プロボクシングの日本フェザー級王者の松本圭佑(24、大橋)が25日、後楽園ホールで同級8位の藤田裕史(34、井岡)と3度目の防衛戦に臨み、3者がフルマークをつける3−0判定で勝利した。だが、ダウンシーンもない“塩試合”に終わり、父で専属トレーナーの好二氏(54)が「もう辞めた方がいい」と激怒。大橋秀行会長(59)も「途中でお客さんが帰っていた。勝つだけではダメ。プロの自覚を持て」と苦言を呈した。早期KO勝利ならば世界挑戦への道が開けるところだったが、見送られることになった。

大橋会長と井上尚弥もリングサイドから見守る(写真・山口裕朗)

 

 いくつもの要因が重なり感じたプレッシャー

 「穴があったら入りたい」
フジテレビ系の人気番組「ミライ☆モンスター」に幼少の頃から取り上げられてきた松本が控室で消え入りそうな声。
ジャッジ3者が100−90とフルマークをつけた。負ける要素はひとつもなかった。だが、ダウンシーンもなく、山場らしい山場も作れない“塩試合”。ランキング下位で、34歳のサウスポーの藤田の独特のリズムやスイッチを繰り返す変則のボクシングに手を焼き、決定打を打ち込むことができなかった。
「メインイベンターで、新人たちも入ってきて、負けられないという気持ちや、倒すことが課題で、そこを求められて…プレッシャーに弱いのかなと感じた」
3試合連続で判定決着が続き、この試合にはKO決着が求められていたが、その期待がプレッシャーになった。アンダーカードでは、ゴールデンルーキーの4人が白星デビュー、さらに昨年11月に沙弥夫人と結婚したことを3月に公表して初めての試合。アピールしなければならない材料が重なり、それが力みとなった。
「右ストレートをスパっと中に入れるイメージをしていたが、その思いを悟られ、狙っているのがばれた。なのにそればかりを狙って、組み立てる、崩すという考えが浮かんでこなくなった。いい試合をしなきゃいけないという思いと、やり辛さもあって、うまくまとまらずにパズルがはまらなかった」
世界挑戦経験が2度あり、元日本、元OPBF東洋太平洋フェザー級王者だった父の好二氏は、インターバルで息子の頬を張った。
「いい加減にしろ!このホールの空気を感じるか?」
そう怒鳴った。
ブーイングこそ飛ばなかったが、会場はシラケていた。
9ラウンドにジャブがヒット。右ストレートも顔面をとらえたが、クリンチで逃げられ、最終ラウンドもボディで攻め、ようやく後楽園ホールに「圭佑コール」が起きたが、最後まで空回りが続いた。
控室で大橋会長は「どうしたの?」と松本に聞いた。
「2ラウンドも左フックが効いたの?」
2ラウンドには、不用意に左フックを被弾してバランスを崩す場面があった。松本は「効いてはいなかったが、結果的に内容を見るとひきずったのかもしれない」というが、藤田との実力差を考慮すれば、膠着状態を打破する工夫や変化が必要だった。
スーパーバンタム級の4団体統一王者、井上尚弥と並んでリングサイドで見守っていた大橋会長は、試合の途中に、観客の一部が席を立ち、帰り始めたことを見逃さなかった。
「途中で帰ったお客さんは、次は絶対見に来ない。勝てばいいってわけじゃない。この試合を事実として受け止めて、プロの自覚を生まないと。厳しい言い方になるけどね」

 大橋会長は、さらに「1、2ラウンドで倒せば世界という声も出ていただろうけれど、一から出直し」と、世界挑戦計画が白紙に戻ったことを明かした。
ひと昔前はフェザー級の世界挑戦はファイトマネーや層の厚さも含めて実現は容易ではなかった。しかし村田諒太や井上尚弥が、配信ビジネスの世界を切り拓いたことですでに大橋ジムでは、ロンドン五輪銅メダリスト清水聡のWBO世界フェザー級タイトルへの挑戦を実現、海外では阿部麗也(KG大和)がIBF王者に挑戦するなど、手の届かないベルトではなくなっている。しかも、WBA世界フェザー級の新王者になったばかりのニック・ボール(英国)や、WBOのベルトの初防衛に成功した1m85と長身のラファエル・エスピノーザ(メキシコ)らまだしっかりとした実力の伴っていない“狙い時”の王者もいる。
それだけに現在WBC13位、IBF9位にランキングされている松本が、ここでやってしまった“塩試合”の代償はあまりにも大きい。
父の好二氏は、控室でパイプ椅子でうなだれる息子を報道陣の前で“公開説教”した。
「最悪ですね。(前戦の)前田戦のような形で藤田を叩けば、世界もいけるかなと思っていたが、体の動き、パンチ、全部にキレもなかった。キレがないなら、くっついて手数を出さなければならないのに、それもできない。“いけ!”といってもいかない。いったい何を練習してきたのか。こんなんだったらボクシングはもう辞めろ。やる意味がない」
“引退”を勧告した。
「世界王者になりたい、なるというのなら見せなきゃいけない。僕も現役時代に下手をうった試合もあるが、今日のような展開ならストップまでは持っていける。今の評価は0点。親として怒りたい」
どちらかと言えば、優しく見守ってきた父の好二氏が、ここまで過激に怒るのは珍しい。それほど歯がゆい内容だったのだろう。
もちろん松本自身もことの重大さは痛いほどわかっている。
「今日の出来だと(世界戦は)組ませてもらえない。やっても遊ばれて終わる。もう一度、初心に帰りたい」
世界の2文字は封印した。ただ急がないと2026年には井上尚弥がフェザー級に転級してくるので挑戦するベルトがなくなってしまう可能性もある。11勝(7KO)無敗の“ミラモン”が持つ潜在能力に疑いはない。世界の頂点に立った後に、振り返れば、あの時、ダメ出しを出された“塩試合”があったからこそ…と振り返るステップにすればいい。次こそ真価が問われる世界への“テストマッチ”となる。
(文責・本郷陽一/RONSPO、スポーツタイムズ通信社)