パラアスリート、関係者などに学校に来てもらって講演会や交流会を開催するのが出前授業。これなら、先生も勉強のつもりで講師を呼んで子どもたちと一緒に学ぶことができるので、きっかけとしてもいいと思います。ただ、誰をどこから呼ぶかを決めるのは難しいので、そんなときは専門家とのつながりがある市町村の教育委員会や日本財団パラリンピックサポートセンター、また私の所属する順天堂大学など、大学にもできることがあるので相談していただければと思います」


パラリンピック教育の実施において、小学校では出前授業と通常授業がバランスよく行われている一方、中学校では学年間での理解力に差が少ないため、学校全体で実施しやすい出前授業の割合が若干高い。特別支援学校では、生徒が主体的に参加できる実技の活動が多く行われている
出典:パラリンピック教育に関する東京都と千葉県の小学校・中学校・特別支援学校教員へのアンケート調査結果(調査期間:2019年11月6日〜12月10日)/日本財団パラリンピックサポートセンター パラリンピック研究会(以降のアンケート調査結果同様)

東京都と千葉県の小・中・特別支援学校で、7割以上がパラリンピック教育を導入


パラリンピック教育の実施率を調査したところ、どの学校も7割以上の高い実施率となっており、特別支援学校ではほぼ全ての学校でパラリンピック教育が導入されていた

では実際に、パラリンピック教育はどのぐらいの学校が実施しているのだろうか。

「今回私たちが調査したのは、東京都と千葉県の小・中学校、特別支援学校のケースです。何らかの形でパラリンピック教育を取り入れているのが小学校で約8割、中学校で7割5分、特別支援学校では9割を超えているという結果になりました。今回高校は調査しませんでしたが、私自身の感触として高校は大学受験を控えていたりしてすると、教育課程に余裕がなく、あまり取り組めていないというのが実情ではないでしょうか」

たとえば、小学生ではまだ幼くてパラリンピック教育について学びを深めることができない、あるいは逆に頭が柔らかいのでいろいろな物事を吸収できるなど、年齢による受け取り方の違いといったことはあるのだろうか。

パラリンピック競技を体験した子どもたちの反応

「小学生にパラリンピック独自の競技であるゴールボール(視覚障がい者のために考案された競技)やボッチャ(重度脳性まひ者もしくは同程度の四肢重度機能障がい者のために考案された競技)などを体験してもらってアンケートをとると、楽しかった、面白かったという反応が返ってきます。そう言う意味では学年による成果に違いはないでしょう。楽しそうにしている子どもたちを見て、先生方も手応えを感じるようです。たとえば目隠しをしてゴールボールをすると、それまでやってきた体育での運動能力の違いは一旦リセットされて、みんな同じレベルからのスタートになります。スポーツの楽しさをもう一度思い起こすきっかけになるので、大いに盛り上がるんですよ」

実際のパラリンピック教育の成果は?

そんな楽しさの一方で、パラリンピック教育の大きな目的である共生社会への理解を深めるという点では、どんな成果が見られるのだろうか。

「子どもたちは、それまで“障がい”というものをネガティブに捉えていたのですが、パラリンピックを知ると、障がいのある人たちがすごいことをやっている!と衝撃を受けるわけです。そのインパクトを通して、自分たちの身体や考え方、それまでやってきたことだけが全てじゃないんだということに気づくんですよ」

その気づきは、すぐさま日常に反映される。たとえば渡氏がインタビューした学校の中では、「朝登校中に白杖を持っている人に出会ったとか、車いすに乗っている人を見たとか、そういった報告が子どもたちから増えました」と述べる先生もいたそうだ。これまでも目にしていたはずだが、それがきちんと自覚されるようになったということなのだろう。

オリンピック教育よりインパクトが強い

「パラリンピック教育は、子どもたちがそれまでやってきたスポーツとは違う形、他の可能性に気づくことで、どうしてそういう競技が必要なのか、どうして違ったルールが必要なのかを考えることになります。そういった意味でオリンピックよりもパラリンピックの方が子どもたちにとってインパクトがあり、それこそ、私がオリンピック教育よりもパラリンピック教育を重視したいと考える理由です。ケガをした子どもがいたら、通常は体育の授業では見学しなければいけないわけですが、パラリンピック教育で気づきを得た子どもたちは、見学しなくても一緒に活動できる方法はないか、ルールなどやり方を変えることはできないかと考え始める。それが当たり前にできるようになれば、周囲にいる困っている人たち、自分と違う身体を持つ人たちだけが頑張るんじゃなくて、みんなで変えていこうと具体的なアクションを起こせるようになるはずです。それが共生社会の実現に向かう第一歩で、そこに向かって行くことがパラリンピック教育の重要性ではないでしょうか」

パラリンピック教育をスムーズに導入するためには?


パラリンピック教育を導入するにあたり、一番困難だったことについてのアンケートで最も多かったのは「学習の時間を確保するのが難しかった」、次に「授業準備の負担が大きかった」と感じている回答が多かった

パラリンピック教育の重要性は理解できるものの、教員の残業の多さに象徴されるように、教育の現場での教員のやることの多さはしばしば取り沙汰される。そんな時間的な制約もさることながら、用意しなければいけない設備、予算などはどうすればいいのかも気になるところだ。パラリンピック教育をスムーズに導入するにはどうしたらいいのだろうか。

知識のない先生でも手軽に教えられる教材を活用する

「国際パラリンピック委員会(IPC)公認の教材『I’mPOSSIBLE』というものが全国の小・中・高・特別支援学校などに配布されています。手元になかったら、学校のどこかに必ずあるはずなので、まずはこれを探してみてください。この教材は特別な講師がいなくても、教材を通して先生方がパラリンピック教育を教えられる仕組みになっています。授業をする際に使う競技用具などに関しても、これで代用できるというようなアドバイスも書かれているので、ここから始めるのが一番手っ取り早いと思います」


『I’mPOSSIBLE』日本版は、2017年から2020年にかけて全国の小・中・高・特別支援学校などに配布された。授業の準備や実施に必要なものが全て揃っている。教材が学校で見つからない場合は、WEBでダウンロードすることも可能だ

どの教科・活動で取り入れるべきか?

