4月30日、マッチこと近藤真彦(56才)が、ジャニーズ事務所の退所を発表した。マッチは昨年11月に、25才年下女性との5年に及ぶ不倫が『週刊文春』に報じられ、芸能活動を自粛中だった。退所という決断に、多くの後輩たちから感謝のコメントが寄せられるなか、異彩を放ったのが東山紀之(54才)のコメントだ。5月2日、キャスターを務める『サンデーLIVE!!』(テレビ朝日系)に生出演した東山は、険しい表情を浮かべて先輩の退所に苦言を呈したのだ。

「東山さんは、退所の前にマッチさんから後輩やスタッフに一切の説明がなかったことを明かし、『退所の仕方に大きな疑問が残る』、『自分を犠牲にしてきたスタッフの思いを、マッチさんはどう受け止めるのか』、『退所のコメントも薄っぺらく感じる』と言い放ちました。異例ともいえる辛辣な内容に、多くのファンや関係者から戸惑いの声が上がりました」(テレビ局関係者)

 誰もが驚いた東山のマッチ批判。その厳しい発言の裏側には、約40年にわたる2人の“薄っぺらではない関係”が潜んでいた。

 2才違いのマッチと東山が初めて出会ったのは1979年、マッチにとって芸能界デビューとなったドラマ『3年B組金八先生』(TBS系)の打ち上げの場だった。

「会場は新宿にあるボウリング場でした。東山さんは事務所の関係者に連れられて来ていたようで、マッチさんは『お前か! 新しいジャニっ子は!』と先輩風を吹かせたそうです。のちにジャニーズの長男、次男と呼ばれる2人ですが、このときから本当の兄弟のような関係が始まりました」(芸能関係者)

 田原俊彦(60才)、野村義男(56才)との『たのきんトリオ』で一世を風靡したマッチは、1980年12月12日に『スニーカーぶる〜す』でソロ歌手デビューを果たした。それから5年後の同じ日に『仮面舞踏会』でデビューしたのが、東山と錦織一清(55才)、植草克秀(54才)の少年隊だ。

「デビューまでの5年間、少年隊はマッチさんのバックダンサーを務めていました。東山さんは絶頂期のマッチさんの背中をずっと見ていて、少年隊としてブレークした後に、『いまの自分があるのはマッチさんのおかげ』と公言しています。華やかな姿だけでなく、マッチさんの人に見せない苦悩や努力も目の当たりにし、芸能界で成功する秘訣を学んだという思いがあるのでしょう」(前出・芸能関係者)

 若い2人は、私生活でも濃密な時間を過ごした。

「当時は事務所の寮生活。マッチさんが夜遅く帰ると、東山さんが下りてきて、『お帰りなさい。お腹空いていますか』と夜食を作っていたそうで、夜中にバイクで一緒にツーリングに出かけることもあったそうです。青春時代をともに過ごした2人の絆は強く、お互いに結婚して子供ができてからも、家族ぐるみの交流を続けていました」(マッチの知人)

芸能活動は“開店休業状態”

 ただ、2人は同じ方向に歩を進めていたのではない。むしろ、両者の歩みは対照的だった。

「マッチさんはまさに“自由奔放”でした」

 と語るのは、あるテレビ局プロデューサーだ。

「事務所の長男といわれたのは年齢的にそうなだけで、実際には、長男に求められるような模範生ではなかった。芸事を極めるというより趣味に熱中する少年のような心の持ち主で、カーレースに始まってスキューバダイビングやジェットスキー、釣りやラジコンなど、若いうちから幅広く趣味を持っていました」

 なかでも没頭したのが、1984年から本格参戦したカーレースだ。自身のレーシングチームを結成して、フランスのル・マン24時間レースや全日本F3000選手権(フォーミュラー・ニッポン)などの名だたるレースに挑戦した。もはや趣味ではなく、“もう1つの本業”となり、近年、芸能活動は“開店休業状態”と揶揄する声さえあった。

 1980年のデビューから1998年までは42枚のシングルを発表していたが、2002年から現在まではわずか11枚。2017年を最後にリリースは止まっている。活動自粛前のレギュラーはラジオ番組2本とCM1本。当の本人は2012年の雑誌のインタビューで、「好奇心を素直に楽しむ生き方を、これからもしていけたらいいなと思う」と語り、芸能活動の少なさを気にすることはなかった。

「1975年に郷ひろみさん(65才)がジャニーズ事務所を退所した後、事務所を支えたのがマッチさんだといわれています。幅広い世代から圧倒的な支持を得た稀代のスターでした。いくらいまの仕事が少ないからといっても、彼の功績は色褪せません。功労者ですから、収入も保証されていました。一部では、ジャニーズの関連会社の株式も与えられていて、配当もかなりあると報じられています」(前出・芸能関係者)

 一方の東山は、デビューから現在まで全身全霊をかけて芸能活動に打ち込んできた。

「仕事はもちろん、プライベートも一切手を抜かないことから、付いたあだ名は『ミスター・パーフェクト』。東山さんは自分がマッチさんの背中を見て育った経験から、後輩が成長するか否かは自分次第という気持ちが強いんです。歌手活動以外にも、舞台やミュージカル、バラエティーなどさまざまなジャンルに挑戦してきたのは、後輩たちに活躍の幅を広げさせるためでもあったんです」(東山の知人)

 そしてマッチが活動自粛となってからは、テレビで後輩を盛り立てる姿が目立つようになっていた。

「最近は多くのテレビ番組で、ジャニーズの若手との共演を重ねています。後輩からの素朴な疑問に答えたり、気になる後輩として『なにわ男子』の名前を挙げ、『(歌やダンスが)上手で、どうやって育っていくか楽しみ』と励ました姿が印象的です。Snow ManやHiHi Jetsには、バラエティー番組でどっきりを実行して、メンバーの隠れた魅力を引き出しています」(前出・テレビ局関係者)

“次男”の東山は“長男”を守り続けた

 40年の歳月は、2人の立場を大きく変えた。2019年にジャニー喜多川さん(享年87)が逝去した後、ジャニーズ事務所は滝沢秀明氏(39才)が副社長に就任するなど、世代交代を進めている。2023年3月末からジャニーズJr.の「22才定年制」が導入されることも決まり、実力主義に舵を切ったともいわれている。

「厳しい言い方をすれば、結果を出していない者の居場所はないということ。そうなると、マッチさんのような“功労者”に向けられる目は厳しくならざるを得ない。多くの若手にとってマッチさんの活躍は生まれる前の話ですからね……」(前出・芸能関係者)

 時の流れとともにマッチが孤立するなか、東山は次男として長男を守り続けた。

「マッチさんに対する周囲の空気が変わっていくことを感じた東山さんは、後輩にマッチさんの絶頂期の偉大さを切々と諭していました。大晦日の恒例『ジャニーズカウントダウンコンサート』では、東山さんがマッチさんを引き立てるように献身的にステージを動き回っていました。

 趣味に没頭する先輩には複雑な感情を抱きつつも、尊敬の念は消えなかった。しかし、マッチさんは、そんな東山さんの気持ちも知らず、“やってもらえて当たり前”という思いだったのかもしれません」(前出・東山の知人)

※女性セブン2021年5月20・27日号