“デスマッチのカリスマ“ 葛西純を追った初のドキュメンタリー映画『狂猿』が2021年5月28日より劇場公開される。

蛍光灯、ガラス、カミソリボード、画鋲etc……あらゆるデスマッチアイテムが待ち受けるリング上に身を投じて血まみれになっていく主人公。思わず目をそむけたくなるシーンもある一方で、二児の父親としての家庭的でほんわかした日常も映し出される。

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そのギャップにあるものはいったい何なのか、プロレスラーとしてのルーツからコロナ禍でのリングへの思い、そして“プロであること“の意味を聞いた。





―今回、映画の試写と併せて葛西純自伝『CRAZY MONKEY』も拝読しました。それによると、小学生の頃に全日本プロレスを観に行ってブルーザー・ブロディに衝撃を受けたそうですね。ブロディのどんなところが良かったんですか?

葛西:自分の生まれ育ったのが、北海道帯広市というところなんですけど、まあ田舎なんですよ。子供の頃はリュックサックを背負った外国人が自転車に乗ってキリスト教の布教活動をしているようなところで、「すげえ! 外国人だ! カッコイイ! 待って〜!」って追いかけていくぐらい、外国人がいること自体珍しくて、スターに見えたんです(笑)。そんな田舎町で過ごした少年が、ある日全日本プロレスを観に行ってブルーザー・ブロディを目にしたら、やっぱりイチコロになりますよね。ああいう非日常な、あんなにデカくて強くて髭もじゃもじゃで、「ハウッハウッハウッ」って吠えてチェーン振り回してる人間がこの世にいたんだ!? っていう。もうキングコングそのものに見えたんで、本当にハートを撃ち抜かれました。

―そこから本格的にプロレスファンになっていったわけですね。80年代の全日本プロレスといえば、ブロディを筆頭に豪華外国人選手がリングに上がっていましたけど、他にも好きな選手はいましたか。

葛西:外人レスラーはほとんど好きでした。ザ・ファンクス(ドリー・ファンクJr.&テリー・ファンク)、マスカラス・ブラザーズ(ミル・マスカラス&ドス・カラス)、スタン・ハンセンとか。あとは、怪奇派レスラーも好きでした。ザ・シークとか、ジプシー・ジョーとか。外人レスラーはみんな好きでしたね。

―あ、ジプシー・ジョーが好きだから娘さんのことを「ジプシー嬢」と呼んでいるんですか。

葛西:娘はですね、ジプシー・ジョーに髪型と体形が似てるので「ジプシー嬢」と呼んでいるんです。

―なるほど、本人は大きくなったら気付いて怒るかもしれませんね(笑)。

葛西:そうですね(笑)。



―当時はどちらかというと、新日本プロレスブームだったと思うんですけど。

葛西:はい、はい。

―この世代の方にお話を聴くと、初代タイガーマスクを見てプロレスを好きになった人が圧倒的に多い印象なんですが、葛西さんはそうじゃなかったんですね。

葛西:もちろん、見てはいましたけどそこまで熱中はしなかったです。小さい頃から、仮面ライダーにしろウルトラマンにしろ、怪人とか怪獣に惹かれる方だったので、そういう意味でも外人レスラーが好きだったんだと思います。当時のタイガーマスクが出てきた頃の新日本プロレスって、すごく煌びやかなイメージがあったんですけど、全日本プロレスはなんかちょっと男くさいイメージがあったので。そういうところで新日本プロレスよりも全日本プロレスに惹かれてましたね。

―アンチヒーロー的な気持ちもあったんですね。

葛西:そうですね。

―ブームがあった半面、あの頃のプロレスファンって、家でも学校でも「あんなのインチキだ」とか言われて傷ついてきた世代だと思うんですよね。

葛西:はい、自分もよく言われました。

―でも逆に、“いかがわしい感じ“が好きだったというのもあって。『狂猿』を見て、葛西さんって良い意味でそういういかがわしさを感じさせるプロレスラーだなと思いました。今のお話を聞くと、葛西さん自身もプロレスにそういう魅力を感じていらっしゃったのかなと。

葛西:逆に、プロレスというものがクリーンなスポーツで、曖昧さの欠片もないキッチリしたプロスポーツだったら、こんなにもプロレスに惹かれてなかったと思うんですよ。ちょっと胡散臭くて、ミステリアスなところもあるカテゴリーだからこそ惹かれたというか。「いったいどうなってるんだ、プロレスって!?」っていう。



―そういう匂いを感じさせるレスラーである一方、ファッションもお洒落ですし、イラストも得意で、映画の中でカミソリボードを丹念に制作している姿を見るとクリエーターっぽい感じを受けました。

