東京五輪の延期、相次ぐスポーツイベントの中止や延期……。本来ならば、“スポーツの祝祭”に日本が沸くはずだった2020年は、一転してスポーツの価値そのものが問われるような試練の年になった。現在も猛威を振るう新型コロナウイルス感染症が明らかにした、「アスリートのキャリア問題」とは? かつてガンバ大阪に所属、戦力外通告を受けた後に起業し、マザーズ上場を果たした元Jリーガー社長・嵜本晋輔氏に話を聞いた。

(インタビュー・構成=大塚一樹[REAL SPORTS編集部]、撮影=大木雄介)

苦境のアスリート「コロナ禍で最初に切り詰められるのは人件費」

――新型コロナウイルスの影響で、オリンピックが延期になり、各種のプロスポーツもシーズンの短縮、無観客試合などの対応に迫られました。「普段通り試合ができない」ことで、不安定になったり、アイデンティティーの喪失を感じているアスリートもいると思います。

嵜本:コロナ禍の状況になってから数人のアスリートと直接話をしましたが、苦しい立場にあるのは間違いないです。精神面もそうですが、各リーグ、クラブの収益のメインであるチケット収入が見込めなくなり、経営自体が緊急事態になったことで、一番先に手をつけられるのは、やはり人件費なんです。

――試合ができなければ当然収入も不安定になる。アスリートが競技だけをやっていればいいという環境ではなくなります。

嵜本:僕自身も、アスリート支援の事業というのをたくさんやってきているのですが、2019年に立ち上げたデュアルキャリア株式会社では、「アスリートの持続可能な未来をつくる」というコンセプトで単なる支援ではなく、アスリートが現役中から自身のキャリアについて考えるきっかけになれるような働きかけ、仕組みづくりを進めています。

 現役のアスリートが競技に専念できない状況は、今回のコロナ禍だけではなくて、所属クラブの経営難、ケガ、突然の戦力外通告などいつ起きてもおかしくはないんです。そういう状況がコロナによって多くのアスリートに同時に降りかかっていて、これからどういう形でスポーツが移り変わっていくかと考えた時に、アスリートがもっと自分たちのキャリアを真剣に考える、意識するような仕組みが絶対必要だと思っているんです。

――それがまさに会社名のとおり“デュアルキャリア”ということなんだと思うのですが、御社のサイトのトップページに「試合には出られないけれど、ファンが多い選手がいる。ケガをしてしまい、残念ながら引退しなければいけない選手がいる。『トップアスリート』だけが成功ではない、とわたしたちは思う」というフレーズが出てきます。高額な年俸を稼げるプロリーグに所属する一部の選手、オリンピックのメダリスト、いわゆる「トップアスリートの中のさらにトップ」のような選手以外が、現役時代、引退後を通じて豊かなキャリアを歩むのは難しいという現状があります。

嵜本:アスリートに選択肢がないことが問題だと思っているんです。僕は、選択肢って情報に触れることで生まれると思っていて、アスリートは自分のいる世界、その“ムラ”の中でしか生きていない場合が多い。外の人に会わないし、情報にも触れない、結果的に選択肢が持てない。まずそこを変えていかないと、そもそもデュアルキャリアという考え方が成り立たないかなと思っています。

 コロナ禍で、一つの事業への依存度が高い企業の多くが危機に陥っているように、アスリートも「アスリートであること」「競技そのもの」だけに対しての依存度を高めすぎることは、すごいリスクなんじゃないかと思っています。業績のいい時に次の事業の柱をつくるのは企業としては当たり前に考えることなんですけど、アスリートは現役時代がずっと続くかのように錯覚している人が多い。これは環境的な問題もありますけど、アスリート自身の意識や行動も変えていかなければいけないと思っています。

――どんなアスリートでも、確実に現役は終わるわけですもんね。

嵜本:だから、その「アスリートでいられる」3年なのか5年なのか、自分の人生の中で一番注目を浴びるであろう期間に、いかに自分自身に共感してもらえるとか、応援してもらえるかがすごく重要だと思うんです。

