25日、天皇杯の1回戦が全国各地で開催された。奈良県のロートフィールド奈良では、J3を戦っている奈良クラブと、京都代表の京都産業大学が対戦するというカードが組まれていた。

Jリーグのクラブと大学生の戦いとあって、当然ながら立場としては差があるチーム。しかも本拠地での試合とあって奈良クラブの優位さは確固たるものがあると思われた。

しかしながら、試合はそのように動かなかった。キックオフからわずか3分、勢いある入り方を見せた京都産業大学がチャンスをものにする。左サイドで先発した末谷誓梧がバイタルエリアに侵攻してシュートを放ち、これがネットを揺らした。







京都産業大学はこのあとも激しいプレッシングをかけて試合の流れを奪い、33分にはさらに右サイドからの折り返しを菅野翔斗が押し込み、追加点を奪取。下剋上に向けて大きな2点のリードを手にしたのだ。

だが、絶体絶命の状況に陥った奈良クラブがJリーグのプライドを見せたのはこのあとだった。

失点直後のゴールキックから裏に抜け出した西田恵が、キーパーとの接触を恐れずにギリギリのタイミングでボールに飛び込み、接触しながらヘディング。肩を負傷しながらゴールに押し込み、差を1点に縮めることに成功。





この頃から奈良クラブは裏へのシンプルなボールやスペースを使った速いプレーで京都産業大学を押し込み返し、多くのチャンスを作り出していく。

そして後半が始まって6分すぎ、左サイドから岡田優希の折り返しが入ったところで京都産業大学のオウンゴールが決まり、スコアは2-2と振り出しに戻された。

さらに後半終了間際のアディショナルタイム1分、右サイドからのコーナーキックを奈良クラブのDF鈴木大誠がヘディング。ふわっと浮いたボールがゴールに吸い込まれていった。







この追加点によって奈良クラブが3-2と勝ち越し。2失点してからの3ゴール、しかもアディショナルタイムでの逆転という劇的な展開で、鹿島アントラーズが待つ2回戦への切符を獲得している。

チームは「成熟さを示してくれた」



試合後の記者会見に出席した奈良クラブのフリアン監督は、前半途中からのチームの劇的な改善と逆転について以下のように話していた。



「クラブとしてチームとして成熟さを見せたところにとても満足しています。我々はしばらく難しい時期を過ごしてきましたが、そこから学んで、違った強さを示すことができたと思います。

前半は我々のミスから2失点したことで難しくなってしまいました。リーグ戦のものとは違い、天皇杯のボールはとても柔らかいので、ミスが起こる可能性は承知していました。

ただそこで大事になるのは、ミスのあとに立ち上がって前に進んでいくこと。それをクラブも選手も学び、実践できたと思います。

(前半途中から後半にかけて)変更したのはディフェンス面でした。中央にパスを多く通されてダメージを受けていたので、そこを修正しました。

そして攻撃面ではまずはスペースを作ること。それによって相手のラインの間が広がっていくので、そこでプレーすることができるだろうというアイデアでした。

ディフェンス面では前半から後半に関しての調整が必要なところもありましたが、攻撃面で言えば我々の強みになっているスペースへの走りがうまく使えたと思います。

足元にボールを要求する選手がいて、そして裏に走る選手もいる。それによってより良いチームプレーができると思います。

試合前にもハーフタイムにもみんなに話しましたが、このようなトーナメントの試合では落ち着いてプレーをすること。選手はそれを実行してくれましたし、成熟さを示してくれました。

セットプレーでのラストの得点はまさにそれを示しているものです。これまで我々にとっては弱みであったものでしたが、それが強みに変わっていっていると思います」

鈴木大誠を迎えるフリアン監督


フリアン監督は先週末のFC岐阜戦に続く逆転勝利に対して「チームがより成熟してきた」と話し、状態が高まっていることを実感しているようだった。

「逆転勝ちの経験が、次の逆転勝ちを生む」



逆転ゴールを決めて飛び上がる鈴木大誠


そして、試合終了間際にコーナーキックから見事なヘディングを決めてみせた鈴木大誠選手は以下のように話していた。

「入った瞬間は…着地したときに『あ、なんか入ったな』みたいな…コースを狙った緩めのシュートで、打ってから入るまでに時間があったんですよね。ああ、入った…って感じでした(笑)。