葛西:はははは(笑)。ものづくりはそんなに得意ではなかったんですけど、絵を描くのはとにかく好きでしたね。物心ついたときから、新聞に入ってる折込広告の裏が白いところに絵を描いてました。友だちと外で遊ぶよりも家に籠って絵を描いている方が好きでしたから。どちらかというと自分はインドア派ですね。



―学生時代は柔道もやっていたんですよね。

葛西:高校のときにやってました。それは柔道が好きでやったんじゃなくて、普通にプロレスに対する憧れで。柔道部の部室にベンチプレス台があったので、それを発見したときに「あ、これは全日本プロレス中継で三沢光晴と川田利明がやってたやつだ! やってみたい」と思って。それで柔道部に入ったんですよ(笑)。

―柔道をやりつつ、インドア派で絵を描くのが好きで。ユーモアのセンスもすごくあると思うんですけど、お笑いってどうですか? 『8時だョ!全員集合』派、『オレたちひょうきん族』派どちらでしたか。

葛西:ああ〜、そこは上手い具合に転換してましたね。最初はドリフ派だったんですけど、途中でひょうきん族でタケちゃんマンとかが流行ってきたら自然にひょうきん族を観るようになりましたね。

―野球で放送してないときだけドリフを観るみたいな(笑)。そんなにお笑いが好きっていうほどでもなかったんですか。

葛西:好きっていうほどでもなかったですし、今でもどちらかというとお笑いは観ないですね。テレビでやっていても、「騒がしいなあ」って、チャンネルを変えちゃうぐらいなんで。特に今のお笑いがなんかダメなんですよね。

―バラエティ番組もあまり観ない?

葛西:あまり観ないですね。「騒がしいから消せ」って、旅番組とかに変えちゃいますね。太川陽介の出てる『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』とか。あとは『モヤモヤさまぁ〜ず』とか、ああいうテンポの番組が好きです。『昼めし旅』とか、『ポツンと一軒家』とか、『アド街ック天国』とか。

―結構観てますね(笑)。

葛西:そうですね(笑)。ああいう類の平和なやつはよく観てます。



―入場テーマ曲(COCOBAT「DEVIL」)はすごく騒がしい曲ですけども。音楽はどうですか?

葛西:昔はよく聴いてたんですけど、子どもができてからめっきり聴かなくなっちゃいましたね。

―10代頃ってバンドブームもありましたよね。

葛西:ありましたね。自分が学生の頃、初めて買ったCDがジュンスカ(JUN SKY WALKER(S))の『ひとつ抱きしめて』とBUCK-TICKの『TABOO』でした。

―へえ〜! まさにバンドブーム真っ只中の作品じゃないですか。

葛西:姉がバンド好きだったので、その影響があったんですよ。

―ご自分でバンドをやろうとは思わなかったですか?

葛西:不良がいっぱいいる高校に通っていたんですけど、不良仲間はやっぱりバンドをやってモテてました。でも自分は楽器を弾くのが超苦手だったので、「バンドをやってモテてやろう」っていう願望はすごくあったんですけど、やる勇気がなかったんですよね。

―モテたい願望はあったんですか?

葛西:モテたい願望はめっちゃありました。でもとにかくモテなかったんで、彼女連れで手を繋いで歩いている同級生を見ては、「俺はあんなやわな青春時代は過ごさねえ」って、柔道部でベンチプレスばっかりやってた、暗いタイプの高校時代を過ごしてました(笑)。



―お話を伺うと、どちらかというと内向的な感じですよね。それはプロレスラーになってから変わったんでしょうか。

葛西:う〜ん、根本的には変わってないですね。

―お子さんが生まれたことで変わったことってありますか。

葛西:やっぱり子どもが生まれたら子ども第一になっちゃうので。それまではアメコミのフィギュアとかが好きで、試合のギャラが入ればフィギュアばっかり買ってたんですけど、子どもが生まれたらそうはいかなくなって、自分のものよりもまずは子どものものって、変われば変わるもんですね。



―でも、お子さんが生まれたからといってデスマッチを辞めようとはならなかったわけですよね。

葛西:それはそうならないですね。たぶん、辞めちゃったらダメ人間になっちゃうので(笑)。もともとダメ人間なんですけど、輪をかけてダメ人間になっちゃう。

―そんなことないと思いますが(笑)。葛西さんの試合を何度も拝見しているんですけど、ジャーマン・スープレックス・ホールドとか、テクニックもすごくありますし、良い試合を見せてくれますよね。デスマッチじゃない試合はあんまり掻き立てられないような感じなのでしょうか。

葛西:いや、そんなことはないんですけど、デスマッチはより自分らしさを表現できるし、戦ってても生きてる実感を得られるんですよね。まあ、「プロレスを超えたものがデスマッチ」だと思っているので。



―「こういうデスマッチをやろう」というアイディアって、常に考えてるんですか。

葛西:常に考えてます。ただなかなか閃かないので。大抵は、試合中に相手と戦っていて、閃くんですよ。それで実行するんです。

―それを具現化するときに、得意なイラストとかそういう発想力が役に立っている?

