コロナ禍をきっかけに円安と物価の高騰、深刻な人手不足など、企業を取り巻く環境は厳しさをます。こうした環境下でも成長を続けるにはDXが不可欠だが、規模の小さい企業ほど苦戦していると聞く。

そんな中、IT人材ゼロにも関わらず内製アプリを開発、導入し、業務の効率化、赤字の改善を成し遂げ会社を甦らせた松本興産株式会社・松本めぐみ取締役に「DX」の進め方にについて聞いた。


漠然としたビジョンでDX化を進めて失敗した経験

――スバリ、松本さんにとって「DX」とは?

『DX』とは目的ではなく、従業員の幸福のために行う手段だと思っています。全社員、一人ひとりが自分ごととして捉え、日常の業務で直接「DX」による効果を感じ、業務だけでなく暮らしの場面でも恩恵を受け幸福になる。そのための手段であるべきです。

――なるほど、では、「DX」を行ったきっかけは?

松本興産株式会社は自動車部品を作っている工場です。1970年に埼玉県秩父市小鹿野町で創業、精密切削加工を得意とする金属部品メーカーです。全部で3拠点あり、埼玉県の他、タイにも工場があります。従業員280名、全グループの売り上げ45億の会社です。創業以来、時計部品の製造を行って来ましたが、2000年に自動車部品製造に参入し、着実に売り上げを伸ばしてきました。

ところが、ちょうど、3年前(2021年)コロナの影響により売り上げが20%落ち、営業利益が2億5千万の赤字となりました。翌年以降、徐々に売上を巻き返す予測でしたが、それでも4,000万円の赤字は避けられない状況でした。この赤字を回避するためには固定費を見直し、4,000万円を削減することが急務となり、「DX」を行うしかない!と決意しました。

――どのように「DX」を進めて行かれましたか?

4,000万の固定費を削減するには既存の様々なシステムを解約。業務を効率化するアプリを自分たちでゼロから作る必要がありました。

しかし、小鹿野町は土地の80%以上が森林部分です。800万人いる東京都心の労働者人口に対して小鹿野はたった5,000人、1600分の1しかいません。新たにIT人材を採用することは容易ではなく、既存社員をIT人材に育てていくことから始める必要がありました。

そこで、各部門より主要メンバーを招集し、部署横断型のIOT部門を発足。経営層が率先して先導していくことが重要と考え、デジタル化とデータ活用の基盤を築くためのプロジェクトを立ち上げました。

実は過去にもDX化を試みたことがありますが失敗しています。敗因は、DX推進の波に乗ろうとし、漠然としたビジョンでアクションを起こしたことです。

自社社員の個性や独自の課題にカスタマイズした内容ではなく、"この年までに、このターゲットでDXを進めていこう"といった既存のモデルケールを参考にガンチャートを作成、それに沿って進めました。その結果、計画に縛られ一方的な管理と要請により社員からは嫌われ、数千万の投資をしたにも関わらず失敗、社内にはDXへの嫌悪感だけが残る悲惨な結果となりました。


「DX」成功のポイント

この経験から、どのように進めれば社員たちが幸せになれるかを考え、次のようなステップを踏み進めました。

まず、心理学の先生による性格分析を全社員に受けてもらいました。結果、行動型、調和型、発想型、論理型、信念型、遊び心型といった6タイプに分かれることがわかり、自分がどのタイプでどんな特性を持つのかを知ってもらいました。その上で、それぞれの特性に合ったやり方でDXに取り組んでもらうようにしたところ会社の押し付けではなく自分で選択し、行動できるようなりました。

次に、業務の自動化で仕事を奪われる不安を抱いている社員へ、より働きやすくすることを理解してもらうため、全社員の8割が関わる業務でのDX化を選定、実施しました。

弊社は月に400万個の製品を出荷しており、約70名の検査員で全ての製品を目視検査しています。検査した結果は紙に記入、その後Excelに入力し直すという非効率な作業を行って来ました。そこで、この作業を効率化するため内製の検査アプリを開発、導入。

