もはや、あの佐野眞一ではなかった…2人のデータマンが見た「ノンフィクションの巨人」最後の日々【2025年5月BEST】
プレジデントオンライン6/16(月)17:15

ノンフィクション作家・佐野眞一氏。1947年1月29日―2022年9月26日 - 写真提供=「佐野眞一さん お別れの会」事務局
■「僕らが得た物って何だったんでしょう」
ねえ、佐藤さん。佐野さんと付き合ってきて、僕らが得た物って何だったんでしょう。
私の問いに、佐藤さんは「う〜ん」としばらく考え込んだ。
紙に囲まれた佐藤さんの家から、私たちは近くの居酒屋に河岸を変えていた。「酒は控えている」「やめたに等しい」などと言っておきながら、佐藤さんは焼酎のお湯割りを何度もお代わりしていた。佐藤さんに言わせると、「酒」というのはあくまでも日本酒のことであって、焼酎はその範囲に含まれないらしい。
相変わらずツマミの類には興味を示さず、トマトのスライスだけに、かろうじて箸をつけていた。その代わり、コロッケだの唐揚げだの、やたら腹持ちの良いものを次から次へと注文し、「若いんだからしっかり食べなくちゃね」とそれらを全部私に押し付けた。私、全然「若く」ないのに。
少し考えこんだ佐藤さんは、「安田さんはどうかわからないけど」と前置いてから、こう話した。
「佐野さんから得たもの、というか、感じたこと。それは、自分自身に対する諦めみたいなものですかねえ」
意味がよく理解できずにきょとんとする私に向けて、佐藤さんはさらに続ける。
「佐野さんと付き合ってきて、この人には絶対にかなわないなあという思いだけがどんどん強くなったんです。すごい人だったと思いますよ。観察眼、勘の鋭さ、頭の回転から複雑な思考回路、そして筆力。どれもが太刀打ちできない。ほら、あの人、どんなつまらない人間でも、どこか引っかかるものを見つけたら、とたんに魅力的な人間に仕立て上げてしまう強引さがあるじゃないですか。なんか、独特の琴線があったんだと思いますね。ぼくにはマネできないし、マネしたところで、佐野さんの筆力には追い付かない」
確かに、それは言えている。佐野さんは、人間の業を引き出すのが上手い人だった。
「だからね、ぼくも本当はノンフィクションライターとしてやっていきたいと思っていた時期もあったけれど、佐野さんを見ていると、そんな気にはなれなかった。とてもじゃないが、かなわないと思った。だからぼくは、ノンフィクションライターになるのは来世でいいや、とも思ったんです。いまの人生は物書きの修行に費やすんだと、そう決意したんです」
そういうことなのかと、いまになって佐藤さんの本音に接しながら、一方でいまでもライターにしがみついている自分自身の姿を思った。
佐野さんに憧れながら、背中を追いかけながら、ときに批判もしながら、私は独立したノンフィクションライターの道を進んだ。佐野さんを越えることなど、とうていできていないのに。
そんな私のことを、私が書いてきたものを、佐藤さんはどう思っているのだろうと気になったが、訊ねるのがこわくて、やめた。