葛西:無意識のうちに、役立ってるんでしょうね。もともとそういう感性を持っているというか。それと、昔からホラー映画が好きなんですよ。自分がリング上でやってるデスマッチも、ある意味ホラーじゃないですか? 若い頃にデスマッチをやっていたときに、おびただしい出血をしたことがあって。血が出るとものすごい痛いは痛いんですけど、血を流して痛がってるだけじゃ何のインパクトも残せないなと思って。ここでインパクトを残すにはどういう表情をすればいいんだろうか? って、ふと考えたんです。そのときに、ホラー映画で血だらけの人間が「ニカッ」って笑うシーンを思い出したんですよ。ここで血だらけの自分がニカっと笑ったら相当気持ち悪いし、インパクトあるだろうなと思って「ニカッ」って笑ったら、その表情だけで湧いたんですよ。そういうのも自分が昔からホラー好きで観てきたものが繋がってるのかなって思います。自分が小さい頃、特に小学生の頃ってしょっちゅうホラー映画ってやってたんですよね。そういう影響はありますね。

―右目のメイクは、スタンリー・キューブリック監督の映画『時計仕掛けのオレンジ』の主人公・アレックスにインスパイアされているそうですね。あれもイカれた映画ですよね。

葛西:そうですね。あれも自分が好きな映画の1つで。だって、50年前の映画なのに、古さをまったく感じさせないぐらい映像がめちゃくちゃ綺麗で、すごいですよね。





―そういう美意識を持っている葛西さんが思う、理想のデスマッチってどんなものなのでしょう?

葛西:“血だらけでもあんまり残酷さを感じさせない、ちょっと美しさを感じさせる“デスマッチですね。

―小さい頃は血を見るのも怖かったそうですが、リング上だとむしろ血が美しく感じられる?

葛西:小さい頃は、「痛いもの=怖い」だったんですけど、デスマッチをやっていく上で、そういう感覚ではなくなっていったんですよね。そもそもなんでデスマッチを始めたかというと、うちの親父もプロレスファンで小さい頃に一緒になってプロレスを観てたんですけど、「今の技は当たってない」とか「じつはそんなに効いてない」とか言う嫌なタイプのプロレスファンだったので、一緒に観ているとめっちゃテンションが下がるんですよ。なので、自分がプロレスラーになったら、親父にそういうことを言わせないプロレスをやろうと。それがイコールデスマッチだったんです。誰がどう見ても痛いので。だから、手段ですよね。親父にちゃちゃを入れられない手段としてデスマッチを選んだだけであって、そもそもはそんなにデスマッチが好きだったわけじゃないんです。

―お父さまは、そのデスマッチを実際にご覧になって何とおっしゃっていたんですか?

葛西:色々と自分のデスマッチを観てきて、最終的には「純、辞めて家族と田舎に帰ってこい」って言いましたから。親父との勝負には勝ったんですよ。

―あちらがギブアップしたという。

葛西:そうですね。ギブアップして天国へ行っちゃいましたから(笑)。



―映画の中でも、本間朋晃(新日本プロレス所属)さんが、「“そんなことやめなよ“って言ってたのは自分にはできないから」というような発言をしていました。その言葉はどう受け止めましたか。

葛西:もう、率直にそのまま受け止めました。自分は親父にちゃちゃを入れさせない手段としてデスマッチを始めましたけど、ファンに「葛西さんのデスマッチはすごい」とか言われていくうちに、今まで生きてきて他人に褒められることなんてなかったので、「ああ、俺に一番向いているのはデスマッチなんだ」と思って、のめり込んで行ったんです。

―初めて自分が人に認められたという気持ちがあったということですか。

葛西:そうです。「俺の生きてる意味がここにあった」と思いました。

―それがいま現在まで続いているんですね。映画の中で印象的だったのが、「プロなんだから」という言葉が何回か出てきたことでした。それは、葛西さんが小さい頃に見たブロディみたいな非日常な世界を見せるのがプロレスラーなんだという意識が根底にあるからなんじゃないかなって。