すると、大幅な作業時間の短縮に成功、社員自身も作業が楽になったと実感。この検査アプリだけでも約1,500万円の経費を削減できました。このように過去の失敗による嫌悪感を喜びや感動で塗り替えることに成功しました。

この小さな成功体験はアプリを開発・実用化した社員の周囲に電波し、「自分にもできるかもしれない!」と、思わせ次々とアプリを作成する社員が増加。気がつけば、自身のやりたい方法でDXに取り組み70名の正社員のうち、50名がIT人口に成長する好循環をもたらしました。

――「DX」成功に導いたポイントとは?

中小企業の仕事のフローは、その企業ならではのフローが多く、大手企業をベースに作られた既存のシステムを採用すると社内に混乱を招きます。また、既存のシステムを使うと人は考えなくなってしまう。

そこで、社員たちが自分の業務フローを深いレベルで考え、自分たちにあったアプリを作成できるように、経営層と一般社員が共にITのプロから毎週メンタリングを受けて、プロの技術の内製化を図りました。

部門ごとに管理してきたExcelのデータベースをより効率的で統合性の高いデジタルプラットホーム「SharePoint」に移行。プログラミング経験が乏しい社員が短期間でアプリを完成できるよう社員自らがソースコードを書かない「ローコード開発」を採用しました。

さらに、性格診断で認識した自分の適正に合わせ、自分の裁量で承認をもらわずにアプリを作成することができる仕組みも作りました。

そして、DXを推進する上で重要なポイントがもう一つ、"社員に会計思考"を持たせることです。DXは仕組みだけ整っても成功しません。会計視点で社内の課題を見出し、目的、数字戦略を理解できてこそDXを行う意味を深く理解し主体的に行動に移していけます。

弊社では独自に開発した「風船会計メソッド」を用いて会計思考を全社員へ教育し、決算書をベースに経営者視点で全部門からDX化に繋がるアイデアを募集しました。また、決算書から会社の状況を"メタ認知"できたことでDX化を面倒がっていた社員を奮起させ、自分たちの活動成果が、会社へどのような利益をもたらしているか目視できたことでDXが加速し、成功へ導いたのだと思います。

――「DX」導入で得たメリットとは?

ルーティン作業はほとんど内製アプリやRPAで自動化し、効率的なものづくりができる企業に生まれ変わりました。開発したアプリ数は70個を超え、生産性の向上、業務の効率化、労働時間の短縮を実現。約3万時間あった業務が1万時間以内に減少、従来使用していた様々なシステムを解約し4,190万の経費削減を達成しました。

このような取り組みの結果、社員たちの自己肯定感が向上し自発的に行動できる社員へと成長。会社に幸せがたくさん増え利益をもたらしてくれています。

さらに、多くの業務が自動化されたことで、在宅勤務や柔軟な労働時間を可能にし、子育て中の社員が活躍しやすい環境となりました。今では、全5部門中4部門で女性の役職者が活躍しています。

――これからについて教えてください。

今後は社員が開発した「風船会計システム」、「見積くん」といったアプリ自体が独自の価値を持つように別の事業に展開する新たなサービスの準備なども進めて行きたいです。

また、DXの様子や内製アプリの詳細、成果をSNSで発信したところ全国各地の経営者が、「DXの事例を知りたい」と見学で訪れるようになりました。現在では、「DX視察プログラム」と題した見学イベントを開催し、"製造業は変われない"という長年の意識を変えるべく、弊社の経験を紹介することで共に成長していくことを目指しています。

IT人材ゼロの山奥にある田舎企業でも経営者が社員の幸せを本気考えた時、不可能と思えたDXを実現させることができました。このような取り組みを重ね発信することで他の企業や社会の希望となれる、そんな企業を目指します。