新型コロナウイルスの流行によって、イベントの開催をリアルな場からバーチャルへと移す流れが広がっている。中でも、世界で最も多くのバーチャルイベントを手がけているのが、2017年にバーチャルイベントプラットフォームとして公開された「cluster」を運営するクラスター〔株〕だ。代表取締役CEO・加藤直人氏に話を聞いた。


「バーチャルイベント屋さん」では終わらない

――コロナ禍の影響は?

【加藤】問い合わせの数も、実際にclusterを使っていただく件数も、飛躍的に伸びています。正式版を公開した2017年には、公開イベントは自社イベントを含めて2桁しか数がなく、昨年は約350件にまで伸びていたのですが、今年は一気に1000件以上になりました。収支も今年に入って黒字になりました。

――どういうイベントが多いのですか?

【加藤】大きなものだと、今年8月に〔株〕ポケモンがバーチャル遊園地「ポケモンバーチャルフェスト」を開催したり、8月と9月に〔株〕横浜DeNAベイスターズとKDDI〔株〕が「バーチャルハマスタ」でオンライン観戦を開催したりしました。もともと多かった音楽ライブも引き続き行なっていますし、eスポーツの観戦や商品発表会、キャンペーンなど、ありとあらゆるイベントに使っていただいています。参加者だけでなく、主催者にもバーチャルイベントの良さを感じていただけています。

――主催者は、どんなところにバーチャルイベントの良さを感じているのでしょう?

【加藤】得られる体験は、動画を観るだけとは違い、VRデバイスやPC、スマホを通じて、バーチャル空間の中を歩き回ったり、他の人とコミュニケーションを取ったりと、フィジカルが伴った、リアルに近いものです。そうでありながら、会場の大きさや法令、物理法則などの制約を受けずに演出ができます。例えば、会場で爆発を起こすことは、リアルでは危なくてできませんが、バーチャルならできるわけです。実際、会場に水が流れ込んできて、参加者たちが沈むという演出をしたことがあります。

 準備や撤収、会場での人員整理などのスタッフが要らないのも、喜んでいただける点です。会場での事故も物理的には起こりません。

――バーチャルイベントのステージは、主催者の依頼を受けて、御社が作る?

【加藤】テンプレートも用意していますが、基本的にはそうです。企画からすべて請け負うのが当社のビジネスモデルなんです。バーチャルイベントなんて誰も知らなかった2015年に創業して、世界で一番多くバーチャルイベントを手がけている会社ですから、そのノウハウを活かしています。

――御社が世界で最も多くのバーチャルイベントを手がけているのは、早くから参入していたから?

【加藤】海外にもバーチャルイベントを手がけている会社はあるのですが、プラットフォームの運営も同時にしている会社は見当たりません。イベント会社か、バーチャルプラットフォームの運営会社か、どちらかなんです。

 また、VRが盛り上がった時期に同業者がいくつか現れたのですが、当時は「バーチャルイベントって何?」と言われる時代で、ビジネスとして成立させるのが難しく、気がつけばどこもやめてしまいました。最近は、ありがたいことに、clusterの取り組みを見てか、またバーチャルイベントに挑戦する会社がポツポツと出てきました。

――バーチャルイベント自体が、日本に多い?

【加藤】そんなことはなくて、企業のカンファレンスなど、海外でも大きなバーチャルイベントは行なわれています。

――海外展開もしている?

【加藤】今のところ、英語や中国語にも対応はしていますが、力は入れていません。今の状態で多言語のユーザーが入り乱れてしまうとユーザー体験が悪くなると考えていて、リージョンを分けるなど、ゾーニングの機能を準備してから本格的な展開に望む予定です。2021年は海外展開が最大のテーマになるだろうと思います。

 日本で事業展開をしている理由としては、まず私が日本人だということがあるのですが、次に、日本のコンテンツがバーチャルに乗せやすいということがあります。リアルなアーティストなどよりも、ポケモンのようなキャラクターのほうが、当然、バーチャルと相性が良い。『ソードアート・オンライン』というラノベ原作の人気アニメのイベントを〔株〕アニプレックスと一緒に開催したこともあるのですが、これは登場人物たちがVRゲームの中に入る話で、やはりバーチャルとの相性が良い。日本には、バーチャルと相性が良いアニメやゲームなどのコンテンツがたくさんあります。

 海外進出も、外国に支社を置いて、当たるか外れるかわからないコンテンツ作りをするよりも、日本に拠点を置いたまま、世界に誇れる日本のコンテンツで進出するのが明らかに効率が良いし、日本人としての王道の戦い方だと考えています。

――御社はclusterを「バーチャルSNS」と呼んでいます。

【加藤】当社は、創業当初から、「バーチャルイベント屋さんで終わらない」と言ってきました。イベントがデジタル化されてインターネットに乗っていく流れは絶対に起こるし、その市場で成功する自信も確信もあるのですが、それだけで終わっては面白くない。最終的にやりたいのは、イベント以外も含めて、インターネットに乗っていない体験をインターネットに乗せることなんです。まずはエンターテイメントのイベントから始めましたが、最終的には、「友達に会う」という感覚までもインターネットに乗せたい。なので、「バーチャルSNS」と呼んでいます。

――バーチャル空間に、もう一つの社会を作るということ?