葛西:お客さんがお金を払って観に来るものが、日常でも観れるものならわざわざお金を払って観に来ないだろうし、やっぱりリング上では非日常を見せなきゃいけないだろうし。そこですよね。プロレス、デスマッチの試合がつまらないやつってやっぱり、“リング上でも日常“なんですよ。非日常じゃないですよね。やっぱり、リング上では非日常を見せないといけないので。“非日常を見せたやつがプロ“です。

―「生きて帰るのが自分のデスマッチのテーマ」という言葉があったんですけど、一方で「明日死んでも後悔がない」とも自伝に書かれています。例えばの話、「リングの上で死んでも本望」みたいに考えたこともあったんですか。

葛西:若い頃はそういう気持ちがあったんですけど、今はないです。死ぬかもしれない、大怪我をするかもしれない、というリングに上がって、大怪我をせず、死なないで自分の足でリングを降りて自分の足で家に帰るのがプロなので。



―そういうところにもプロ意識が強烈にあるんですね。

葛西:はい。ただ、それはリング上だけでいいと思っていて。リングを降りれば“バカな父ちゃん“でいいと思ってます(笑)。



―以前、別の現役プロレスラーの方にインタビューしたときに、自分の試合を映像で観るときに、リング上じゃなくて客席のお客さんがどんな反応をしているか観ているとおっしゃっていたんです。葛西さんはご自分の試合映像を観るときにはどんなところを観ているんですか。

葛西:自分は、技のキレとか動きとか、お客さんの顔、どこで歓声を上げてるかとか、ここだけを観るというのはなくて、入場するところから、リングを降りてコメントするところまで、パッケージで観ちゃいますね。

―リング上だけじゃなくて、お客さんも巻き込んでパッケージで作って行く?

葛西:今でこそコロナ禍でできないですけど、自分は場外乱闘とかもやるので。コロナ禍じゃなかったら、お客さんも巻き込みたいですね。お客さんに椅子持たせて相手レスラーをぶん投げたりっていうのもしょっちゅうしていたので。要はライブですよね。

―5、6年ぐらい前、我闘雲舞の後楽園ホール大会で葛西さんのタッグマッチを最前列で観ていたんですよ。そしたら場外乱闘で足元に置いておいたペットボトルを葛西さんが持って行って相手レスラーに水を浴びせたりぶつけたりしていて。そんなのが許されるのってプロレスだけじゃないですか? でもそれが嬉しかったんですよね。

葛西:やってたかもしれないですね(笑)。巻き込んでいくというか、お客さんと一緒に作り上げていくみたいな感じですから。

―それがこの1年、できていないという状況があるわけですが、お客さんの声援があってこそテンションが上がるのがプロレスラーですよね。

葛西:もちろんです。

―今、どんなお気持ちでリングに立っていますか。

葛西:やっぱり、歓声を上げて欲しいですよね。さっき話に出たように、自分らはプロなので。お客さんは安くないチケット代を払って日常にあるコロナを忘れるために、非日常を味わいに来ているんですけど、そんなお客さんに試合の時間だけでも日常を忘れさせて熱狂させてダメだとわかっていてもつい歓声を上げてしまうくらいの試合をするのが我々プロの仕事だし、現状それができてないというのは、自分たちの力不足だと思っています。とにかく、試合の間だけでも日常を忘れさせて歓声を上げさせたい。今はそれだけを考えています。

<映画情報>



『狂猿』

2021年5月28日(金)よりシネマート新宿、シネマート心斎橋ほかにてロードショー以降順次公開
出演:葛西純、佐々木貴、藤田ミノル、本間朋晃、伊藤竜二、ダニー・ハボック、竹田誠志、杉浦透、佐久田俊行、登坂栄児、松永光弘ほか
監督:川口 潤
撮影:川口 潤、大矢大介、鳥居洋介、村尾照忠
録音:川口 潤
編集:川口 潤、築地 亮 佑(COLORS))
MA:三留雄也
ArtWork:BLACK BELT JONES DC
写真撮影:岸田哲平、中河原理英
制作 アイランドフィルムズ
企画:佐藤優子
製作:葛西純映画製作プロジェクト(スペースシャワーネットワーク+ポニーキャニオン+プロレスリング FREEDOMS)
配給:SPACE SHOWER FILMS
1.78:1|カラー|ステレオ|107分|2021年|日本|PG12
コピーライト:Ⓒ 2021 Jun Kasai Movie Project.

『狂猿』公式HP:https://kyoen-movie.com/