コミュ力だのコミュ障だのと、「コミュニケーション」をどのようにできるかが人の生活や仕事、はては人生まで左右するほど重要なこととして取り扱われるようになったのはいつからだったか。それと同時に、発達問題も含めコミュニケーションが苦手な人や独特な人を排除する雰囲気が強まっていないか。俳人で著作家の日野百草氏が、みずからを「ポンコツ」と評する50代男性が働く難しさについてレポートする。

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「子供の頃から怪獣の名前だけは完璧に覚える子でした。他はまったく覚えられない」

 緊急事態宣言から外れた埼玉県東部の大型ショッピングモール、コロナ禍ながら盛況な人波の中にドドンゴさん(埼玉在住・本人希望の仮名・50代)を見つけた。元は運送関係の取材をしていた中で知り合った方だが、打ち合わせ先のファミレスへの道すがら、仮名の由来に絡めて「ドドンゴだから奥多摩のほうがよかったですか?」と尋ねるとストーリーを機関銃のように話し出す。そう、ドドンゴさんは幼少期から『ウルトラマン』シリーズ、その中でも怪獣(以下、本稿中は恐竜、宇宙人、怪人も含む)が大好きだ。仮名のドドンゴも『ウルトラマン』第12話「ミイラの叫び」に登場する”ミイラ怪獣ドドンゴ”からだ。

「小学校では成績が悪くても平気で、むしろ怪獣博士って呼ばれてました。でも中学から(成績が)クラス最下位とかでバカにされるようになって、高校はお金を払えば入れる偏差値30(台)の底辺私立高校に単願で入りました」

 ファミレスに着いても話は止まらず、第19話「悪魔はふたたび」の青色発泡怪獣アボラスと赤色火炎怪獣バニラの対決まで行ったところで無理やり制してドドンゴさん自身の話に戻す。ミュー帝国(アボラスの出身地)で話を切ったため不満そうなドドンゴさん、一事が万事このような方で、先ほど筆者は「見つけた」と書いたが、ドドンゴさんは約束の時間に30分以上遅れて到着している。それは構わないが、場所すら忘れていたらしく、ラインで「僕を見つけてください」と顔写真入りで送ってきた。なので「見つけた」ということになる。この広大なショッピングモール、殺伐とした令和の越谷にも奇跡は起こる。

「私、昔からポンコツなんです。これでもマシになったほうですが」

 落ち着きを取り戻したドドンゴさん。話をまとめると、彼は幼少期から『ウルトラマン』シリーズが大好きで、その怪獣の名前からデータやエピソードに至るまで完璧に覚える「怪獣博士」だった。もちろんドドンゴさんの年齢を鑑みれば再放送、再々放送で観たものが多く、リアルタイム視聴の最初は保育園時代の『ウルトラマンA』ではないかとのこと(諸説語り続けていたが省略)。それはともかく、ドドンゴさんはそんなウルトラシリーズの怪獣しか覚えない子だった。学校の勉強はまったく駄目で、高校も地元から離れた底辺私立高校しか入れなかったという。

「高校に“行く”ってことはできたんです。でもそれだけ。テスト(の点数)はヤンキーより低かった。小学校までは何とかなってたんですが」

 ヤンキーはやる気がないだけで要領が良かったり、やればそれなりの点数は取ったりする。しかしドドンゴさんは要領も悪く、それなりの点数すら取れなかった。

「学校ではノートもちゃんと取って、授業も聞いてました。それなのに中学ではクラス最下位、学年でも後ろから数えたほうが早いんです。で、遠くのバカ高校」

こんな私に向いている仕事と会社に出会えて感謝

 昔は学年全員の成績を廊下に張り出す学校があった。地域差、学校差はあるかもしれないが、昔の漫画やテレビドラマなどで散見されるシーンだ。いまはコンプライアンスや生徒の人権問題もあり、張り出すところがあっても上位者に限る学校がほとんどだろう。ドドンゴさんは毎回からかわれ、恥ずかしかったという。

