2020年にIPC(国際パラリンピック委員会)がリリースし、ウェビー賞を受賞するなど世界的に高い評価を受けているPodcast『勝利のマインドセット:パラリンピックが教えてくれたこと』から、日本の読者に届けたいエピソードを紹介する企画の第2回。

今回紹介するのは、オーストラリアのゴールボール女子代表チームでキャプテンを務めるメイカ・ホースバーグ。幼少期のいじめから、スポーツはいかにして彼女の人生を救ったのだろうか。障がい当事者であるアンディ・スティーブンソンが話を聞いた。

※この記事は2020年9月に公開されたPodcast「A Winning Mindset: Lessons From The Paralympics」の「Meica Horsburgh on Mental Health」をもとに制作しています。

人生が嫌で、自分が嫌いだった

――視覚障がいといっても、程度の差があるということを知らない方がたくさんいます。あなたは、どの程度の視覚障がいなのかを教えていただけますか。

Meica 私は眼皮膚白皮症です。一般の人から「アルビノ」と呼ばれています。視力は結構見えている方です。普通の人の10%くらいの視力で、視力検査の一番上の段が見えるくらいです。

――色や形、明るさ、すべて判別できるのでしょうか。

Meica すべて判別できます。視野も欠けていません。日常生活で困難なことは、車の運転ができないことです。なので公共交通機関に頼らざるをえないのも大変ですね。

――ゴールボールについてはまた後ほど話をしますが、ゴールボールと出会って、ようやく自分の居場所を見つけたとどこかでおっしゃっていました。詳しくお聞かせいただけますか。

Meica 幼い頃は何となく周囲になじむこともできましたが、高校ではよくからかわれました。人生が嫌になってしまい、自分が嫌いでした。なぜ自分だけがまわりと違うのか、理解できなかったのです。障がいのある人の多くは、どこかで私と同じような経験をすると思いますが、「なぜ私が」と思っていました。ゴールボールと出会うまでは、自分はどこかに溶け込むことができるとは思えなかった。そして、自分に居場所があるとも思えなかったんです。

自分に合う場所を見つけること

――先ほど、からかわれたとおっしゃっていましたけど、それはいじめだったのでしょうか。つらかったと思います。

Meica かなりひどいいじめでした。毎日いろいろなあだ名をつけられ、からかわれました。正直なところ、人生が嫌で、生きがいが全く感じられませんでした。13歳の頃だったかと思いますが、自らの命を絶とうとしたこともありました。ゴールボールを始めた当時も、まだいろいろ悩みは多くて……でも最終的にはこのスポーツに救われたと思っています。

――13歳のときの自殺未遂の瀬戸際から、何があなたを立ち直らせたのでしょうか。

Meica 特別なものがあったかどうかはわかりませんが、ゴールボールで苦しさを発散できたことがよかったと思っています。自分に合う場所を見つけることができ、そしてそこに行けば自分はひとりではないということを知ることができました。同じような経験をしている人たちがいて、「他の人と自分はそんなに変わらない、目立つかもしれないけど、居場所があるんだ」ということがわかったのが、とても心強かったです。

みんなと同じだったらつまらない

――自分の過去を踏まえて、同じような経験をしている人がいたらどのようにサポートしますか。

Meica 私の姪は背が高いのですが、「ユニークで目立つから嫌だ、自分のことが嫌いだ」と悩みを打ち明けてきました。でも、私は「ユニークでもいいじゃない。あなたらしさを発揮すればいい、自分の居場所を見つければいい」と伝えています。みんなと同じだったらつまらないと思うんです。私は「目立つために生まれてきたのに、なぜ必死になって溶け込もうとするのか」という言葉が好きです。自分自身を愛する強さを見つけて、自分に合っていることを見つけることが大事だと思っています。

――ゴールボールに人生を救われたのですね。

Meica 救われました。ゴールボールと出会っていなければ、今どうなっていたかわかりません。生きていたかどうかもわからないです。自殺しようとしていたわけですから。間違った道に進んでいたかもしれません。

――ゴールボールにはどのようにして出会ったんですか。

Meica 14歳ぐらいのとき、学校でゴールボールを体験したのが最初です。その後、週末に活動する社会人チームに入りました。チームに入ったのは、学校の同級生が当時のオーストラリアのナショナルチームの選手をしていて、コーチから合宿に来ないかと誘われたのがきっかけです。

