プロボクシングの4大世界戦(6日・東京ドーム)の前日計量が5日、都内のホテルで行われ、出場8選手全員が一発でパス。メインのスーパーバンタム級の4団体統一戦では、王者の井上尚弥(31、大橋)が100グラムアンダー、過去に体重超過を犯している挑戦者のルイス・ネリ(29、メキシコ)は500グラムアンダーでクリアした。井上陣営はネリの致命的欠陥を見つけ、海外メディアやブックメーカーも井上の圧倒的勝利を予想するが、本当に井上はネリをKOで葬ることができるのか。

 「最高のコンディションに仕上がっている」

王者の井上尚弥とルイス・ネリ(写真・山口裕朗)

 過去“最接近”のフェイスオフだった。
鼻と鼻の間は約1センチ。JBCのスタッフが2人を分けるまで井上は約20秒間、目をそらさなかった。殺気が充満。
「明日やるだけなんで。もう駆け引きは始まっている」
井上は多くを語らない。
一方のネリは懸念材料だった計量を500グラムアンダーでクリア。計量会場に連れてきた仲間たちから大きな拍手と歓声が起きた。すぐさまスポーツドリンクとコーラをがぶ飲みし、待機スペースで、ケーキ2個、缶詰めの桃にむさぼりつき、スタバのフラペチーノの生クリームを嬉しそうに舐めた。
王者の父でもある井上真吾トレーナーは「コンディションは最高に仕上がっている。ネリがたとえどんなパターンでこようと、すべてを想定して準備してきた。こちらには引き出しが多い。あとは、ネリがどう出てくるかと、尚がリング上でどう感じるか」と臨戦態勢が整っていることを明かした。ネリが持つ唯一の武器である左のオーバーハンドフックへの対応に加えて、ネリの致命的欠陥も発見しているという。
海外メディア、ブックメーカーの予想でも井上勝利が圧倒的に支持されている。米の権威ある専門誌「ザ・リング」は、元世界王者や専門家の20人全員が井上勝利を支持。6日に掲載された米CBSスポーツの予想は、井上の8ラウンドTKO勝利だった。
「ネリは堅実なファイターだが、井上はボクシング界の誰とも違う存在だ。圧倒的なノックアウト能力だけではなく真のボクシングスキルを持つ容赦のないファイター。ほぼ完璧でボクシング界を支配するために研究室で作り出されたようなモンスターである」
同メディアの勝敗オッズは、井上勝利が1.08倍、ネリ勝利が7倍となっている。ブックメーカーの勝敗オッズも、ほぼ同様のもので、井上の勝利はほぼ確実視されている。
本当に井上はネリをキャンバスに沈めることができるのか。
元WBA世界スーパーフライ級王者で、論理的な解説が評判の飯田覚士氏も「6ラウンドまでには井上選手がKO勝利すると思う。長引くことはない」と予想した。
「ネリは前半から出てくると思う。左右のフックにアッパーをセットにした連打だろう。対する井上選手は、そこでは打ち合いに応じず慎重にカウンターを中心に対応すると思う。スピードと反応がまったく違うので、ネリが詰めようと思うと、そこに井上選手がいないというパターンになる。サウスポーのネリに対しての井上選手のジャブ、ワンツー、前の手のフックなどがヒットする。カウンターもネリのカウンターを誘うクロスカウンターまで用意していると思う。ネリはスーパーバンタム級になってからは、一発で倒せないことを自覚してか、多少パンチはコンパクトになったが、基本フック系パンチャーなので、井上選手のパンチが先に当たる。井上選手はどんどん相打ちを仕掛けて、ネリはスタミナがないので、4、5ラウンドには、ガクンと効かされるシーンが出てくるでしょう」
さらにネリの武器である左のオーバーハンドフックについても「頭の位置を外して慣れない軌道とタイミングで打ってくる。内外、上下と何種類もある。だが、井上選手は何発か見れば、対応して見極めると思う」と付け加えた。