「大人しくて勉強してるのに最下位、そりゃからかわれます。でも小中はずっと(地域と学校が)一緒の連中だったんでからかわれる程度、地元から離れたそのバカ高校に行ってからが本当の地獄でした」

 ドドンゴさんは好きな話なら人と話すことは苦にならない。むしろ陽気で多弁だ。理解ある昔なじみばかりの中学では「陽気で変なバカ」で済んだという。

「(初めて)自分を見た人からすれば、ノート取って授業聞くなんて頭良さそうじゃないですか。それなのにバカ高校でも下から数えたほうが早い成績なわけで、”ガリ勉バカ”って勝手に思われて、地獄ですよ」

 そんなドドンゴさん、空気を読むのも苦手なため、初っ端から高校で怪獣話をしてしまった。もちろん同好のマニア相手ではない。

「入学早々、(ウルトラシリーズに関係しているとドドンゴさんが思った)話が出たんで、それからダーッっていつもの癖が出ちゃったんです。ツルク星人です。で、”なにそれ?”から”こいつヤベー!”ってキモがられるようになりました」

 別に高校生怪獣博士だっていいじゃないかと思うが、実際に受け入れてくれるクラスメイトはなかなかいないのが現実だろう。まして不良文化がもてはやされた1980年代のビーバップな高校、オタクに人権なんかない。生存権すらあやしい。バレた瞬間クラスの最底カーストへ無条件転落だ。ちなみにツルク星人とは『ウルトラマンレオ』第3話、第4話に登場する宇宙人である。もちろんクラスメイトはツルク星人の話なんかしていない、通り魔事件の話をしただけだ。ドドンゴさん、なんでも自分の興味に持っていってしまう。

「だから高校はほんと辛かった。毎日ボコられに行くようなものです」

 いま現在は当時ほど酷くないという。ドドンゴさんの見かけはいたって普通だし、脳内の”ウルトラスイッチ”さえ入らなければどこにでもいるおじさんだ。

「それなんです。見るからにヤバい人ならいいんでしょうけど、自分はウルトラマン(シリーズ)の話さえしなければ、(人前で)頭使ったりしなきゃ(見かけは)普通ですからね」

 ドドンゴさんは好きな話に転じると自重できない。先ほどのように機関銃のようにまくしたて、その怪獣を、ストーリーを誰もが知っている体で語り尽くす。

「なんで怪獣なんでしょうね、学校の勉強とか資格とかならいいのに」

 確かに、ウルトラ怪獣ではなく六法や判例ならドドンゴさんは弁護士になれていたかもしれないし、広範囲な学習知識なら東大に入れたかもしれない。ましてやウルトラ怪獣の知識は完璧なドドンゴさんだが、ウルトラシリーズの背景にある深いストーリー性や現実社会と結びつけた考察などは理解できないという。ただ「ウルトラ怪獣が好き!」で表面上の怪獣知識とストーリーの羅列が好き。なかなか難儀な記憶力だ。しかし表面上の見かけは普通、話してもスイッチさえ入らなければ、きっかけさえ無ければ本当に普通の人だ。

「その普通っぽいのがほんと困るんです。学校でもそうだったし、仕事でもそう。忘れ物は多いし時間もルーズでミスばかり、とくに(口頭で)言われただけじゃ駄目ですね。ちゃんと紙に書いてもらわないと」

 筋道立てて一から百まで説明を書いてもらえれば問題ないというが、多くの現場はそうはいかない。ドドンゴさんは数え切れないくらいの転職を繰り返し、現在は運送会社の倉庫で働いている。そこは中小企業ながら理解ある上司や同僚に恵まれ、きっちりドドンゴさん専用のマニュアルまで用意されているという。ドドンゴさんもさすがに50代、以前よりは気をつけて働いているとのこと。仕事では余計な話をしないように努力しているという。倉庫がシャドー星人に爆破されるとかキングゲスラが襲ってくる(キリがないので説明割愛)とか妄想してしまうが頭だけにしまい込む。年齢と社会経験、失敗を重ねる中でドドンゴさんなりに修正してきたのだろう。根は真面目なのも幸いした。