この勝利はチームとして本当に上向きになる重要なものだと思います。今一番手応えがある部分は、試合の中でのペース配分というか…表現が正しいのかわからないですけど、自分たちがどこでパワーを使うかというところです。

シーズンの最初は試合の終盤でパワーが落ちてしまって、相手に押し込まれて、そして失点してしまうという試合が多かった。

ただ今日も含めて、90分のトータルでどうやってスコアで上回るかという点を、僕もかなり神経を使ってやっていますし、チーム全体でそれぞれの選手が考えています。それぞれが考えたことをすり合わせてコミュニケーションを取ったりするところは、手応えを感じていますね。

(フリアン監督が『弱みだったセットプレーとラストのゴールが強みになった』と言っていましたが、何か変化はあったんですか?)僕は、まだ強みになるには早いかなと思います(笑)。

でも足がかりにはなったと思います。リーグ戦の結果と同じで、ここから改善の兆しが見えてきたので、これから武器にしていくというところですね。継続してやっていきたいです」

試合を通してエネルギッシュに戦った西田恵


さらに、2失点したあとに差を縮める勇敢なゴールを決めた西田恵選手はこのように試合を振り返っていた。

「(勇敢なプレーでしたが、体は大丈夫でしたか?)大丈夫です!肩を怪我しましたけど、腫れているだけなので問題ないです。

試合は入り方が悪くて苦しい展開だったんですけど、結果的に90分で勝てたことは良かったです。でも、やっぱり甘いですよね。試合への入り方とか。まだまだ改善しなければならないところだらけだと思います。

(ゴールの形は想定していた?)相手のラインが高かったので、背後は取れるなと試合中ずっと思っていました。ボールを持っているときにプレッシャーもなかったですし、走ればいいパスが来るんじゃないかなと。

何回かチャレンジしたらいいボールが来て、キーパーとどっちが触るか…という感じだったんですけど、うまくバウンドして止まってくれました。2点ビハインドから1点返せたのはメンタル的にも大きかったですし、そこで落ち着けました。

2-2に追いついたあとは、まだ同点ということもあって『追加点は90分の中で奪いに行こう』という意図はチーム内で統一されていました。ピンチもありましたけど、うまくゲームを運べたと思います。

でも、そのようなマネジメントもまだまだですね。立ち上がりの入り方なんて、自分たちで試合前に言っていたのにこうなってしまうので。まだまだ詰めが甘いですね」

決勝ゴールを決めた鈴木を祝福する小谷祐喜


そして、この試合でキャプテンマークを巻いてセンターバックを務めた小谷祐喜選手は、学生時代もJFL時代もJリーガーとしても天皇杯に出場した経験を持つ。奈良クラブの選手として大学生を相手に戦う試合のマネジメントについて以下のように話していた。

「学生相手に戦うにあたって考えていたのは、90分を通してどのように勝つかでした。

勢いに乗っている時間もあれば、ちょっと落ちる時間も絶対にある。落ち着いて試合を読みながらプレーしていました。それが前半に失点を重ねてからの持ち直しに繋がったのかなと思います。

失点した後は少しネガティブになったところもありましたが、プレーを落ち着かせる中で『まずはしっかり前を向いて1点取ろう』とメンタルを持ち直すことができました。それが良かったと思います。

このような逆転勝ちをすることによって自信がつきます。前の岐阜戦もそうですけど、だからこそ勝ち方を覚えていく。

苦しい時間帯があっても、1点を返して、落ち着いてプレーすれば追加点が取れる。それを経験値としてチーム全体で共有できる。この価値は本当に大きいなと思います」

現在J3では3勝6分5敗という成績で20チーム中17位と苦しい状況にある奈良クラブであるが、先週末のFC岐阜戦に続いての逆転劇が「大きな経験値になる」という。

奈良クラブはこのあと6月2日に最大のライバルであるFC大阪との「生駒山ダービー」を戦い、8日のSC相模原戦を経て、12日にカシマサッカースタジアムで鹿島アントラーズとの天皇杯2回戦に臨む予定だ。