プロボクシングのスーパーバンタム級の4団体統一王者である井上尚弥(31、大橋)とWBA世界ライト級王者で「全米で最も狂暴なボクサー」と称されるガーボンタ“タンク”デービス(29、米国)とのドリームマッチの実現についてサウジアラビアの王族が言及した。サウジアラビアの娯楽庁の長官でオイルマネーをバックに数々のビッグマッチを誘致しているトゥルキ・アラルシク氏が米の格闘技専門メディア「MMA Hour」のインタビューに応じて「2人が適切な体重で条件を満たせばドリームマッチを実現できる」と断言したもの。両者には3階級(5.89キロ)もの壁があり、今すぐの実現は難しいが、世界のボクシング界をリードしているキーマンの“爆弾発言”の行方に注目が集まる。

 現状で5.89キロ差…キャッチウエイトで実現?!

 井上尚弥が東京ドームのネリ戦で与えたインパクトはついにサウジアラビアの王族の“爆弾発言”まで引き出した。サウジアラビアのボクシングの責任者で王族でもあるアラルシク氏が、米の格闘専門メディア「MMAHour」のインタビューに答えて、井上とKO率93%、29戦全勝27KOの戦績を誇るWBA世界ライト級王者デービスのドリームマッチの実現に言及したのだ。
「もしガーボンタ・デービスが賢くなれるのであれば井上尚弥戦だ。これは私が好むドリームファイト。彼らが適正体重で適切な提案をしてくれれば、それを私は実現できる」
現在デービスは61.23キロがリミットのライト級で、井上が55.34キロがリミットのス―パーバンタム級。両者には5.89キロもの差があり、実現には、決定的な体重の壁がある。だが、アラルシク氏は、互いに歩み寄ってのキャッチウエイトでの実現の可能性を示唆したのだ。
デービスも井上戦の実現について英専門メディア「ボクシング・ニュース」のインタビューに答え「もしオレが130パウンド(58.97キロ、スーパーフェザー級)まで下げられて、彼(井上)も少し上げられれば、あり得ないこともないが…」と語っていた。
だが、デービスの減量も厳しく、井上がいきなり2階級を上げることも簡単ではない。デービスも「彼と対戦することは正直イメージできない」と結論づけていた。ただ、この18日にサウジアラビアで開催されるWBC世界ヘビー級王者タイソン・フューリー(英国)とWBO&WBA&IBF世界同級王者のオレクサンドル・ウシク(ウクライナ)の4団体統一戦を実現するなど、不可能とされていたビッグマッチをオイルマネーで次々と実現してきたアラルシク氏の剛腕をすれば、ひょっとすればとの期待を抱かせる。
デービスは2017年にIBF世界スーパーフェザー級王者のホセ・ペドラサ(プエルトリコ)を7回に倒して初戴冠すると2019年には元3階級制覇王者のユリオルキス・ガンボア(キューバ)をもキャンバスに沈めて2階級制覇に成功。翌年には2階級のベルトがかかった異例のタイトル戦で名王者のレオ・サンタ・クルス(米国)を鮮烈のアッパーの一撃で倒した。この頃は、元5階級制覇王者のフロイド・メイウェザー・ジュニア(米国)の愛弟子としてタッグを組んでいた。2021年にはWBA世界スーパーライト級王座も獲得して3階級制覇を成し遂げている。また昨年4月には“お騒がせ男”のライアン・ガルシア(米国)とのビッグマッチが実現。7回にボディショットでKO勝ちしている。“タンク(戦車)”の愛称の通りの屈指のハードパンチャー。もし井上vsデービスが実現すれば、KO必至のスリリングな試合になることは間違いない。
さらにアラルシク氏は、この戦いを実現するための条件をつけた。
「ただ重要なことがある。井上は素晴らしいファイターだ。彼を日本国内だけで戦わせ続けないよう、世界に彼を見せなければならない。彼を我々のところに来させ、サウジアラビア、米国、ロンドンで試合をさせるようにする。我々はその話し合いの準備ができている。もし彼が数年後に引退して、その試合の99%が日本で行われていたようなことにでもなれば残念なことだ」

 アラルシク氏は、サウジアラビア、米国、英国の3か国を井上vsデービスを実現する場合の開催国として提案した。
井上は、これまでラスベガスや英国グラスゴーで試合をしてきているが、海外メディアや、元WBC、IBF世界ウェルター級王者のショーン・ポーターらが、海外で試合を行っていないことへの批判的な意見を発信している。だが、トップランク社のボブ・アラムCEOが、「軽量級のマーケットの中心は日本だ。井上が海外に出て戦う必要などない」と断言するなど、井上が海外に進出して試合をする意味はあまりない。
ただオイルマネーがバックにつくとなると話は別。すでにスポンサーフィーなどを含めると10億円を超えている井上のファイトマネーが、サウジアラビアが主催の興行となると、大橋会長が「倍ではきかない」と明かす金額に到達する可能性がある。
20億円超のファイトマネーならば夢を抱かせる意味でも魅力はあるだろう。実際、昨年12月26日に行われたマーロン・タパレス(フィリピン)との4団体統一戦をサウジアラビアで開催する話がギリギリまで進行していた。緊迫している中東情勢から現地の治安の不安が残ったため、話は立ち消えになったが、サウジアラビアが主催で開催場所が、米国やロンドンのサッカー場であるウェンブリースタジアムならば、それらの不安も解消される。実際、2階級4団体統一王者のテレンス・クロフォード(米国)が、8月3日に行うWBA世界スーパーウエルター級王座への挑戦は、サウジアラビアが主催で米国で開催される。
またアラルシク氏は「話し合いの準備ができている」と明かしたが、井上の大ファンとされている同氏が来日する可能性も噂として流れていて大橋会長は肯定も否定もしなかった。デービス戦ではないだろうが、12月に予定している防衛戦をサウジアラビア主催の海外で行う計画があり、大橋会長は「可能性は半々」と言及している。
デービスは6月15日にフランク・マーティン(米国)との防衛戦が決定している。デービス陣営としては、井上戦よりも先にIBF世界同級王者となったワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)との統一戦を次なる目標に掲げている。
井上もまた9月に都内の会場での防衛戦が予定されており、対戦相手としてはWBO&IBF同級1位のサム・グッドマン(豪州)と元IBF世界同級王者のTJ・ドヘニー(アイルランド)が候補としてあがっている。
井上vsデービスは、現時点ではドリームカードだが、サウジアラビアの王族が発した「実現できる」の発言で将来的に現実味を帯びてきた。