「書いてあることをそのままやるのは大丈夫です。単純作業は苦になりません」

 作業中はほとんど話す機会もないが、ドドンゴさんは平気だという。むしろ作業途中で別のことを言われたりすると頭が混乱してしまうのでほっといて欲しいそうだ。たまに運転仕事もあるがとくに問題はない。運転は好きで無事故。要するにドドンゴさんは好きなことは問題なくこなすが、その幅が極端に狭く、ごく限られているということだろう。

「こんな私に向いている仕事と会社に出会えて感謝してます。とても優しい上司で、本当にありがたいことです」 裏表なく、常に屈託なく率直に話すドドンゴさん。これもドドンゴさんの長所だろう。考えてみれば、大半の労働というのはもっとシンプルで、誰にも出来るものだった。たとえばかつての印刷会社には断裁工がいた。ただ紙をひたすら切る仕事だが、慣れやコツの問題はあっても複雑な仕事ではない。同じく印刷会社には各出版社を回って入稿物を回収するだけ、という仕事もあった。どれも当時は正社員であった。筆者の幼少期も、一日何回か役所や学校の文書を運んで届けるだけという仕事があって友人の父がやっていた。むろん正規の公務員である。「誰もやりたがらないので中卒が3人受けて3人受かった」と謙遜していたが、昭和まではドドンゴさんのような人でも家庭を持ち、マイホームを建て、贅沢はできなくとも安定して生活できる仕事がたくさんあった。いまや単純労働のほとんどは機械やAIに代替されるか廃止、従事できても大半が非正規、ましてやそれなりに複雑な作業と過剰なクオリティが求められる。

ポンコツな自分も自分。偏差値30で怪獣ばかりの頭も悪くない

「結婚はまだです。したいのですが相手がみつかりません。ちゃんとつき合ったこともない」

 さすがにドドンゴさんも怪獣の話ができる女性を求めているわけではないが、同居のご両親を安心させるためにも結婚はしたいという。一人っ子でずっと実家、おおらかなご両親と仲がいいというのも地獄の学校生活と転職まみれのドドンゴさんを救った部分だろうが、それはそれで結婚の足かせにもなっているとこぼす。一人っ子の未婚中年ジジババ付きでは厳しいとも。理想は南夕子(『ウルトラマンA』の中盤までの主役の一人)だそうだ。

「それだけじゃなく給料も安いですからね、ただ正社員ってだけです。私みたいなポンコツが贅沢かもしれませんが、それ(収入面)も敬遠されますね」

 しかしドドンゴさん、中高年未婚男性にありがちな「若い女性と結婚したい」という望みは無いと語る(南夕子の設定は10代なのだが……)。子どもはいらないとも。

「かわいそうじゃないですか、私みたいな子どもが生まれたら。(たとえば)アンパンマンとかポケモンのキャラしか覚えられない子どもなんて」

 遺伝するかどうかはわからないし精神医学、発達心理学に関する言及は本稿の主題でないため避けるが、そんな子どもだっていたっていいと思う。ドドンゴさんのような人でも生活できる環境を実現するのがノーマライゼーションだ。福祉の未整備な昭和以前だが、ドドンゴさんが自嘲するところの”ポンコツ”に優しい社会という面もあった。日本は元来のんびりした国だった。うっかり八兵衛でも与太郎でも、結婚して子どもを生んで、長屋でからかわれたり愛されたりして暮らせた。一概には言えないし江戸時代は極端だが、昭和もそれに類するおっちゃんが普通に暮らしていた。21世紀は“ポンコツ”に厳しすぎる。

「いやそんな子どもヤバいですよ。だって私、怪獣知識の間違いとか見つけるとムキになっちゃう子でしたから。止められないんです。それで嫌われたりキモがられた。自覚はあるんですが、学校でも仕事でも地獄見ました。こんな思いさせたくないですよ」

