プロボクシングのWBC世界スーパーライト級タイトルマッチが21日(日本時間22日)、ニューヨークのバークレイズセンターで行われ、前日計量で1.45キロの体重超過を犯していた挑戦者のライアン・ガルシア(25、米国)が無敗王者のデビン・ヘイニー(25、米国)から3度のダウンを奪い2−0判定で勝利した。試合後には「毎日酒を飲んでいた」と明かしたが、一方で「奇行は演技だった」との裏情報も流れるなど話題満載の世界戦となった。また当初、ガルシアが勝った場合には同王座は空位になるとされていたが、WBCは試合後に敗れたヘイニーが同王座を保持することを発表した。ヘイニーはガルシアとの再戦を求めている。

 「オレが本当に狂っていると思ったのか?」

 勝利を確信したガルシアは最終ラウンドにガードをぶらっと下げ、腰や膝を震わせながらリング上でダンスを踊った。7、10、11ラウンドと計3度のダウンを奪っているのだから、そのパフォーマンスも無理はない。ただ王者のヘイニーが、試合後に「接戦だった」と語っていたように減点があり、ダウン以外のラウンドは、スタミナをロスしないように手数が少なかったことを考えると、そこまでの大差はない可能性もあった。読み上げられた判定は1人がドローで残りの2人が115−109、114−110でガルシアを支持。歓喜のガルシアはリング上でマイクを向けられると、こう叫んだ。
「オレが本当に狂っていると思ったのか?」
場内が騒然としていると「狂っていたのはお前らだ」とファンを煽った。
前日計量で1.45キロもの体重超過。悪びれた様子はまったくなく計量器の上でビール瓶に入った液体(本人はりんごサイダーだと主張)をラッパ飲みした。150万ドル(約2億3000万円)もの違約金を払って試合は成立したが、当日計量の制限もなく、「3ポンドのアドバンテージだ」とのたまい、意図的な体重超過だったことを示唆した。
見た目はそれほどの体格差は感じなかったがガルシアのパワーは桁外れだった。スタートからガルシアが主導権を握る。1ラウンドにパワーで勝る左フックを合わせてヘイニーがバランスを崩してよろけたのだ。
「驚いた」
ヘイニーは、試合後にその威力が想定以上だったことを明かしている。
一方のガルシアは「第1ラウンドに勝ったと思った」というが、ここから奇妙な展開を見せた。スタミナを温存する作戦だったのか、L字ガードからショルダーブロックを使い、ほぼヘイニーに背中を向けてディフェンスに没頭した。
ヘイニーはプレッシャーをかけて前に出続けた。ジャブ、ボディストレート、左右のフックを打ち込みクリーンヒットはなかったが、2ラウンドから5ラウンドまでジャッジは3人揃って王者を支持した。
眠ったふりのガルシアの一撃が炸裂したのは7ラウンドだった。左のジャブのフェイントから鮮烈の左フックが王者の顔面をとらえた。ヘイニーは尻もちをついてダウン。立ち上がったが、クリンチで必死に逃げるしかない。ガルシアはラッシュをかけた。だが、レフェリーのブレイクがかかっているところでパンチを放ち、減点が科せられた。ヘイニーはさらに崩れるように2度、キャンバスに膝をついたが、いずれもスリップの判定。ガルシアは試合後にレフェリングへの不満をぶちまけている。
「あそこで終わらせるべきだったが、とどめを刺すことができなかった。ただヘイニーはずっとクリンチしてきた。あのレフェリーはオレからKOを盗んだんだ」

