プロボクシングのWBA世界ライト級タイトルマッチが15日(日本時間16日)に米国ラスベガスのMGMグランドガーデンで行われ、王者のガーボンタ・デービス(29、米国)が18戦無敗の同級2位の挑戦者、フランク・マーティン(29、米国)を8ラウンド1分29秒に左アッパーから右ストレートでキャンバスに沈めてKO勝利し、5度目の防衛に成功した。3階級制覇王者のデービスは30戦全勝(28KO)。オイルマネーを背景にビッグバウトをプロモートサウジアラビアの長官はデービスと、スーパーバンタム級の4団体統一王者、井上尚弥(31、大橋)とのキャッチウエイトによるドリームマッチの実現を提唱している。

 左のアッパーから右ストレートでフィニッシュ

 やはりデービスは怪物だった。
8ラウンドだった。デービスがマーティンをコーナーに貼り付けると、右フックから左のアッパーが顔面を捉えた。挑戦者の腰が落ち、ガードが下がって、無防備になると、そこに右のフィニッシュブロー。マーティンは大の字になった。
「あのパンチは見えなかった。来ることがわかっていなかった」とは、マーティンの回想。
まだカウントの途中だったが、デービスはコーナーに駆け上がりダンスを踊っていた。
10カウントが数えられるとそこから宙返り。見事に着地を決めて1万3000人を超えた満場のアリーナのボルテージは最高潮となった。
「オレは錆びついてなんかいない。大丈夫だ。オレは戻ってきた」
1年2か月ぶりの復帰リングで吠えた。
リング上のインタビュー中にダウンシーンの映像が場内に流れた。
「左のアッパーで決まったと思っていた。(最後の右は)ドカーン!という、いいパンチだ」
手応えとしては、仕留めた右ストレートの前の左アッパーにあったようだ。
1、2ラウンドはマーティンが主導権を握った。フットワークを使い、ジャブ、ボディなどの手数で圧倒した。ニックネームは「ゴースト(幽霊)」。そもそもの由来は違うそうだが、そのニックネームの通りに動き回った。ガードを固めて、プレスをかけたデービスは、その動きに翻弄されてパンチが出なかった。「コンプボックス」の統計によると、1、2ラウンドで、マーティンは合計83発のパンチを放ち(有効打は20発)、一方のデービスは29発(同7初)しかパンチを繰り出すことができていない。3ラウンドには、ワンツースリーのコンビネーションの右のストレートをもろに顔面に浴びた。
だが、「フットワークに戸惑ったのか?」の質問をデービスは、「いやいや、そうじゃない」と遮った。
「動き回ることも、奴が疲れてくるのもわかっていた。あえて疲れさせるためにターゲットになってやったんだ。何ラウンドかのウォームアップは必要だったが、徐々にペースは取り戻した」
クリンチも多用され、その豪打を封じられていたデービスだったが、5ラウンドから本領を発揮。あえてガードを下げて圧を強めた。フェイントを使いながらコーナーに追い込んで強烈な左を打ち込んでいく。マーティンも下がりながら必死にパンチを打ち返すが、デービスがパンチの威力で圧倒した。7ラウンドには左のボディから右フックのコンビネーション、さらにカウンターでマーティンの膝がぐらついた。フィニッシュした8ラウンドは、コーナーを背負わせ、右の手で抑え込んで、左ストレートを何発も打ちおろしている。
デービスのチームのTシャツの背中には、映画「ゴーストバスター」シリーズのトレードマークが印刷されていたが、見事に“幽霊退治”に成功した。

 敗れたマーティンは完敗を認めた。
「前半はいい展開でコントロールができていた。でもデービスのプレッシャーを弱めることができず、動き過ぎるのはダメなのか、と色々と考えてスローダウンしたのがよくなかった。徐々に展開が変わって自分の動きができなくなった。動きが止まると、ああいうことになる。いいパンチを浴びてしまった」
デービスの規格外のパワーがマーティンのプランを破壊してしまったのである。
2人は4年前のスパーリングで、つかみあいの喧嘩となり、当時デービスがプロモートを任せていた元5階級制覇王者のフロイド・メイウェザー・ジュニア(米国)が止めに入るほどの因縁があった。途中、ラウンド終了後にデービスが何やらわめき散らすなどピリピリした緊張感もあったが、無敗のマーティンでさえ“タンク”の敵ではなかった。

 昨年4月に、元WBC世界ライト級暫定王者の“奇人”ライアン・ガルシア(米国)を7ラウンドにボディショットで倒して以来、リングから遠ざかった。
昨年6月にボルチモアの拘置所で44日間服役した。2020年に11月に4人が負傷するひき逃げ事件を起こして、90日間の自宅軟禁の判決を下されたが、それを無視して許可なく高級ホテルや新居で生活していたことが発覚したためだ。これまで何度も逮捕を経験している問題児のデービスだが、今回ばかりは、心を入れ替えたという。
「忍耐を学んだ。オレをより良い人間にしてくれた。人生における、こういう物事は乗り越えなければならない。決して逃げてはいけない。おかげで、オレはより良い人間になり、より良い父親になり、より良いアスリートになった。最も重要だったのは、初心に返り、ジムで集中力を維持したということだ」
気になるのはデービスの次戦である。
ライト級には、IBFが王者に復帰した3階級制覇王者のワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)、WBCがシャクール・スティーブンソン(米国)と強敵が揃っている。
しかし、デービスは対戦希望の具体名を出さなかった。
「ジムに戻って錆びついた部分をもっと磨く。オレのレーダーに引っかかる相手と戦うよ」
そして、もう一人、ファンの間で待望論があるのが、井上尚弥だ。
オイルマネーを背景にビッグファイトのプロモートを続けているサウジアラビアの王族で娯楽庁の長官であるトゥルキ・アラルシク氏が、米専門メディアの取材に対しドリームカードとして「デービスvs井上」を提案。「彼らが適正体重で適切な提案をしてくれれば、それを私は実現できる」と断言したことで、世界中に反響が広がった。確かに、この日のようなKOシーンを見せられると、現在、世界戦で8試合連続KO勝利中の井上とのモンスター対決を、サウジの王族やファンが熱望するのも無理はないだろう。
だが、現実問題としてデービスは61.23キロがリミットのライト級で、井上は55.34キロがリミットのス―パーバンタム級。両者には5.89キロもの体重の壁があり対戦は難しい。
デービスも「もしオレが130パウンド(58.97キロ、スーパーフェザー級)まで下げられて、彼(井上)も少し上げられれば、あり得ないこともないが、彼と対戦することは正直イメージできない」と否定的だった。井上はフェザー級への転級を2026年に定めており、キャッチウエイトでも、実現の可能性は低いが、ファンを魅了する“2人の怪物”の今後の戦いに注目が集まる。