一人ひとりが主体的に考え、行動を起こす。“自主自立した組織づくり”の基本として注目を浴びている“ボトムアップ理論”。その誕生のきっかけがサッカーにあったことをご存じだろうか。ボトムアップ理論を確立した人物であり、それを広めるため、サッカー指導者としてはもちろんのこと、各種学校や企業などに呼ばれ全国を飛び回る畑喜美夫氏にお話を伺った。

無名校のサッカー部がいきなりのインターハイ優勝で脚光を浴びる

畑喜美夫氏

スポーツというと、どうしても監督やコーチなどの発言には一も二もなく従うことが求められる、いわゆる“トップダウン”のイメージがつきまとう。異論・反論は許されないので自ら考えることを放棄しがちになり、指示待ち状態へ。そんな指導の対極にあるのが“ボトムアップ理論”だ。畑氏とこの理論との出合いは、約50年前に遡る。

「“ボトムアップ理論”は僕が確立して体系的にまとめていったものなんですが、ルーツは小学校のときに出会った恩師・浜本敏勝先生の指導にあります。“選手が主役”のサッカーを実践されていて、練習も試合もみんなで話し合って決め、課題が生まれればまたみんなで話し合って解決する。そんなチームで僕は小学校中学校とサッカーをやっていました。今から半世紀近く前、まだ“ボトムアップ理論”などという言葉がない時代から、そのような指導をされていた浜本先生は先見の明があったのでしょう。教え子にはJリーガーや日本代表などがたくさんいます」

この考え方に関心が集まったのが2006年。畑氏の指導する広島県立広島観音高校サッカー部が全国高等学校総合体育大会(インターハイ)で初の全国制覇を成し遂げたときだ。

「全くの無名校がいきなりインターハイで優勝したので世間の注目を浴びました。僕の指導法を見たメディアの方に“ボトムアップ理論”が注目され、TVや新聞、雑誌で取り上げられるようになりました。これをきっかけにスポーツ界は少しは変わるかなと思ったんですが、文化が許しませんでしたね。僕は講演などで全国を回っていますが、チームや企業などの組織が変わっていったり、SNSで発信されたりするようになって、やっと今変わりつつあるなと実感しています」

逆転してはいけないミッションとビジョン

スポーツのみならず、さまざまな組織創りにおいて優れた理論とされるボトムアップ。この根幹にあるものはなんなのだろうか。

「“ボトムアップ理論”が目指すのは人間力の形成です。言い換えれば、世の中を一人でも生きていける力を身に着けること。決して勝つことが目的ではないのです。ミッションとビジョンの話をよくするのですが、たとえば、何のためにサッカーをするのかというミッション(目的・使命)は“道徳心、倫理観を持った人間力の育成”だとすると、人間力はどんどん高めていけますから育成に終わりはなく、ミッションにも終わりはありません。一方でビジョン(目標・未来像)は、たとえばまず第一に県大会出場、それをクリアしたらベスト○○というように終わりのある完結型です。このミッションとビジョンを逆転させてはいけないのです。何が何でも勝つこと、企業でいえば売り上げを上げることをミッションにしてしまうと、指導者による暴力やパワハラが起きたり、企業の不正などといったことが行われたりします。人間力がビジョンに負けてしまうんですね。そうならないためにも“ボトムアップ理論”では、人としての自分軸をしっかりと定め、自己形成していきながら目標をぶれさせない人、きちんとした人間力のある人を育てることを重要視しています」

“ボトムアップ理論”には3大原則がある。

1.選手育成の3本柱
 (1)挨拶
 (2)返事
 (3)整理・整頓・掃除(3S活動)

2.組織構築の3本柱
 (1)量より質のトレーニング
 (2)信頼と絆
 (3)自主自立の精神

3.全員リーダー制

挨拶、返事、整理・整頓・掃除は、一見簡単そうに思えるが、

・相手の目を見て心の扉を開くつもりで主体的に挨拶をする
・ただ「はい」と機械的に返事をするのではなく、分からない場合は「いいえ、わかりません」と言える環境を創る
・さまざまなレベルで「気づき」を得られるよう常に整理・整頓・掃除をする

とより深く意識しながら行ったらどうだろうか? これらを習慣づけることによって人としての成長が望めることは容易に想像できるだろう。

「“ボトムアップ理論”というのは“あり方”なんです。建物で言えば土台の基礎の部分。災害に見舞われても基礎がしっかりしていれば倒れることがありませんから、人間も基礎をしっかりと創っておくことが大事なんです。返事に関していうと、たとえば遅刻してきた生徒に先生は“なんで遅刻したんだ?”と質問しますね。すると“自転車のチェーンが外れました”とか嘘をつく子もいる。でも“どうしたら遅刻しなくなると思う?”と聞けば、生徒はどうしたらいいか想像してアイデアがどんどん出てきます。未来型の質問に変えてあげることで、想像力が養われ人間力もアップする。そういう環境創りはとても大事です」

畑氏が新しい学校に赴任するときは、そのクラブを強くするのではなく、担任するクラス、学校、そして地域も巻き込んで“ボトムアップ理論”によって変えていこうと思うのだそうだ。

「最初は校長先生もよくわかっていない場合もあります。でも、クラブが変わり、クラスが変わり、学校行事も生徒が中心に運営されるようになると、学校が動き出すんです。地域の清掃をするようになったりすると、地元の方々に“いつもありがとうございます”と感謝されるようになり、地域全体が“ボトムアップ理論”によって連帯できます」

