がんの進行で始まった夫の徘徊…死後に妻が気づいたその行動の意味

がんの進行で始まった夫の徘徊…死後に妻が気づいたその行動の意味

<<看護師かつ、真言宗の僧侶である玉置妙憂さん。もともとは看護学校で教鞭を取っていた玉置さん。カメラマンだった夫のがんが再発、そしてその死を看取った。その経験から仏門を志し現在に至っている。
玉置さんの夫はがん治療を拒否し、「自然死(しぜんし)」を選んだ。「あれほど美しい死にざまを、看護師として見たことがなかった」と玉置さんは語る。
著書『まずは、あなたのコップをみたしましょう』から、夫が自宅療養にこだわり、そして徘徊行動に至るまでが克明に記された一節を紹介する。>>

※本稿は玉置妙憂著『まずは、あなたのコップをみたしましょう』(飛鳥新社刊)より一部抜粋・編集したものです
 
がん再発も病院治療を拒絶する夫、反発する看護師の妻 

夫の職業はカメラマン。2005年に入院して、大腸がんの治療を続けていました。
その5年後、すい臓の「膵胆管(すいたんかん)」というところに転移。主治医からさらなる抗がん剤治療を提示されたとき、夫は、ハッキリとこう答えました。
「もう治療はしたくありません」
それは、「がん細胞を叩ける可能性のある抗がん剤治療を選ばない」ということを意味します。
当時の私は看護師という職に就いていました。ですから当然「医療の力は、全面的に借りるべき」と考えていましたため、夫とは激しく対立しました。
「治療をしない」という夫の選択は、「家族への愛がない」としか思えなかったのです。「彼は家族がどうなってもいいと思っている」という思考回路になり、私はいつもイライラしていました。
フリーランスのカメラマンだった夫は、「自分が撮影したフィルム類を、整理したい」という理由で、自宅に戻ることを主張し続けました。
たしかに、抗がん剤治療を始めると、たとえ通院という形でも、副作用で写真の整理どころではなくなるでしょう。ただ、私はその価値観を、当時は理解してあげることができませんでした。
いったん言い出したら聞かない夫は、最後まで我を通しました。ですから、私たちはいつまでたっても平行線です。
本当に数週間は毎日、「治療をするかしないか」で随分と言い争いました。彼も私を説得できるような言葉をもっておらず、「もう病院は嫌だ」というような感情論を振りかざすしかなかったのです。
ただ、一番の問題は夫のすい臓と胃の間に短いチューブが入っていたことです。タンパク質のカスなどで、この管がすぐに詰まるのです。放置すると炎症などのトラブルを起こして、腹水(ふくすい)が溜まり、お腹が腫れあがってしまう。定期的に管を入れ替える必要がありました。
もっともその手術自体は軽いものなので、1日で退院できるのですが、その処置のためにたびたび通院するのは、体力の落ちた体には大変なことでした。
「入院すれば、ラクなのに」と思わずにはいられませんでしたが、夫は入院生活を拒み、必要なときだけ病院の力を借りる、という在宅療養のスタイルを押し通しました。


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