ドジャース大谷翔平(29)の元専属通訳だった水原一平容疑者(39)が大谷の銀行口座から1600万ドル(約24億6000万円)以上を違法賭博で作った借金を返済するために騙し盗った銀行詐欺の罪で、連邦捜査当局に訴追された事件は球界に衝撃を与えた。米スポーツ専門局「ESPN」は、過去に著名なアスリートや歌手なども詐欺被害にあっていた例と「自分の口座の動きを知っている選手がほとんどいない」という実情を伝えた。大谷が水原容疑者の巧妙な犯罪に気づけなかった理由も、そのあたりに潜んでいそうだ。

 NBAスターのティム・ダンカンは約46億円の詐欺被害に

 大型詐欺被害にあったのは大谷だけではなかった。
米スポーツ専門局の「ESPN」は、過去に有名アスリートや著名人が詐欺被害にあってきた例を紹介し、その実情を明かした。
世界的な会計コンサルティング会社であるEYが2021年に発表したレポートによると、プロアスリートは2004年から2019年にかけて詐欺によって約6億ドル(約928億円)を失ったという。この調査では、米のプロスポーツ界の収益がアップするに従い、アスリートの年俸や、その他の広告収入なども増加。それに従い詐欺などの不正行為も増加の傾向にあるそうだ。
同メディアが紹介した過去の最大の詐欺被害額は、人気歌手のビリー・ジョエルの9000万ドル(約139億円)だ。
1989年に元妻の弟で長女の名付け親でもあった元マネージャーのフランク・ウェーバーを詐欺や信認義務違反などの罪で9000万ドルを請求した。同歌手はウェーバーが自己破産を宣言した後に法廷外で和解している。
スポーツ界では、NBAの“レジェンド”デニス・ロッドマン、NFLの史上最高のRBとされるリッキー・ウィリアムズらが、ハーバード大学卒のファイナンシャル・アドバイザーであると偽ったペギー・アン・フルフォードから数百万ドル(数億円)を騙し取られた。同容疑者は2018年に有罪を認め、懲役10年の判決を受け、被害者に580万ドル(約9億円)の賠償金の支払いを命じられた。
元NBAサンアントニオ・スパーズのスーパースターのティム・ダンカンは、契約していたファイナンシャル・アドバイザーから2000万ドル(約31億円)以上を騙し取られ、裁判所は、2018年にこのアドバイザーに750万ドル(約11億5000万円)の賠償金の支払いを命じた。
野球界では、2016年に通算152勝の元サイヤング賞右腕ジェイク・ピービー、元NFLの名QBマーク・サンチェスらが偽造または無許可のサインを利用して銀行口座から投資顧問のアッシュ・ナラヤンに3000万ドル(約46億円)以上を騙し取られた。ナラヤンは2019年に電信詐欺と虚偽の納税申告書についての有罪を認め、3年以上の刑と、1880万ドル(約29億円)の賠償金の支払いを命じられている。

 2014年にシアトル・シーホークスでスーパーボウルを制覇した元NFL選手であるザック・ミラー氏は、現在ファイナンシャルプランナーおよびプライベートウェルスアドバイザーとして活躍中だが、「毎年、どれだけのお金を使っているかを知っている選手はほとんどいない。これが最も信じられないことだ」と指摘した。
大谷も約3年間、年俸が振り込まれる口座へアクセスしていなかった。そこから水原容疑者が無断で違法なブックメーカーへの送金を繰り返していた。

 投資詐欺などの被害にあったプロアスリートや芸能人の代理人を専門とするフロリダ州の弁護士、チェイス・カールソン氏は、同メディアの取材に対して「信頼できる人を選ばないといけない。残念なことに(詐欺を働く)人々は、その信頼を利用しているのだから」と指摘した。
水原容疑者は、6年間、大谷の通訳だけではなく、運転手や日常業務の処理、野球以外の特定ビジネスや個人的な問題の管理なども任され連邦捜査当局は「事実上のマネージャー兼アシスタントだった」と述べた。
この弁護士が指摘するケースに大谷も当てはまっていた。
また世界的な会計事務所MGOのエンターテインメント・スポーツ・メディア部門の責任者、アンソニー・スモールズ氏によると「悪質なファイナンシャル・アドバイザーやビジネスマネージャーによって詐欺被害は起きているが、ほとんどの場合、銀行口座の承認プロセスを回避できる人物は信頼していた友人や家族だ」という。
そして多くのアスリートは、サポートメンバーの役割を分担しているため、それがサイロ化を生み透明性の欠如につながっているという。
スモールズ氏は「集まったチームは定期的にアスリートやエンターテイナーと会い、チェックするクローズドサークルを確保する必要がある」とも口にしている。
大谷も資産の管理は会計士と金融の専門家に任せていた。
彼らは詐欺に加担していたわけではなく、水原容疑者の「大谷が非公開を求めている」という言葉に騙され、口座へアクセスできず、大金が消えていることに気づかなかったわけだが、大谷と定期的にミーティングを持ち、代理人事務所のCAAと連携を取っていれば、どこかで異常に気づいたかもしれない。
スポーツ・ファイナンシャル・リテラシー・アカデミーの国際業務ディレクターであるアテナ・コンスタンティノウ氏は、「アスリートに金融リテラシーがあれば、自分のお金を誰に渡すかを理解できる。最終的に決定を下すのはアスリート自身であり責任も負うのだから」とコメントした。
連邦捜査当局は「大谷は被害者である」と断定した。口座からの送金も許可しておらず違法なスポーツ賭博にも一切関与していないことも明らかになった。大谷は水原容疑者に騙された被害者ではあるが、口座の管理を水原容疑者に任せっきりだったという姿勢は金融リテラシーが欠如していたと指摘されても仕方がない。そこに大谷が水原容疑者の犯罪を見抜けなかった理由のひとつがある。資産管理の責任と決断は自分自身にあることを肝に命じて、今後は、この事件を教訓にしなければならないだろう。