2018年の6月末から7月にかけての西日本豪雨災害のとき、畑氏は広島県立安芸南高校で指導をしていたが、広島県も多大な被害を受けた。驚いたのは、その時生徒たちは自主的にSNSなどで連絡を取り合い、100人ぐらいが集まってグループに分かれ、大人より先に災害地へ支援に行ったことなのだそうだ。

「僕はたまたま県外に講演に行ってたんですが、校長先生から“サッカー部を中心に支援活動をしていて、それに注目したメディアが取材にきてるけれど、どうしようか”と相談の連絡が入りました。“人の役に立つこと”も“ボトムアップ理論”の大事なキーワードですから、それを実践してくれた生徒がいる。それが学校の風土になったことがとても嬉しかったですね」

一人ひとりの良さを引き出す全員リーダー制

自立型組織を目指した取り組みが、原則の3つめ“全員リーダー制”だ。チームをいくつかのグループに分け、各グループでチーフリーダーを決めて、その他の全員も何らかのリーダーの役割を担うというもの。部員が100人いれば、100人全員がそれぞれ中心となって果たす役割があるということになる。

「子どもたちは十人十色です。目立つリーダー的存在もいれば、あまり前には出ないけれども全体の把握が上手な子とか、発言はできないけれどもミーティングの資料作りをやらせたら天下一品という子もいます。そういう一人ひとりの良さを認めて引き出してあげること。そして一人ひとりがそういった自分の良いところを自覚していくことが大事なんです。今社会の流れとしては、自分を表現していきながら自ら道を切り拓いていくことが求められる時代に移り変わってきている。だとすると、教育の現場でもそのような社会できちんと自分を持って生きていける人を養わなければいけません。それには、やはり“ボトムアップ理論”によって指導者がそうできる環境を整えてあげること。子どもたちの想像力、選択・実行する機会を奪わないことです。“俺についてこい!”ではなく、一人ひとりをよく観察し、サポートしながら、本人たちの力で前進させていく。そういう教育が大事だと思いますね」

全員リーダー制は多様性受容への鍵も備えていたことには驚かされた。畑氏の指導を受け、社会へ旅立っていった人の中には、学校の先生や自衛隊員、消防士、看護師、企業では中堅の管理職などが多いそうだ。平和運動に取り組むNPO法人の理事をやっている人がいると聞けば、社会を良くすることに寄与する理論であることにも納得させられる。

「“ボトムアップ理論”が目指すものは、勝ち負けといった小さな世界ではなくて、みんなが豊かで幸せな社会です。平和な世の中を創っていくということに、本当のクレドがあります。この理論がどんどん広がって、よりよい社会の形成に繋がっていくと良いなと思っています」

一人ひとりの個性を尊重し、自主性を重んじる“ボトムアップ理論”。それを指導する畑氏は、生徒を怒ったり声を荒らげたりすることはなかったのだろうか、ふと興味が湧いて尋ねてみた。すると“それは人間の器、言葉の問題だ”という答えが返ってきた。言葉を知らない、語彙が貧困だから手が出る、足が出る、暴言を口にするのではないかと言う。言葉を知っていれば諭すことができると、本を読み、人に会い、努力を重ねたのだそうだ。キレる子どもたちも言葉を知れば変わるはずだという発言に、深く首肯させられた。畑氏のこういった謙虚な学びの姿勢、そして子どもたちの創造性を高め、人間力を養う指導も、“ボトムアップ理論”の広がりに繋がっているに違いない。

text by Sadaie Reiko(Parasapo Lab)

PROFILE 畑 喜美夫 (はた・きみお)
1965年生まれ。広島県広島市出身。小学校2年生から広島大河フットボールクラブでサッカーを始める。東海大一高校(現・東海大学付属静岡翔洋高校)に入学し、静岡県選抜で長谷川健太(元日本代表、名古屋グランパス監督)や三浦泰年(元日本代表、鈴鹿ポイントゲッターズ監督&GM)や武田修宏(元日本代表)と国体2位。U-17日本代表にも選ばれる。順天堂大学に進学し、2年時にU-20日本代表、4年時に関東選手権、総理大臣杯、全日本インカレの三冠に貢献。社会人でも広島県選抜選手として国体で優勝するなど現役として全国優勝を3度果たす。卒業後は、廿日市西高校を経て、1997年に広島観音高校へ赴任。「選手主体のボトムアップ理論」を用い、2003年に初の全国大会に導き(全日本ユース大会ベスト12)、2006年は全国高等学校総合体育大会サッカー競技大会(インターハイ)で36年ぶりの初出場初優勝の全国制覇の快挙を果たした。その後も数々のタイトルを獲り、全国大会に13度出場し、プロ選手(Jリーガー)も十数名育てた。日本サッカー協会公認A級ライセンス、日本体育協会上級コーチも取得している。2009年にはU-16 日本代表コーチに就任した。2011年に広島県立安芸南高校に赴任し、5年目で弱小チームを県ベスト8、県トップリーグ(1部)まで引き上げた。2019年4月から広島県立高陽高校に勤務。同年7月には、日本の教育活動革新の為に退職。同年8月に株式会社you homeに入社し、人財育成、組織構築部代表として講演・セミナー活動を行っている。2015年7月には一般社団法人ボトムアップパーソンズ協会を設立し代表理事も務めている。全国各地・海外での講演活動は年間120本に及び、多方面で活躍している。