誰に給料をもらっているのか? 大半のアスリートは誤解している

嵜本:例えば、「僕、現役のJリーガーなんです」って言って、会ってくれない人はなかなかいないと思います。3年か5年か、もっと長いのかはわかりませんけど、Jリーガーという肩書があるうちにそれを最大限生かしていく。僕がまだ「元ガンバ大阪で」と言っているのもそういう理由なんです。元Jリーガー、元ガンバ大阪ってことで、ちょっと興味を持って見てもらえる。いずれ外したいなと思ってるんですけど、今はまだつけたほうが得やなと戦略的につけている面もあるんです。現役のアスリートがそういう感覚で、今の自分の立場を最大限生かすためにはどうすればいいかという視点を持てれば、おそらくもっと視野も広がるし、出会える人も増えてくるんじゃないかなと思っています。

 現役時代にアスリートという立場に固執しすぎるあまり、引退後のキャリアがあまりポジティブな結果になっていないことは、アスリートの、スポーツ界全体の大きな課題ですよね。

――競技によっては、現役を続けるために自分でスポンサーを回って営業しているアスリートもいますよね。それがそもそもプロリーグとして成立していたり、クラブに所属していたりすることで、自分の価値を高める意識がなかなか持ちづらい。

嵜本:そうですね。「給料を誰にもらっているか?」という質問をしたら、「クラブからもらってる」と答えるアスリートがほとんどでしょうね。でも実際は、回り回ってファンやサポーターからもらっている。デュアルキャリアでは、その感覚を身に染みて感じてもらうためのツールをつくっていきたいんです。

――ご自身も元Jリーガー、アスリートとしてプレーする側だったわけですが、そういう感覚はアスリートは薄いんですか?

嵜本:めちゃくちゃ薄いと思います。超二流選手だった僕でさえも、毎日同じファンの方に写真を撮ってくださいと言われて、渋々応じたり、時には露骨に嫌な顔をしてしまったこともあったので……。ファンサービスもきちんとやる選手は、やっぱり一流。そういう感覚で自分自身をうまく売り込んでいるような選手はすごく少ないと思うので、そういうところも一緒に解決できたらなと思っています。

――嵜本さんが最初の事業のお店をオープンした時に、サポーターの人が来てくれて、それがうれしかったと同時に、現役時代はその人のことを全然考えてなかったという後悔があったというお話が記憶に残っています。

嵜本:初めて来てくれたお客さまがガンバのサポーターだった。これを目の当たりにしたときに、やっぱり自分の過去の行動や言動を後悔しました。自分が現役中にそういうことを一切考えたことがなかったからこそ、現役のアスリートに対してしっかりと伝えていく機会が増えていけば、働き方やあり方が変わってくるんじゃないかなと思っています。

――まずはアスリート側が、企業やスポンサーになってくれる人との接点を持つということですね。

嵜本:売り込まれたら「応援したろかな」と思う企業はあると思うんです。でもきっかけがないんですよね。僕はたまたまガンバ大阪に在籍していたので、それがきっかけでスポンサードさせてもらっていますが、その縁がなくても選手本人が会いに来て、提案が魅力であれば協力すると思うんです。もちろん、費用対効果も大切なんですけど、企業のイメージ戦略であったりブランディングだったり、採用戦略などにうまく生かせれば全然ペイできるんじゃないかなと思います。

