U23アジアカップのグループステージ初戦で中国に勝利したU-23日本代表。

先制した後の前半17分にDF西尾隆矢(セレッソ大阪)が一発退場し厳しい戦いを余儀なくされたが、最後まで耐え抜いて勝利を手にした。

『プレーヤーオブザマッチ』は満場一致でGK小久保玲央ブライアンだろう。

ポルトガルの名門ベンフィカに所属する23歳は、ビッグセーブを連発してこの試合の救世主に。ネットでは「A代表の鈴木彩艶より良いのでは?」といった声が溢れるほどだった。

一躍時の人となった小久保だが、所属するベンフィカでは5年間でトップチームでの出場はゼロ。今季の前半はBチーム(2部)の正GKを務めていたものの2月からは出場はおろかベンチ入りさえままならない状況である。

これほどのプレーができる彼がなぜこのような事態に陥っているのだろうか。

柏から世界へ



小久保玲央ブライアンは2001年1月23日、ナイジェリア人の父親と日本人の母親のもとに生まれた。日本の学年的には2000年の世代だが、早生まれのためパリ五輪に出場する資格(2001年生まれ以降)を持っている。

地元は千葉で中学の頃から6年間柏レイソルのユースに所属。高3の2018年には2種登録され、そのままトップチーム昇格するかと思われたが、2019年1月、18歳の誕生日を迎えた直後にベンフィカと2023年までの契約を結んだ。





ビッグクラブからの突然の発表は日本のサッカーファンを驚かせたが、この移籍のきっかけとなったのが2018年に開催されたアルカス国際カップだ。同大会の準決勝で柏はベンフィカのユースと対戦し、PK戦の末に勝利。この試合でPK戦を含めて活躍したのが小久保だった。

柏はこの大会で準優勝し、U23アジアカップにも出場している細谷真大がMVP、小久保がベストGK賞を受賞。ここでの活躍が名門への扉を開いたのである。

ちなみにこのアルカス国際カップはカタール開催。奇しくも今回のU23アジアカップが行われている場所であり、6年の時を経て再びこの場所で評価を高めているというのも何かの縁なのだろう。

名門クラブで着実にステップアップ



小久保がベンフィカに加入した際のリリースには「U-19, U-23, Bチームに加わる」と書かれていた。

昨今の福田師王(ボルシアMG)、佐藤恵允(ブレーメンU-23)らがそうであるようにまずセカンドチーム等で経験を積み、結果を残せばトップに昇格できるヨーロッパで主流になっているシステムだ。

ここでベンフィカのシステムをみていこう。

  1. トップチーム
  2. Bチーム
  3. U-23チーム
  4. U-19チーム
  5. U-17チーム
  6. U-15チーム


ベンフィカは基本的に以上の6段階で構成されており、18歳で加入した小久保はまずは上記の3と4に該当するU-19とU-23のチームでプレーすることとなった。

小久保が本格的にプレーし始めたのは2019-20シーズンからだ。このシーズンはU-19のUEFAユースリーグ(19歳以下のチャンピオンズリーグに相当)とU-23の国内リーグを掛け持ちでプレー。UEFAユースリーグでは決勝でレアル・マドリーに敗れたものの準優勝に輝いた。

写真は昨年8月のスーペルコパでのもの


上々の1年目となったが、この時期に最初の不運に見舞われる。それがコロナの流行である。世界を混乱に陥れたこのパンデミックはサッカー界にも大きな影響を与え、リーグ戦が一時中断、ユーロ2020は2021年に延期される事態となった。

小久保もリーグ戦での貴重な実戦の場を失い、さらに出場が有力視されていた2021年U-20ワールドカップは大会自体が中止に。出場の候補だった東京五輪もメンバーから落選するなど国際経験を積む機会も逃してしまう。

それでも2020-21シーズンは初めてBチームでベンチ入り。シーズン後半の2021年3月にはベンフィカとの契約を2025年6月まで延長し、同5月にはトップチームに一時合流してベンチ入りも果たす。さらに翌2021-22シーズンには本格的にBチームに帯同し、初出場を含む9試合に出場した。

この時点で21歳。コロナ禍による不運はあったにせよ、成功への階段を確実にのぼっているかと思われた。

超逸材の台頭により窮地に



だが2022-23シーズン、順調だった彼のキャリアに暗雲が立ち込める。それが小久保より3歳も若い(学年では4歳年下)アンドレ・ゴメスの台頭である。

超逸材とされるアンドレ・ゴメス


ポルトガルの年代別代表で守護神を務めるアンドレ・ゴメスは、『2004年生まれで世界最高のタレントの一人』と評価される超逸材。クラブはその彼を優先的に起用し始め、それにより小久保は再びU-23チームに逆戻りとなってしまったのだ。

それでもアンドレ・ゴメスが昨年5月に肩を負傷して長期離脱すると、小久保は今シーズン開幕からBチームの正GKを任され、そこで評価を高めてトップチームに「4番手」として昇格する。だがそれも束の間で、今年1月にアンドレ・ゴメスが怪我から復帰すると再びBチームのポジションを明け渡した。

今年2月以降はトップチームに帯同するものの、守護神であるウクライナ代表GKアナトリー・トルビンの「ウォーミングアップ相手」として扱われており、Bチームも含めてベンチ入りさえほぼできていない状況が続いている。

これが現在の小久保の状況なのだ。



小久保は過去にジョアン・フェリクス(現アトレティコ・マドリー)、ダルウィン・ヌニェス(現リヴァプール)、現在ならアンヘル・ディ・マリアらとのシュート練習にも付き合っているようで、自身もそのレベルの高さや価値を強調している。

そもそもベンフィカというクラブは近年だけでもヤン・オブラク、エデルソンといった名GKを輩出しており、現在も守護神がウクライナ代表のトルビン、控えがポルトガル代表のサムエウ・ソアレス、3番手が上述のアンドレ・ゴメスと世界的にもハイレベルな環境で、出場すること自体が難しい。

ただそうはいってもこのままBチームでさえ出場機会が得られないのであれば、この先を考えなければいけないだろう。特に来年で24歳になる小久保が出場する舞台はこれまで以上に限られてくる。

Xのフォロワーが5万人を超え、ベンフィカの情報を毎日発信しているアカウント『Coluna Vermelha』は、「フィジカル面で彼は興味深いGKだ。彼自身のキャリアを考えると、ベンフィカが彼を第4GKとしてとどめておくのは意味がない」と退団を勧めている。

かつて自身をベンフィカへと導いたカタールの地で五輪の切符を掴み取り、自身としても新たな未来を切り拓くことができるだろうか。この先の戦いに注目したい。