 ドドンゴさんはそれで友人を何人もなくしたそうだ。たまに優しい人がいてドドンゴさんのウルトラ話に「あー懐かしいね、○○だっけ」という調子合わせの会話をしてくれても、そこにちょっとでも間違いがあると烈火のごとく怒り出してしまう。これはさすがに気をつけないと女性とつき合うどころか友人も居着かない。ドドンゴさん、そんな性格が災いしてか、休日はマニア仲間もおらず一人黙々とウルトラシリーズを視聴し、「僕の怪獣大辞典」的なノートをびっしり何十冊も編み続けるのが日課だという。

「自分、なにかの病気なんだと思います。でも知りたくはないですね。むしろ子どものころにそういうのがなくてよかったと思います」

 ドドンゴさんは仮に病名がつくとして、その病名を知らず中高年になってよかったと語る。確かに、ドドンゴさんが21世紀に生まれ育ったなら、学校や周囲から精神関係や発達についての受診を勧められたかもしれない。昔は明らかな場合を除けば「変わった子」で済まされた。もちろん、済まされてしまったがためにいわゆる「大人の発達障害」として苦しんでいる中高年が多いこともまた事実である。診断の結果が人生好転のきっかけになることもあるだろう。正解はわからない。個々の事情さまざま、難しい問題だと思う。

 ところでドドンゴさんに「なぜドドンゴなのか?」を聞いてみた。恰幅のいいドドンゴさん、本編中でドドンゴとともに登場するミイラ人間には似ていないと思うのだが。

「その怪獣(の造形)が好きなのもありますけど、ドとかゴとか(濁音が)好きなんですよ。なんかワクワクする」

 なかなか面白い感性、確かに怪獣は濁音が多い。濁音が好きなのだろうか。人によって琴線に触れる部分はいろいろだが、なんとなくわかる気がする。筆者も「阿毘達磨大毘婆沙論」(あびだつまだいびばしゃろん・説一切有部の論書)とか、スリ・ジャヤワルダナプラ・コッテ(スリランカの首都)といった濁音の多い長い単語が好きだ。妻は「ナパ・キャットワンチャイ」や「チャチャイ・チオノイ」などタイのボクサー(ボクシング好きの筆者が教えた)の名前がなぜかツボらしい。拗音が好きなのだろうか。この辺は古くネット掲示板やテレビ番組『トリビアの泉』で有名になった「ニャホニャホタマクロー」(ニャホ・ニャホ=タマクロー、ガーナの元サッカー協会会長)の響きに惹かれた当時のユーザー、視聴者と同じようなものか。誰しもそんな「引っかかる」タームはあるだろう。こうした感性も、なにか病名や症候名がつくのだろうか。

「ポンコツな自分も自分と思ってます。いまとなっては偏差値30で怪獣ばかりの頭も悪くないって思ってますよ」

 過去はどうあれ、現状は理解ある仕事や親に恵まれたという余裕もあるのだろう。ドドンゴさんは絶対的な意味では幸せだと思う。「みんな何らかの病名の一個くらいはつくよ」とは知人の精神科医の話だが、それが生活する上で支障をきたすか、本人が苦しんでいるか否かが「障害」における定義の一つかもしれない。であるなら、障害の要因は社会の側にもあり、家族含めた個々の人間関係にもある、ということだろうか。社会全体に余裕がなくなっているコロナ禍、他者にまで気遣うのは難しいが、有事こそ心の余裕を取り戻す機会とも言える。ドドンゴさんには困った部分があるし、今後も会社の理解が続くかどうかは不透明だが、周囲に心の余裕と理解があれば、こうして社会人としてやっていけるのは事実だ。

「変わった人」も時と場所によっては幸せになれる。幸せになれる場所は必ずある。いつぞや流行った「置かれた場所で咲きなさい」という言葉、筆者は嫌いだ。どんな人でも必ず咲ける場所はある。自分のままでいられる場所がある。それは苦しい場所ではないし、他人に置かれる場所でもない。

【プロフィール】
日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞評論部門奨励賞受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)、『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太に愛されたコミュニスト俳人 』(コールサック社)6月刊行予定。