芸能界屈指のおしどり夫婦と言われていた市村正親(72才)と篠原涼子(47才)が7月24日、離婚を発表した。2005年12月に結婚した夫妻の間ではここ数年間、不仲、別居説がささやかれていた。しかし、それらは常に本人たちによって否定されてきた。篠原をよく知る芸能関係者はこう話す。

「ついに、という感じです。ただ、発表されたコメントからはお互いへの尊敬や感謝ばかりが目に付き、離婚の理由が一切語られていないのです。それに、親権を市村さんが持つことについて、彼は《人生の先輩である私の強い希望で、親権は私が持つことを受け入れてくれました》と書いていますが、年齢的なことを考えても、篠原さんが持たないことに首をかしげるばかりです」

 2人の子供は現在中学1年生と小学4年生で、市村は72才。下の子が成人になるまではまだかなり時間があるが、それでも市村がシングルファーザーになったのだ。

「そもそも、協議離婚の場合、親権は8割方母親が持ちます。高齢の父親が持つのは極めて異例。あくまで一般論ですが、母親側に親権を持てない事情や、自ら持たないことを選択した可能性も考えられます」(離婚に詳しい弁護士)

 2人の出会いは20年前に遡る。2001年9月、篠原の初舞台『ハムレット』で共演したのが、市村だった。篠原は市村の演じるハムレットのお妃候補・オフィーリアを熱演。この共演をきっかけに24才差の2人は交際をスタートさせた。当時、市村には妻がいた。

「当時は“略奪交際”ともいわれていました。2人は早くから結婚を意識していたようですが、篠原さんのお父さんが許しませんでした。篠原さんのお母さんは彼女が2才のときに事故で他界していて、一人親で子供を育てることの難しさをよく知っていた。市村さんと二回りも違う篠原さんが、いずれはひとりで家庭を守らなければならなくなるのではと心配していたそうです」(テレビ局関係者)

 篠原は、2003年に離婚した市村と2005年に結婚。その後の2人は、おしどり夫婦そのものだった。市村はインタビューなどで篠原を「神様がくれた宝物」などと表現し、外出時には人目も憚らず手をつなぐ姿がたびたび目撃された。2008年に長男、2012年に次男に恵まれると、篠原は仕事を減らして家のことに時間を使うようになり、市村は長男のために育児休暇を取得するなど、イクメンとしての顔も見せるようになった。

 2014年、市村に早期の胃がんが見つかる。

「早期発見のきっかけは、篠原さんが普段の食事を細かく記録するレシピノートをつけていたおかげです。市村さんの食べる量が減ったことに気がついて、検診を受けることができました。篠原さんは仕事をキャンセルして手術を受ける市村さんを全力でバックアップしていました」(前出・テレビ局関係者)

 ベランダを家庭菜園につくりかえ、新鮮な野菜をいつでも食べられるようにするなど、篠原の懸命な支えもあり、市村は2014年内に舞台に復帰。その勇姿を篠原は、子供たちと一緒に客席から見上げていた。

妻にずっと振り回されていた

 絵に描いたような内助の功──しかし、2人をよく知る関係者はこう話す。

「最初から、夫婦間の上下関係は、圧倒的に篠原さんが上だったように思います。篠原さんは市村さんに甘えるのがうまく、市村さんは篠原さんの言うことを何でも受け入れていました。

 たとえば、外出先で篠原さんが人目を気にすることなくダダをこねたときは『なんで怒るの。ごめんね。どうしたの』と、まるで赤ちゃんをあやすように謝りながらなんとか機嫌を取るなど、ずっと振り回されっぱなしだったんです」

 それでも、この頃は人生と芸能界の大先輩である市村には、まだ妻の甘えを許容する余力はあった。しかし、それがほころび始める。力を入れていた長男のお受験が一区切りした頃だ。篠原はドラマ、映画、舞台にと休む間もなく仕事を入れ始めた。

「篠原さんは、それまでセーブしていた仕事を本格化させ、出るドラマは必ず話題になるという状況になった。あのときは、ノリにノッていました。もともと仕事好きで、仕事関係者と飲みに行くのも大好きだった篠原さんは、まるで独身時代に戻ったかのようでした」(篠原の知人)

