もはや、あの佐野眞一ではなかった…2人のデータマンが見た「ノンフィクションの巨人」最後の日々【2025年5月BEST】

プレジデントオンライン6/16(月)17:15

もはや、あの佐野眞一ではなかった…2人のデータマンが見た「ノンフィクションの巨人」最後の日々【2025年5月BEST】

ノンフィクション作家・佐野眞一氏。1947年1月29日―2022年9月26日 - 写真提供=「佐野眞一さん お別れの会」事務局

■「佐野さんの仕事を手伝ってほしい」

佐藤さんが得意としていたのは近現代史の分野、あるいは記事に必要な人物の成育歴に合わせた時代背景の調査である。

国会図書館、専門図書館、各種の資料館や研究所に日参し、記録の山から必要な資料を入手する。けっして簡単な作業ではない。どこにどんな資料が保管されているのか、といった基礎知識が必要であることはもちろん、手にした資料から時代を読み解き、その重要性を判断しなくてはならない。勘と読解力、自身が抱える情報量が問われる。佐藤さんはそうした難作業をこなすには十分な素質を持っていた。

たとえば初めて佐野さんと出会うことになったリクルート事件の連載でも、佐藤さんは事件そのものではなく、創業者・江副浩正の成育歴調査を担当した。単に人生を追いかけるだけでなく、その時々に応じた日本社会の風景、事件や風俗などをきっちり調べ上げた。そうすることで、時代にもまれ、上昇し、下降した、江副という人間の野心も情熱も浮かび上がる。単色でしかなかった人物像に色彩が加えられる。それが佐藤さんの役割だった。

その仕事ぶりは佐野さんに高く評価され、以後、専属のような形で佐野作品には欠かすことのできないデータマンとして業界でも認知されるようになった。

「佐藤君に任せれば安心なんだ。いちいち説明しなくても心得ているからな」

佐野さんが、そう話していたのを私はよく覚えている。

一流のデータマンである佐藤さんが、突然、私に電話してきたのは2003年の春ごろだった。

佐野さんの仕事を手伝ってほしい。一度、佐野さんに会ってもらえないか。

そんなことを言われたように記憶している。

佐藤さんとは面識があった。何度か同じ媒体で仕事もしている。だが、それほど深い付き合いをしていたわけでもなく、正直、戸惑った。「まあ、(佐野さんに)会うくらいならば」と、私は曖昧な言葉を佐藤さんに返したのではなかったか。少なくとも、あまり乗り気にならなかったことは確かだ。というのも、私はその頃、記者としての情熱を失いかけていた。

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