 ヘイニーはダメージを負っていた。
ガルシアが、次の8ラウンドで一気に勝負を仕掛けるかと思いきや、またこのラウンドは休んだ。半身で被弾を避けながらの安全運転を9ラウンドも続けてヘイニーを回復させてしまったのだが、10ラウンドにガルシアの左フックがまた爆発。ヘイニーが2度目のダウンを喫した。
ヘイニーは立ち上がり、ガルシアのラッシュをクリンチで逃がれた。
11ラウンドに至近距離から、また左フックを浴びて3度目のダウン。ガルシアはヘイニー陣営のセコンドを務めていた父親のビル・ヘイニー氏に目で「もう止めろ!」というサインを送ったという。それでも最後まで10カウントを聞かなかったのは無敗王者のプライドだったのだろう。
米スポーツ専門局のESPNやスポーティングニュースなどの米主要メディアは「大番狂わせ」として報じた。ブックメーカーの賭け率もヘイニーが圧倒的に有利だった。
ヘイニーは「奴の左フックで眠りにつかされた。オレは一発狙いの勝負をかけた。そこで反撃されるのは当然の流れだ。自分のパフォーマンスに失望したが、オレが真のチャンピオンであり、何度倒されても戦えることを証明した。奴が体重を増やさなければ、オレがチャンピオンだ。やり返す」と再戦を要望した。
当初、ガルシアが勝った場合、王座は空位になると考えられていたが、試合後、WBCのマウリシオ・スレイマン会長は、ヘイニーが王座を失わないことを明かした。2005年にディエゴ・コラレス(米国)とホセ・ルイス・カスティージョ(メキシコ)の間で争われた世界戦のケースを例に出してヘイニーの王座維持の正当性を訴えたが、複数の米メディアは「事前に発表していないのはおかしい」と疑問を呈している。
試合後の会見でガルシアは、またとんでもない話を暴露した。
「人がオレについて何を言おうと気にしない。オレは火の中を歩き、その火を押さえつけた。毎日、酒を飲んで、それでも奴を殴った」
この話が本当なら前日計量でラッパ飲みをしたのもりんごサイダーではなく本物のビールだったのかもしれないが、米専門サイト「ボクシング・シーン」が面白い裏話を伝えた。
ガルシアは以前から目に余る奇行が問題視されていた。
SNSで陰謀論や地球外生命体の存在の証拠があるなどと投稿。あまりにも情緒が不安定でニューヨーク州のアスレチックコミッションはメンタルヘルスの問題についての診察を要請したほどだった。だが、「ボクシング・シーン」の取材によると別の州の規制当局は、「それが戦いの障害になるとは思っていなかった」と語ったという。
「あのね….彼は演技している」とも明かした。
ヘイニーを挑発するための演技説や、低調だったチケットやPPVの売り上げを伸ばすための宣伝行為だったという説もあったが、やはりすべてが計算だったのか。インスタのフォロワーが1000万人を超えるインフルエンサーだけに演技していたとしてもなんら不思議ではない。途中ヘイニーに打たせてスタミナを温存していた戦略を見ると、減量の影響があったようにも思われたが、後述するウエルター級への転向宣言を聞くと、意図的な体重超過であったことは明白で、そのパワーでヘイニーを圧倒したとすれば許されざる暴挙だろう。

 気になるのはガルシアの今後の展開だ。世界ベルトは巻けなかったが、ファンの注目度は以前にも増してアップした。キャリアで唯一の敗戦でKO負けしたWBA世界ライト級王者、ガーボンタ“タンク”デービス(米国)との再戦も候補のひとつだろう。
デービスは、6月15日に18戦(12KO)無敗の“ホープ”フランク・マーティン(米国)との対戦が発表されているが、ガルシアは、その可能性を否定した。
「タンクがマーティンに勝てるとは思わないが、もし倒したとしてもオレの階級は147パウンド(66.68キロ、ウエルター級)に上がっているから不可能だ。オレは143パウンド(64.86キロ)を下回って試合はできない」
そしてガルシアが対戦を希望したのは、WBO&WBC世界スーパーウエルター級統一王者のセバスチャン・フンドラ(米国)。2階級上の1m97ある規格外ボクサーだ。
「154パウンド(69.85キロ、スーパーウエルター級)でフンドラと戦うというビジョンを持っていた。なぜだかわからないがノックアウトできるような気がする」
ヘイニーのプロモーターであるマッチルームのエディ・ハーン氏は、IBF世界ウエルター級王者のジャロン・エニス(米国)と契約を結んだことをガルシアの父に伝えている。
またSNSでは3階級制覇王者で現WBC世界ライト級王者のシャクール・スティーブンソン(米国)が対戦を要求したが、ウエルター級へ階級を上げるとの発言を聞き「それを言ったのならもう終わりだ」と対戦をあきらめるような投稿をしている。
ウエルター級転向が事実ならば、ヘイニーとの再戦も難しいだろうが、そこまでの体格が出来上がっているようには見えない。すべてが演技なのだから彼の言葉も信用できない。果たして25歳の“狂気のボクサー”はどこへ向かうのか。