【加藤】少しだけニュアンスが違っていて、メタバース(リアルに代わる仮想世界)を作りたいということではありません。リアルな体験をインターネットに乗せていき、最終的に、ソーシャルな体験まで含めて、インターネットに乗っていない体験がない生活スタイルを実現したいというのが、やりたいことなんです。


3年間の引きこもり生活で気づいたこと

――インターネットに乗っていない体験を、インターネットに乗せたいと思ったのは、なぜですか?

【加藤】僕は、大学院を休学・中退して、3年間、引きこもっていたのですが、そのときに「インターネットに乗っていない体験はすごくたくさんあるな」と感じたんです。今年、コロナ禍で引きこもらざるを得なくなったことで、そのことに気づいた人も多いと思います。インターネットがこれだけ発達して、ビデオチャットもできるし、SNSでも人とつながれるし、買い物も食事も宅配してもらえるし、娯楽もあるし、調べ物もできる。それなのに、家から出られないのはつらいと感じる。それは、フィジカルを伴った体験ができないからです。

 創業した当時は、「インターネットの世界では既にすべてがやり尽くされている」というイメージを誰もが持っている時期だったので、「インターネットに乗っていない体験がたくさんある」と言っても、ピンと来る人はいないようでしたが。

――エンターテイメントのイベントから始めたのは、なぜですか?

【加藤】まず、僕はいわゆるオタクで、引きこもっている間も音楽ライブやコミケに行きたいと思っていましたから、確実に需要があると考えました。

 また、最終的に人間は働かなくてよくなるはずなので、遊び場としてclusterを作ったんです。今後は仕事もする場になるかもしれませんが、今はエンターテインメントのプラットフォームとして広がっている最中です。

――人間は働かなくてもよくなる?

【加藤】それは僕に限らず色んな人が言っていることですし、必然の流れだと思います。技術自体がベーシックインカムとして捉えることもできますし、これからさらに技術は進化していきますから。

 例えば、お金はいくらでもあげるから、100年前にタイムトラベルしてくださいと言われても、僕は行きたくない。当時の技術レベルだと、お金があっても、今より生活は絶対に不便で、幸福度も下がるでしょうから。今は、技術が進化したことによって、100年前ほど働かなくても幸せに生きられるようになったわけです。さらに技術が進化すれば、人間が働く必要は自然となくなるでしょう。

 それに、働かなくてはいけないと決まっているわけではないですよね。生きていくために働くのであって、働かなくても生きていけるようになれば、働かなくてもいい。もちろん、働くことに生きがいを感じている人を否定するわけではありませんが、生きがいは働くこと以外からも得られるとも思います。

――3年間の引きこもり生活から御社のコンセプトが生まれたということですが、引きこもっていたとはいえ、経済的に自立していたようですね。

【加藤】そうです。スマホのカジュアルゲームが流行っていた時期で、多くの企業が参入していました。そんな企業から100万円くらいでアプリゲームの開発を受注して、2週間ほどで納品し、3〜4カ月暮らす、というような生活をしていました。

――ゲームを開発する技術は、もともと身につけていた?

【加藤】趣味で中学生の頃からプログラミングをしていました。

――収入があったなら、リアルなイベントにも行けたのでは?

【加藤】声優の水樹奈々さんが好きで、ラジオも毎週聞いていたし、ライブのBlu-rayも全部買っていたのですが、ライブに行きたい気持ちよりも、引きこもりたい気持ちが勝っていたんですよね。いくら高画質のBlu-rayを見ても、実際のライブ会場の熱狂や高揚感は得られないのが明確なペインでした。

 どうにか移動しないで済ませられないかと思っているときに出会ったのが、VRでした。Facebookが2012年にInstagramを10億ドルで買収したあと、2014年にOculusというVRデバイスの会社を20億ドルで買収して話題になったんです。どんなものだろうと気になって、まだコンシューマー向けは出ていなかったのですが、開発者向けのキットは販売されていたので、それを取り寄せました。

――その時点では起業は考えていなかった?

【加藤】起業を考えるようになったのは、スカイランドベンチャーズ〔株〕CEO・パートナーの木下慶彦さんから連絡をいただいてからです。

 暇潰しに、ゲームを開発するためのゲームエンジンの解説記事をブログに書いていたら、そのゲームエンジンが流行っていたこともあって、多くの人に読んでもらえるようになりました。スカイランドベンチャーズは投資先のゲーム会社で働くエンジニアを探していて、僕のブログを見つけたそうです。Twitterを見て、ゲームアプリやウェブサービスの開発をしていることや、暇そうにしているのもわかったと思います。ウェブサービスを開発していたといっても、例えば他人のスマホのリマインダーが見られるSNSとかで、誰にも使われませんでしたが。他人にリマインダーを見せたい人なんているわけないのですが、その当時は気づかなかったんですよね(笑)。

 引きこもっていたのは京都だったのですが、たまたま連絡をいただいた2週間くらいあとにゲームエンジンの勉強会が東京で開催されることになっていて、そこに登壇するために東京に行くことになっていました。そこで、その勉強会の会場に来てくれるなら会うと木下さんに返事をしたら、本当に来てくれたんです。

 そこで話をしているうちに、それだけ技術があって、時間もあるのなら、資金的な支援をするからと、会社にするのを勧められました。初対面でいきなりそんなことを言われたので「怪しいな」と思ったのが本音です(笑)。京都に帰ってから自分で色々と調べて、2015年に起業することにしました。