開始当初は伸び悩む視聴率が話題になった朝ドラだったが、仕上がりがどうだったか。ドラマウォッチを続ける作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が分析した。

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 いよいよ1週間を残すだけ。カウントダウンが始まったNHK朝ドラ『おちょやん』。放送された約半年間を振り返ってみれば……スタート当初は強気で大坂弁をまくしたてる主人公・千代(杉咲花)になかなか感情移入することができずに戸惑ったけれど、回を追うごとに独特なドラマ世界に引き込まれました。

 そして間違いなく来週、NHK朝ドラの中でも異色で、突出した出来映えの作品として幕を閉じることでしょう。その理由を挙げるとすれば−−。

 まず、脚本担当・八津弘幸氏が逃げずに描いた苦みのある人生物語。それが大きな光を放っていました。父と継母に捨てられ一人で生きるしかなかった千代。ヤクザに拾われ人間不信になった弟・ヨシヲ。革命に憧れ日本を捨てた有名女優・百合子。満州で博打におぼれ音信不通となる寛治。不倫でバラバラになる一平・千代夫婦。芝居すら捨てる決意をする千代。人生の苦さが一杯詰まっていました。それが味わいに転化し、一人一人の役者を輝かせる活力となっていった。一言でいえば「大人のドラマ」として満足度の高い作品となりました。

 演出も実に凝っていました。

「芝居小屋」「ラジオ収録現場」といった非日常=演技空間と、日常との間行き来する、という演出がとてもユニーク。芝居の「中の世界」をこれほどたくさん見せた朝ドラは例を見ない。そのおかげもあってか、メリハリが生まれて半年という長い間でも途中でダレることなく、登場人物が鮮明に視聴者の中に刻まれていきました。

 そして役者たちの演技。振り返れば、えもいわれぬ深い余韻を残してくれた役者たちが、ズラリと勢揃いしました。

・トータス松本−−演じた父・テルヲは鬼のように残酷で哀しい存在。ミュ−ジシャンが本業かと思っていたトータス氏の、振りキレた演技に脱帽。

・篠原涼子−−「岡安」の女将はまさに千代の二番目の母として圧倒的な包容力を見せつけた。

・宮澤エマ−−まだ32歳というのに意地悪な継母から人情深い老女・栗子まで、幅広い年齢を無理なく演じた力量に驚愕。

・星田英利−−演じた須賀廼家千之助からは、大阪コテコテ喜劇の即興力や妙味、おばあさん役などの見所を教えてもらった。

・井川遙−−看板女優・高城百合子の『人形の家』の力強さと千代の背中を押すパワー、ソ連への亡命という鮮烈な軌跡が忘れられない。

・若葉竜也−−小暮真治の優男ぶりといったら、実にいい味を出していた。千代に惚れて振られ、百合子と亡命していく。芝居や映画への愛が全身からにじみ出ていた。

・倉悠貴−−千代の弟・ヨシヲを演じ、物語に見事な転換点を作り出した。登場時間は短かったが視聴者に「ロス」を引き起こさせるインパクトで、哀しみを染みわたらせた。

 まだまだいます。寛治(前田旺志郎)に春子(毎田暖乃)、須賀廼家万太郎(板尾創路)に山村千鳥(若村麻由美)、花車当郎(塚地武雅)に長澤誠(生瀬勝久)……書き切れないのであとは視聴者の方々にお任せするとして、記憶の中に次々に浮かび上がる役者たち。それぞれがきっちりと爪痕を残しました。

 こんな朝ドラ、過去にあったでしょうか? 主人公や周囲の人が記憶に残ることはあっても、入れ替わり立ち替わり登場してくる人物の一人一人の顔つきから表情、声色から仕草までが鮮明に浮かぶなんて。いかにキャラクター造形が優れていたのか、を示しているようです。安易な家族ドラマに陥らず、スピンオフ風のドタバタ寸劇やムダなラブコメ風シーンで時間を水増しすることもなく、このドラマはきちんと刻むように人物を描き上げていきました。

 そしてもちろん、千代の元夫・『鶴亀家庭劇』の座長天海一平を演じた成田凌の魅力は筆舌に尽くしがたい素晴らしさ。モデル出身の二枚目イケメンでありながら、ダメ男っぷりを演じさせたらピカ一。と同時に舞台の上で白髪のジジイに変身し全身全霊で滑稽な喜劇役者に化けて見せてくれたこともびっくりです。

 最後に、いわずもがなこのドラマは千代を演じた杉咲花の圧倒的な演技力がなければ成り立たなかった。千代が垣間見せた鋼のような強さと繊細さ弱さ。人間ドラマとしての奥行きは、杉咲さんの演技から生まれた。後半は速度と口調までそっくりの大坂弁に寄せて浪花千栄子がそこにいるかような錯覚すら覚えた。まさしく浪花千栄子への尊敬と愛を込めたトリビュート作品に昇華しました。

 テレビ界では以前より対象年齢を下げたマーケティングが意識され、企画自体が広告ビジネスの色合いを一層増してきている、と指摘されている昨今。『おちょやん』は人生の複雑さ苦さを生きる力に転化した異色の「大人のドラマ」として燦然と輝き、NHK朝ドラの歴史に確かな足跡を残した、そう言えるでしょう。