“偽物のファン”の言うことに耳を貸さなくていい

――現役中から自身のスポンサー、ビジネス、引退後を見据えてという動きになると、一部のファンたちから「選手は競技に集中すべき」という声が出てきます。

嵜本:僕はそういうことを言うのは“偽物のファン”やなと思います。そういう批判をする人たちは、サッカー選手ならサッカーをしている誰々、どこのクラブにいてこんなプレーをする誰々にしか興味がなかったりするんです。プレーで魅了するのもアスリートの仕事ですけど、その批判してくる人が自分の人生のケツを拭いてくれるか、キャリアを考えてくれるかといったら全くそんなことはない。自分の人生を考えるのに競技の現役時代のことしか見てない人の声は聞く必要はないと僕は思っています。今はキャリアを考えて行動するアスリートが超マイノリティーなので批判の対象にはなると思いますが、それが当たり前になったらいいんですけど。

――ファンとの関係性でいうと、例えば中日ドラゴンズの松坂大輔投手が、ファンに右腕を引っ張られて肩を負傷したり、元関脇の嘉風(現・中村親方)が、出身地の大分県佐伯市のPRイベントで渓流下りをして負傷、引退を余儀なくされたとして訴訟を起こしたりと、ファンサービスはどこまでやるべきなのか? という議論もあったりします。

嵜本:「リアルでファンサービスを行うとリスクが高い」ということで片付けてしまうと、それは無機質になってしまうと思うので、僕はやっぱりTwitterやInstagram、TikTok、YouTubeなどのデジタルだけでなくリアルも大切にしてほしいなと思います。今後、間違いなくますます個人が主役になる時代になっていきます。リスクがないように考えつつ、ファンや支えてくれる人たちにいかに貢献できるかという視点が大切になってくると思います。

――コロナ禍によってリアルの希少性は上がっていることもあるので、体験や経験も重要になってきますよね。

嵜本:アスリートがやっていることは、ファンやサポーターのエンパワーメントなんですよね。コロナ禍でスポーツとの接点が途絶えてはいますが、アスリートの躍動、プレーに励まされる人も大勢います。アスリートはスポーツを通じてファンやサポーターに感動体験を与えることができるし、それがアスリートの役割でもあると思っています。

 新型コロナウイルスの影響が今後どこまで拡大するのかはわかりませんが、私たちが昨年から取り組んでいるオークション事業『HATTRICK』は、試合から遠ざかっているファンに、アスリートを身近に感じてもらいたいという思いから始めた事業です。選手が実際に身につけたものが自分の近くにあることによって、感じるものがある。例えば、選手が実際に着ていたユニフォームを見ることで「選手があれだけ頑張ってたんだから、自分も頑張らなきゃ」と思ったり、アスリートが競技に対して示してきた価値を、ファンの人が元気になるきっかけにできたらいいなと思っているんです。

 本当にそれが欲しいと思っている人の手に渡れば、金銭的なものだけではなくて、さまざまな感情や思い、もの以上の価値が十分伝わると僕は思っています。こんな時代だからこそ、アスリートと社会、人をつなぐような仕組みが必要で、そのお手伝いができればと思っています。

<了>






PROFILE
嵜本晋輔(さきもと・しんすけ)
1982年4月14日生まれ、大阪府出身。バリュエンスホールディングス株式会社 代表取締役社長。関西大学第一高校卒業後、2001年にJリーグ・ガンバ大阪に入団。同時に関西大学に進学。2003年のシーズン後にガンバ大阪を退団。2004年にJFL・佐川急便大阪SCで1シーズンプレーしたのち現役引退を表明。2007年に実兄2人と共にブランド品に特化したリユース事業「MKSコーポレーション」を立ち上げる。同年にブランド買取専門店「なんぼや」をオープン。2人の実兄が洋菓子店事業に進出したため、2011年株式会社SOU(2020年3月1日より「バリュエンスホールディングス株式会社」に商号変更)を設立。2018年に東証マザーズ新規上場。2019年にアスリートたちのデュアルキャリアを支えるFAN AND株式会社(現 DUAL CAREER株式会社)を設立。2020年にはサポートや寄付等を目的としたオークション「HATTRICK」を開始した。著書に『戦力外Jリーガー経営で勝ちにいく 新たな未来を切り拓く「前向きな撤退」の力』(KADOKAWA)がある。