コロナ禍で介護施設での面会も難しくなったこの時代。自宅での介護を選択する人も少なくない。女性セブンの名物アラ還記者“オバ記者”こと野原広子が、93才の母親を自宅で介護する苦悩を明かす。

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 93才の母の自宅介護を始めて3か月。人は人、自分は自分。この当たり前のことを、64年の人生の中で、いまほど感じることはない。

 介護生活20年とか、シモの世話10年と聞くと「あら、大変!」とは思ったけれど、そこまで。その人の実生活をどれほど想像できたかというと、限りなくゼロに近かったのではないかしら。

 いや、実感しようと思えば、できないことはなかったのよ。

 11才から13才の頃まで、家には寝たきりの祖母がいて、母親は姑の面倒をみていた。あの頃、近所には座敷の奥でひっそりと寝ている老人が珍しくなかったのよね。

 そんな家は決まってクレゾールのにおいがしたから、子供でもわかったの。自宅介護とはどんなものか、見ようとしたら見れたけれど、見ずにすんだらそれに越したことはない。誰かの老いた姿は明日の私の姿、なんてことを思いたい人がどこにいる、と私は思っていたんだと思う。

 なんたって、30〜40代の頃、同級生たちが育児に励んでいるとき私はギャンブル依存症で、子育てとは無縁の暮らし。幼児のおむつ交換もしていない。年上の女友達から聞く「介護」は一人の例外もなく、「病院選び」「施設選び」の話だった。自宅で自分の手でおむつ交換をすることなんか、考えたこともなかったわよ。

 それが、入院した母の命の灯火が消えかけている、しかも、コロナ禍のため面会はいよいよのときまでできないと聞いたら、否も応もない。36年におよぶ東京のダラダラひとり暮らしを一時停止して、茨城に帰省して母親を「自宅介護する」と決めた。

「エライねぇ」と人は言うけれど、正直な話、その段階でも、老い先短い母親と枕を並べて寝るとどうなるか、ピンと来ていなかったのよね。

「ヒロコぉ〜」

 深夜、ウトウトすると、隣から切羽詰まった声で起こされる。「体を起こしてポータブルトイレに座らせてくれ」ということなのよ。おむつに小はしても大はしたくない母は必死よ。

 母は数年前から何度も意識不明になり、今春、心不全で救急搬送されたんだけど、その原因が2か月前に解明した。16年前の交通事故で内臓破裂したことで、長い時間をかけて、腸から肝臓を通さず心臓にいく血管ができてしまったんだって。

「アンモニア濃度が高くなった血液が心臓から全身に巡って、脳障害を起こし意識不明になっていたんです」

 担当の医師は、図を描いてそう説明してくれたの。そのために必要な薬を処方してくれたんだけど、そのときもまだ何が起きるかピンと来ていなかったのよね。医学用語をまったく使わず、わかりやすく説明してもらったんだけど、欲を言えば、自宅介護のキモも教えてほしかったわ。

「血中アンモニア濃度を下げるために、(排泄物が)どんどん出る薬を処方しています。覚悟が必要ですよ」とかね。

 医学的なことは薬が効けば解決するけれど、問題はそこから先よね。早い話が、大を処理するハメになったとき、人はどんな気持ちになるかとか、誰も教えてくれないのよ。

「自分を生み育てた母親だからできるのよ」と言う人がいるけれど、そうなの? おむつを外したときの衝撃がとにかくあんまり強烈だった私は、何人ものヘルパーさんや看護師さんに聞いたわよ。

「ショックからどう立ち直るんですか? てか、見たらショックですよね?」と。

「う〜ん、仕事ですからねぇ。でも、さんざん意地悪された姑のは一段と臭うかも」って、笑いながら言うのはヘルパーのOさんだ。

「えっ? 出たらうれしいじゃないですか。これでスッキリだねって」と言ったのは訪問看護師のTさん。Tさんは、退院してきたばかりの母の“摘便”をしてくれたとき、「こんなに出ましたよ」とうれしそうな顔で、指で掻き出しておむつにのせたブツを掲げて見せてくれた。私たち素人とは感覚が違うんだと思う。

 感覚が違うと言えば、別の看護師さんは「大変な現場を片付けて手を洗ってすぐ、食堂で食事をします。カレー? 余裕です(笑い)」。

 これをプロと言わずに何と言おう。本当に頭が下がる。

 てか、私が彼女たちにこんなことを聞くときは必ず、シモの世話でメンタルがやられているときだ。母の場合、出るのは健康の必須条件だ。おかげで介護3か月目のいま、押し車を押して歩けるようになり、車の乗り降りも自在。元気に週2日、デイサービスに通っている。その分、私はポータブルトイレの中身をトイレに流すことと、時折の大惨事の片付けに追われている。

 とにかく、人並み以上に出る。わかっている。だから、母がやらかしたときは「はいは〜い。大丈夫、片付けるよ〜」とめいっぱいの明るい声を出して、淡々と片付ける。

 だけど、やっぱり鼻も目も悲鳴をあげているんだよね。それを理性で抑えつけている。ちょっとでもイヤな顔をしたら当人がどんなにツラかろうと思うから。現に、失敗すると空を見つめて悲しそうだし。

 でも、こちらにはこちらの事情があって、シモの世話はうまくいっても、別の場面でものすごい意地悪な自分が顔を出して、発散しているのよ。ほんと、ちっともエラくなんかないんだって。

【プロフィール】
「オバ記者」こと野原広子/1957年、茨城県生まれ。空中ブランコ、富士登山など、体験取材を得意とする。

※女性セブン2021年11月4日号