“TOKYO”が私にとって最後のパラリンピックになる

――オーストラリアのチームは「オージーベル」と呼ばれていますね。あなたはわずか15歳のときに国際試合にデビューしています。いじめや自殺未遂からたった2年後だと考えると、すごいことだなと思います。

Meica そうですね、大きな進歩ではありました。でも、当時、オーストラリアでゴールボールというのはそれほど盛んな競技ではなく、2000年以降は資金不足で選手は競技を続けることができず、チームとしての活動もほとんどありませんでした。そういう状況だったからこそ、私はナショナルチームに入れたんだと思っています。ラッキーだったんですね。今だったら入れないかもしれません。

――パラリンピックという競技、観点で見てみると、「オージーベル」にとってはジェットコースターのような数年をたどってきましたね。2008年の北京大会では出場権を得ることができませんでした。2010年にメイカさんがキャプテンに就任して、それから2012年のロンドン大会に出場、リオ大会では大活躍しました。

Meica とても特別なことでした。夢が叶ったようなものです。もともとオリンピックに出たいと思っていたぐらいスポーツが好きでしたが、それがゴールボールと出会って、パラリンピックに変わりました。そのために一生懸命努力もしてきました。そして、チームのキャプテンになることもできました。うまく言葉にできませんが、開会式でチームと一緒に入場した、あの瞬間は忘れることはできません。

――「オージーベル」として2回パラリンピックに出場されています。東京大会に向けて、意気込みはいかがですか。

Meica 東京大会が私にとって最後のパラリンピックになると思います。パリ大会には出場しない予定です。ですから、110%の力を発揮しなければいけません。最終的に表彰台に乗れれば最高ですが、過去2回のパラリンピックでの順位を上回る成績を出すことができれば、それだけで素晴らしいと思っています。世界のトップチームを相手にするわけですからね。できる力をすべて発揮していきたいと思っています。

人生は間違いなく生きる価値がある

――ゴールボールはプライベートでも重要な役割を果たしていますよね。2012年にゴールボールのプレーヤーであるジョン・ホースバーグさんと結婚されました。どのようにして出会ったのでしょうか。

Meica 実は遠距離恋愛でした。彼はメルボルンに住んでいて、私はブリスベンに住んでいました。月に1回ほど合宿が開催されていて、そこで会いました。また、トーナメントがあれば、一緒に遠征をしていました。そこで恋に落ちたわけです。

――ご夫婦として、2人ともゴールボールプレーヤーだからというわけではなくて、2人とも視覚障がいがあることで、何か特別なことはありますか。

Meica 2人とも視覚障がいがあるので、やはりいろんな課題はあります。車が運転できないですとか、どこかに出かけていくのが大変だとか。あと、やりたいことができなかったりすることはあります。例えば、キャンプに出かけるとかいうことができないわけですね。でも、一緒に暮らして生活は楽になっています。自分の課題を理解してくれるパートナーがいることは重要です。

――これを聞いている人たちには、いじめや嫌がらせに苦しんでいる人もいるかもしれません。ご自身の経験からアドバイスをお願いします。

Meica 今のあなたの人生は大変かもしれません。でも、必ずそれを乗り越えて立ち上がることができるはずです。人生は間違いなく生きる価値があります。前進する強さを見つけて、世界の中で自分の居場所を見つける、それが大事だと思います。

かつて障がいによってつらい境遇におかれていたメイカ・ホースバーグ。そんな彼女を救ったのはゴールボールだった。今回の東京2020パラリンピックでも、大舞台で活躍するアスリートを見て、彼女と同じようにスポーツと出会って人生が変わる人もいるかもしれない。スポーツのもつ価値に思いを馳せながら、東京大会を集大成に位置付ける彼女のプレーを見届けたい。


 

▼Podcastの視聴はこちらから
A Winning Mindset:Lessons From The Paralympics「Meica Horsburgh on Mental Health」

https://audioboom.com/posts/7690551-meica-horsburgh-on-mental-health

text by TEAM A
photo by Yoshio Kato

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