2020年11月。男子ワールドカップの舞台に登場した張本智和は驚くべき変貌を遂げていた。
本来であれば今夏に出場していたはずの東京五輪が延期となった張本は、国際大会から離れた8ヶ月間にフォームを大改造していた。その変更点と意図を紐解く。

中国から狙われた張本のフォアハンド

弱冠17歳にして張本が世界ランキング3位まで登りつめられたのは、精神面では重要な局面での強さや勢いに乗ったときの爆発力、技術面ではサーブ・レシーブ・バックハンドの先手を取る技術が全て世界最高峰だからだ。

では先手を取った後に、決定打を放つフォアハンドはどうだろうか?

張本のフォアハンドの特徴は大きなバックスイングと振り抜きだった。攻撃できるボールをほぼ全てフルスイングすることで体が未熟な段階でも世界に通用する一撃を打っていた。また、逆にほとんどスイングせず相手の強打を受け止めるブロック技術も優れていた。

一方で世界に出て以降、何年も目立ち続けた課題がある。“中間的なスイング”が手薄だったことだ。

これは世界のトップランカーとして大変珍しい。なぜなら、多くの選手は6〜7割程度のパワーで放つ中間的なスイングが試合の大半を占めるため、そこが欠けながら勝ち続けることが困難だからだ。また、フォア側から打つ強打の殆どはクロスに、ブロックはストレートに集まるため、それを待ち伏せされた。当然、中国をはじめ多くの選手が張本崩しにフォア攻めを採用した。張本にフォアサイドから“打たせ”、攻撃球をフォアへと打ち込んだ。

「フォアハンドに気を取られ、得意のバックハンドでもミスを重ねる」という悪循環に陥ったシーンを、幾度となく目にした。

必要となったフォアハンドのフォーム改善

張本智和
写真:張本智和(木下グループ)/提供:ittfworld

スイングの構造的な問題点は明らかだった。下側後方にとる、過大なバックスイングだ。
打球前に大きくラケットを引くことで時間を使う上、そこから生まれる打球は“強いインパクト”の一択になりやすい。また、下方にラケットを落とすことはフォアハンドとバックハンドの構えの段階でラケットの高低差ができ、フォアとバックの切り返しを難しくする。

今回のフォーム改善では、バックスイングを小さく、体に対して高くキープされた。
フォアハンドの得点力は維持され、フォアとバックの切り返しが早くなった張本は11月のワールドカップでカウンターと連打をことごとく決めていた。

また、フォアを過剰にケアする必要がなくなったことで、得意の台上技術やバックハンドを最大限活かすことができる好循環が生まれているように見えた。

「過去の張本対策が効かない」
この事態に、ワールドカップ準決勝で張本と対戦したリオ五輪金メダリストの馬龍も明らかに戸惑い、一時はゲームカウント3-1と張本が王者を追い詰める場面もあった。

選択肢が増えた世界トップのバックハンド

既に世界トップレベルにあったバックハンド技術もフォーム改造によって更に進化した。

ラケットに対する肘の位置を従来より低くすることでラケット面を上に向きやすくし、相手がかけてきた下回転をミス無く持ち上げやすいフォームに変更したのだ。

張本はトップスピン同士のバックハンド対決に比類なき強みを持つ。そのため、対戦相手は、多くの場合バックスピン(下回転)のかかったボールを張本に送球し、ラリーを始める。張本にとって課題になるのは、このバックスピンを少ない力でミスなくドライブし、得意のトップスピン同士のラリーに持ち込むことだ。普通に当てればネットに引っかかってしまう強烈なバックスピンを、少ない力で安定して返球するために、ラケット面が上に向きやすいフォームを採用した。

また、この新しいフォームの習得により、もう一つ大きな武器も手に入れた。
それは中国選手をもノータッチで打ち抜く横回転(シュート)のかかったドライブだ。
これまで張本のバックハンドストレートは、タイミングが早く台のコーナーへの最短距離を直線的に突き抜けていくものだった。ところが肘を低くして打つ新フォームは、右利き選手のフォアサイドへ曲がって逃げていくシュート回転がかけやすく、「速くて取れない」ボールに加え、「曲がって届かない」ボールも使えるようになったのだ。
11月の男子W杯準決勝でも、リオ五輪金メダリストの馬龍のフォア側を張本のバックハンドが何本もノータッチで抜けていった。

成熟へと歩を進めた張本智和

先に張本のフォアハンドのフォームに問題点があったと指摘したが、意味もなく放置されていたわけではないことを補足したい。

世界の頂点へと上り詰めようとするならば、チャンスボールを一発で決めるだけのパワーが必要になる。今回ワールドカップで敗れた馬龍をはじめ、世界の頂点に君臨する選手にはそれがある。そして勝負の場面でその一撃を繰り出せるようにするには、プレッシャーのかかる場面でラケットを振り切る経験が必要になる。

張本は天賦の才を持ったが故に、若くして世界の舞台での勝利を期待される立場となった。中間的なフォアハンドを早くから覚えれば、確実に勝てる手を選択する場面が増え、“世界を獲る”という夢の実現に必要な成長機会を失いかねない。

2020年、コロナ禍8ヶ月でのフォーム改造は「世界一の選手となり、歴史に名を刻む」そのための、強い意志を持ったキャリア戦略だったと考えられる。

あまりの強さゆえ既に大成したような錯覚を人に与えるが、現段階の彼は未完の大器だ。
期待と敬意を込め、敢えて申し上げたい。「張本智和は成熟へ向けての一歩を踏み出したばかりだ」と。

ライタープロフィール:織部隆宏(おりべたかひろ)

織部隆宏(ITS三鷹)
写真:織部隆宏(ITS三鷹)/提供:本人

1990年生まれ。東京都出身。早稲田大学、野村證券を経て、現在は卓球界のレジェンド故・荻村伊智朗氏がプロデュースした会員制卓球クラブ「ITS三鷹」でプロ卓球コーチとして活動。若き理論派指導者として知られる。

文:織部隆宏(ITS三鷹)