パラリンピック教育というと、一般的に体育の授業で行うイメージが強いが、他の各種授業でも行うことができれば、よりハードルが低くなり、パラリンピック教育に対するさまざまなアプローチができそうだ。その点で各学校はどのように取り組んでいるのだろうか。


パラリンピック教育は、どの教科・活動で行われたか(複数回答可)についての調査では、小・中学校では「総合」「体育・保健体育」「道徳」の順で多く、特別支援学校では「体育・保健体育」「総合」「音楽・図画工作・美術」の順で多く実施された

「パラリンピック教育に使われる教科で一番多いのは保健体育です。それは学校でオリンピック、パラリンピック教育の担当になるのが体育の先生が多いからなのですが、先ほども言ったように国語や理科、社会で取り上げることも可能です。ただ、私が今回の調査などを通して感じているのは、パラリンピック教育を継続的に行って成果を感じている学校というのは、それ以前から人権教育や防災教育など、その学校の特色となるような教育活動を行っていたケースが多いということです。従来行ってきた活動にパラリンピック教育を結びつけることができた学校は、かなり力を入れているように見えました。なので大事なのは、どの科目でパラリンピック教育を取り入れるかということよりも、過去に行っていた教育活動で、それがもし形骸化してしまっているということがあれば、そこにパラリンピック教育を組み合わせる。そうすると、わざわざ作り出す必要が無いのですから、新しく始めるより、スムーズに取り組むことができると思います」

導入のハードルを下げるための今後の課題

パラリンピック教育を進めて行くに当たっては、用具の購入や講師を呼ぶためのなどの予算の獲得、教員自身の準備、授業時間の獲得などさまざまなハードルがある。なかなか積極的に取り組めていない学校では、教員の意識の低さに原因を押し付けるような傾向があるようだが、問題はそれだけなのだろうか。

「パラリンピック教育を行うのは、どうしても先生に負荷はかかるし実際に大変ですから、現場の先生にやる気がないからだというのは不毛な議論だと思っています。きちんとした仕組みを作って、現場の先生の意識の高い低いに関わらず、誰もができるようにするのが一番いい。今回の調査で見えてきたのは、学校長・教頭と言った管理職に対する研修会を行うなどして、パラリンピック教育の意義を伝え、理解を深めてもらうことも重要だということです。管理職の理解があれば、授業時間や予算の確保という意味で、担当の先生の負担はだいぶ軽減されるのではないでしょうか。同時に各市町村の担当者、教育委員会、スポーツ担当部署へのアプローチも必要ですね。各学校の相談の受け皿になってもらうことが大事ですから」

「多様性」は子どもたちにとって、すでに不可欠な教育


Ⓒshutterstock

教育現場の負担というと、どうしてもネガティブな視点になりがちだが、それを補ってあまりあるパラリンピック教育の意義は、どういったところにあるのだろうか。それさえ自覚することができれば、今後も継続的にパラリンピック教育を展開していくことができそうだが。

「共生社会というと、ものすごく大きな概念で、それがどういうものなのか具体的に説明するのは難しいかと思います。しかし、一方で子どもたちを取り巻く現実の環境は多様性に満ちています。いろいろな子どもたちがいて、いろいろなルーツを持つ子どもたちも増えている。多様性がすでに現実のものとしてある以上、パラリンピック教育が目指す共生社会は机上の空論のような理念ではありません。現実の多様性を学び、具体的に共生社会を今後どうやって作っていくかを学ぶ大きな教育の機会と捉えれば、パラリンピック教育の意義もわかりやすく伝わるのではないでしょうか」

ゴールボールなどパラスポーツを初めてプレーするとき、それまでの運動能力の違いは一旦リセットされて、みんな同じレベルからのスタートになるという話があったが、車いすに乗ったり、目隠しをしてスポーツすることは、従来の体育、スポーツで重視しているスキルを身に付ける1つのステップとして位置づけることも可能なのだそうだ。

東京でのオリンピック・パラリンピック開催決定がきっかけとなり、取り組まれる機会が増えたパラリンピック教育だが、その学びには、大会以降も続くこれからの時代を生きる子どもたちに必要な要素が存分に含まれている。一過性の取り組みとして終わらせてしまうのではなく、教育機関、自治体、民間企業、団体などさまざまな人の理解と協力のもと、継続されることを願いたい。

PROFILE  渡 正(わたり ただし)
順天堂大学 スポーツ健康科学部准教授。2008年筑波大学大学院人間総合科学研究科修了。2015年より現職。専門は、スポーツ社会学・社会学・障がい学・スポーツ政策・スポーツ史。日本体育学会アダプテッドスポーツ科学専門領域 評議員。

「東京都と千葉県におけるパラリンピック教育の実態と今後の課題 ─小学校 ・ 中学校 ・ 特別支援学校教員へのアンケート調査結果より─」(パラリンピック研究会 紀要第15号)
http://para.tokyo/JournalofParalympicResearchGroupvol15.pdf

国際パラリンピック委員会公認教材『I’mPOSSIBLE』日本版
https://www.parasapo.tokyo/iampossible/

text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)
photo by Parasapo,shutterstock


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