「丸々30年だ。もう耐えられない。これ以上、逃げたいとは思わない」――。Zさん(写真)は寧夏回族自治区銀川市内の警察分署に、おずおずと足を運んだ。そして、30年前に自分が犯した“罪”を告白した。話を聞いた警察官は、遠く離れたZさんの故郷の警察に問い合わせをした。北京日報などが20日付で伝えた。

Zさんは江蘇省徐州市の出身だ。30年前の1990年、Zさんは22歳だった。血気盛んな若者で、その晩には友人と店で酒を飲んでいた。そして別の男性グループとささいなことで言い争いになった。どちらからともなく手が出た。そして、くんずほぐれつの大乱闘になった。

店内は大混乱した。Zさんは隙を見て現場を離れて自宅に戻った。Zさんはそれまで、犯罪に手を染めたことはなかった。それだけに警察に捕まることを恐れた。一晩中、自分が捕まる夢にうなされた。朝になり目が覚めた直後に、パトカーのサイレン音が、遠くからかすかに聞こえた。Zさんは、警察が自分を捕まえに来たと思った。飛び起きて、そのまま家から逃げた。それが、30年間の逃亡生活の始まりだった。

Zさんは、ひたすら北を目指した。到着したのは内モンゴル自治区西部のアラシャン盟だ。寧夏回族自治区の銀川でも暮らした。人目につく市街地に行く勇気はない。僻地の炭鉱やレンガ工場を転々としながら暮らした。職場に住み込んでの生活で、外出はしなかった。実家に連絡することもしなかった。他人にはうかがい知れない、苦しい生活だった。

最終的に決心したのは2020年10月15日だった。「丸々30年だ。もう耐えられない。これ以上、逃げたいとは思わない」と思ったからだ。なんとか勇気を振り絞って銀川市内の警察分署に足を運んで、「自分は罪を犯して、警察から逃げていました」と話した。

Zさんの左右のもみあげはすっかり白くなり、顔は黒くてしわだらけだ。50歳を少し過ぎたばかりだが、そうとは思えないほど老け込んで見えた。

警察官はZさんの話にもとづいて、ただちに徐州の警察と連絡を取った。Zさん本人が語った「自分自身の身分」には、間違いがないと分かった。そして、もう一つの事実も。Zさんは乱闘騒ぎを起こしたが、警察には手配されてなかった。つまり、最初から罪を問われてはいなかった。

そのことを告げられたZさんは、感極まって両手で顔を覆って泣き出した。「失われた30年」を激しく後悔したのか、あるいは安堵(あんど)の涙も混じっていたのか。それは誰にも分からない。

警察官は、さまざまな方面への問い合わせを続けた。その結果、Zさんの実家と連絡を取ることに成功した。Zさんは動画機能を利用して、家族と「再開」することができた。しかし30年の年月の間に、父も母も他界していたと知らされた。Zさんは再び、むせび泣くことになった。

Zさんは翌16日朝には、列車に乗って故郷に向かうことになった。警察官が付き添って、乗車券購入を手伝ってくれた。警察官はプラットホームまでやってきて、列車が動くにつれて次第に遠く離れていくZさんの姿を見送った。(翻訳・編集/如月隼人)