 篠原は夜になると、昼間のカジュアルなママスタイルとは打って変わって、はやりのファッションに身を包み、ヒールに履き替え、飲食店に出向いた。そして、日付が変わるまでおしゃべりに興じるようになったという。『女性セブン』もその様子を幾度となく目撃している。

 あるときには、隠れ家バーで大人女子会に参加し「常に恋していたい、旦那以外と!」と不倫願望を叫ぶママ友に同調し「人生、また始まるかな〜」と意味深発言。空が明るくなるまでマティーニを飲み続けた。

 またあるときには高級焼き肉店で4時間半過ごした後、芸能人御用達のオシャレなバーへ。そこでも周囲に響き渡るような声でママ友らしき女性たちに「私のことをわかってほしいのよ」と、愚痴のような言葉が止まらなかったという。お相手はママ友ばかりではなかった。時には、疑惑をかけられかねない男性と長い夜を過ごしたことも。

 隠れ家レストランの個室で篠原と過ごしていたのは、森高千里(52才)の夫である江口洋介(53才)だった。2015年のドラマ『オトナ女子』(フジテレビ系)で久しぶりに共演していた2人は、この夜、焼き肉店で過ごしてから別のレストランに移動。ソファに横並びに座り、徐々に距離を縮めながら次々にグラスを空けていった。

夜遊びを続ける妻を市村は黙認していたが……

 篠原の夜の外出は、市村が不在の時期に重なっていた。

「舞台で活躍する市村さんは地方公演が多いので、長期間家に帰らないこともあります。そのタイミングで篠原さんは、共演者やスタッフと出かけるように。朝帰りすることもあった。子供のことは気にしていましたが、お酒を飲むと盛り上がり、最後まで居残るタイプです。家にシッターさんがいることもあり、次第に頻度も多くなっていったようです」(前出・篠原の知人)

 子供がまだ小さなうちは母として、そして市村が病に倒れたときは妻として努めてきた篠原。多くの女性がそうであるように、怱忙期は女であることからしばらく遠ざかっていた彼女は、少しずつ自分を取り戻しつつあった。

「外に出るようになって彼女の自由でオープンなところが戻ってきたと感じました。その雰囲気もあってか、仕事もさらに順調になっていきました。それと同時に、結婚時はまったく気にならなかった市村さんとの年齢差も気になるようになったようです」(前出・篠原の知人)

 当初は多忙で外出がちな妻を黙認していた市村も、しびれを切らすようになった。

「あるとき、市村さんは篠原さんの夜遊びを注意したといいます。いつもは仕事先のスタッフとのつきあいで断れなかったと言い訳をしつつ謝る篠原さんですが、そのとき高ぶっていた篠原さんは『もう別れたい』『離婚する!』と返したようなんです。

 このけんかが市村さんにとってはトラウマになってしまった。70代になっての離婚だけは避けたいと考えた市村さんは、篠原さんにある程度なら自由にしてもらっていいからと容認するようになっていきました」(前出・篠原の知人)

 それからの篠原は市村が自宅にいても外出する機会が増えるようになり、深夜の帰宅が朝帰りになり──そんな妻のことを、市村は身近な人に相談していたという。

「市村さんが篠原さんの仕事関係者に怒りをぶちまけたこともあったそうです。本人は仕事と言っているが実際はどうなのか。事務所の管理がなっていないのではないかと詰め寄ったとか。一方で『浮気してもいいから、きちんと世間には隠してほしい』『子供と自分の年齢のことを考えてほしい』と、篠原さんに懇願。何があっても絶対離婚はしないと強く言い切ったそうです」(前出・篠原の知人)

 1973年、篠原の生まれた年にデビューした市村は、劇団四季の看板俳優を務めた後、ミュージカルにドラマにと幅広く活躍してきた。2019年には国から旭日小綬章を受章するなど、押しも押されもせぬ名俳優。いくつもの当たり役を持つ壮年の男性が、妻のために頭を垂れる。それでも篠原は変わらなかった。

※女性セブン2021年8月12日号