 減量の苦しかったネリが甘いものをドカ食いしていたようにリカバリーで大幅に当日の体重を増やしてくる可能性がある。井上がフィニッシュに10ラウンドまでかかった元WBA&IBF世界同級王者のマーロン・タパレス(フィリピン)は、試合当日にスーパーライト級相当まで体重を増やし耐久力をアップさせた。井上はスパーリングでフェザー級のパートナーを相手にしてきたが、ネリがタパレスよりもでかくなって登場すれば、倒すのに苦労するかもしれない。
ただネリは、今回、時間をかけて計画的に減量を進めてきた。これまでのような直前の水抜きに頼らない手法だったため、計量後のリカバリーで、そこまで体重が戻らないのではないかという説もある。
真吾トレーナーは「すべて“たられば”の話じゃないですか」と、一蹴した。
「確かに体重を増やすとパンチを吸収してダメージには少しは影響しますね。タパレスがナチュラルの体重増加だったら、もっと早く倒していたかもしれないけれど、マクドネルを見て下さいよ。まったく動けなくなっていた。ネリの場合もでかくしたら、さらにスピードがなくなるんじゃないですか。結局、体重を当日に増やしたボクサーも、ナチュラルで臨んだボクサーも誰も尚弥に何もできていないんで。どっちかってないですよね」
真吾トレーナーが、例に出したのはバンタム級への初挑戦となった2018年5月のWBA世界バンタム級王者、ジェイミー・マクドネル(英国)との試合だ。マクドネルは計量に1時間も遅れてくるなど減量に苦しんだが、試合当日に10キロ以上増量していた。だが、井上のスピードについていけず、わずか112秒で秒殺TKOした。
では、万が一の死角は、井上にないのだろうか?
飯田氏は「死角はありません。あえて粗探しをすれば」とした上で両者のメンタリティの違いが及ぼす影響を、その一つにあげた。ネリは米専門サイト「ボクシング・シーン」のインタビューで「オレは何も失うものがない。井上はオレに勝っても何も得るものはない。むしろ失うものばかりだ。井上はこの試合を受けるべきではなかったと思う」と語っていた。
「何も失うものがないネリが、腹をくくって前へ来て、巻き込まれたときの怖さは残る。そういうメンタリティのボクサーは打たれ強さもアップする。ただ井上選手が冷静さを失うことは考え辛い。ネリが玉砕覚悟できてもサプライズは起こらないでしょう」
計量後の囲み取材で井上は、その影響を完全否定した。
「背負うものがある、ない人間の差はないと思う。ネリに失うものがないから強いのかっていうと、別にそうではない。自分にはベルトが4本あり、何もかけていないネリの気持ちの方がどうかと言ったら、そこがこの試合に出ていたりすることはまったくない」
井上はキャリアを重ねる中で何にも動じないメンタルコントロールができるようになっている。我を失い、防御を忘れて、ただ殴り合いに応じることなど絶対にないだろう。

 飯田氏が、もう一つあげたのは、公開練習時にネリのトレーナーが明かした「井上のスパー相手を務めたメキシコ人から情報を集めた」という発言だ。
「もしそのパートナーが井上選手と重ねたスパーの中で見つけたクセを伝えたとしたら有効にはなる」という。
「ただ長いスパーリングの中で疲労が蓄積したり集中力が途切れたりするときに出る一瞬のクセは、よほど劣勢になったり集中力を失うときでないと試合の中では出ない。まして井上選手の集中力とスピード、足の動きを持ってすれば、そんなクセを狙っている間にパンチを浴びるでしょう」と飯田氏は続けた。
井上尚弥に死角はない。
4万を超えると予想される東京ドームの大観衆は、井上が「とてつもない試合」と表現する歴史的な瞬間の目撃者となるだろう。
(文責・本郷陽一/RONSPO、スポーツタイムズ通信社)