久保信博 Tim Kelly

[東京 8日 ロイター] - ペロシ米下院議長の訪台で高まった台湾海峡の緊張は、この20年余りで起きたアジアのパワーバランスの変化を浮き彫りにし、防衛費増額を目指す日本の政府や与党には支援材料となった。財源確保が課題の1つだが、1996年の危機に比べて抑制的だった米軍の関与を確かなものにするため、政府内からは自助努力の姿勢を示す必要があるとの声も出ている。

「日本は何もしていないのに中国が日本のEEZ(排他的経済水域)に弾道ミサイルを撃ちこむ状況になった」。中国の弾道ミサイルが初めて日本のEEZ内に落下した翌日の5日、自民党の会合に出席した小野寺五典元防衛相はこう語り、「しっかりした防衛力、特に反撃能力の保持について、一刻も早く政府として方針を決め整備に当たって欲しい」と呼び掛けた。

与党・自民党は防衛費を国内総生産(GDP)比で現在のおよそ1%から2%へ引き上げることを事実上の公約に掲げる。岸田文雄政権も、数値を具体的に示さないながらも大幅な引き上げを国際社会に約束した。政府は年末までに国家安全保障戦略や防衛大綱を見直すとともに、今後5年間の防衛費を決定する。

もともとはロシアによるウクライナ侵攻を受けて固まった流れだったが、ペロシ氏の台湾訪問に抗議する形で中国が実施した大規模演習が拍車をかけている。「台湾に何かあれば我々も影響を受けるということを明確に示した」と、外相や防衛相を歴任した自民党の河野太郎広報本部長は5日、ロイターの取材にこう語った。日本にとって軍事力の増強は国論を二分する議論だが、「明らかに流れは変わりつつある」と述べた。

さらに96年時に比べて抑制的だった米国の対応が、日本の防衛力増強議論を後押ししている。「冷戦時代は自動的に(日本を)守ってくれたが、今は日本がそれなりの努力をしなければ日米同盟だって作動しない」と、安全保障政策に携わる政府関係者は指摘する。「我々はその現実を目の当たりにしている。自分たちでやるべきところはやらなくてはいけない」と、同関係者は言う。

台湾初の総統直接選挙をきっかけに中国がミサイル演習を展開した95─96年の台湾海峡危機時、米国は空母1隻を海峡に、もう1隻を付近に派遣して事態を収集した。矛を収めざるをえなかった中国は、軍事力の強化に乗り出した。

米空母を標的にした弾道ミサイルや、グアムを射程に収める弾道ミサイルなどを開発・配備し、人民解放軍が台湾に侵攻しても米軍機や艦艇が来援できないようにする「接近阻止・領域拒否」(A2AD)戦略の構築を進めた。さらに南シナ海で米軍が自由に活動できないよう、岩礁を次々と埋め立て海域を要塞化し、今年6月には3隻目の空母が進水した。

米軍は今回、台湾海峡に空母を送った96年時と異なり、空母や強襲揚陸艦を含む4隻を台湾東方の海域に待機させるにとどめた。また、ペロシ氏と議会代表団を乗せた米軍機は2日にシンガポールを離陸した後、南シナ海を避け、インドネシアのボルネオ島とフィリピンの東側を通る迂回ルートで台湾へ向かった。

<進まない財源議論>

米政府関係者はロイターに対し、不要に問題をエスカレートさせたくないと説明。国防総省の関係者は「ペロシ氏の渡航をコントロールすることはできないが、我々の反応をコントロールすることはできる」と語っていた。

「96年とは全く違う。政治的にそう決断したのだろうが、その背景には中国の軍事力が向上したため、ということがあると思う」と、笹川平和財団上席研究員の小原凡司氏は指摘する。「もし今回も(中国が)96年当時の軍事力であれば、力ずくで抑えにいったかもしれない」と、海上自衛隊の駐中国防衛駐在官だった小原氏は言う。

防衛省から説明を受けた自民党関係者によると、来年度の防衛費概算要求は過去最大の約5兆5000億円。財務省は金額を明示せずに要求項目だけを盛り込むことを容認する方針で、年末に向けて積み増しを協議する。

最大の問題は財源で、岸田首相は「内容と予算と財源を3点セットで考える」としており、国債発行や増税、政府支出の効率化などあらゆる選択肢が俎上(そじょう)に上る。しかし、財務省関係者によると、本格的な検討は進んでいない。防衛費そのものの無駄を省いたり、安保環境の変化に合わせて自衛隊の体制も見直す必要があると、同関係者は指摘する。

「日本はウクライナ、さらに今回の台湾における米国の対応を見て、きちんと拡大抑止を機能させるためには自分たちの力で戦う姿をみせる必要があると痛感したと思う」と、拓殖大学の川上高司教授は言う。「有事の際に米国が助けに来ないという事態を避けるため、防衛力を増強する必要がある」

岸信夫防衛相は5日、中国の軍事演習を受けた日本の対応を記者団から問われ、「大きな影響を与えるものだと思っている」とコメント。防衛費について、「我が国の安全保障環境が厳しさを増す中で、将来にわたり、我が国を守り抜くために、必要な事業をしっかりと要求していきたい」と語った。

*写真を差し替えて再送します