エマ・ワトソン
プロデュース業に特化するエマ・ワトソン
“自分が信頼しているフィルムメーカーをサポートしたい”。ナタリー・ポートマンのその言葉が代弁するように、製作会社を設立したスター女優たちの目的意識は高い。ジョディ・フォスター、ニコール・キッドマン、シャーリーズ・セロン、サンドラ・ブロック、ナタリー・ポートマンのように、アカデミー賞主演女優賞という最高の栄誉を受け、それ以上の目的を探すとなると、作品をプロデュースする側に回りたくなるのは必然といえる。その場合でも、俳優としての仕事も精力的に続けながら、プロデューサーも担うというケースが大半。自らのスターとしての価値も利用することで、他のスタジオやプロデューサーからの協力を得やすくなるからだ。
   


『アイリッシュ・ウィッシュ』(2024年)
ただし、自分の知名度だけを利用すると、なかなか成功を導けないパターンもある。ジョディ・フォスターやドリュー・バリモアと同じく子役から活躍し、一時は同世代のアイコン的存在にもなったリンジー・ローハンは、2009年、23歳の若さで製作会社、アンフォーゲッタブル・プロダクションを共同で立ち上げた。しかし同社が製作会社として話題を集める作品を提供することはなかった。それでもローハンはプロデューサーの仕事は前向きで、『フォーリング・フォー・クリスマス』(2022年)や『アイリッシュ・ウィッシュ』(2024年)といった近年の主演作ではエグゼクティブ・プロデューサーも兼任している。とはいえ得意のコメディ作品ながら、作品の評価はイマひとつ。私生活でもお騒がせスキャンダルが多かったローハンに、プロデューサー業が向いているのか……という疑問が出るのは仕方ないかもしれない。他の例と比較すれば、俳優としての評価をある程度、獲得しないとプロデューサー業で成功するのも難しい。それもハリウッドの法則だろう。
  
一方で、俳優としての活動を抑えて、プロデュースに特化する姿勢をみせる人もいる。『ハリー・ポッター』シリーズ(2001〜2011年)や『美女と野獣』(2017年)のエマ・ワトソンだ。2019年の『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』以来、出演作がないワトソン。俳優業はほぼ休止という状態で、2022年、短編映画で監督デビューを果たした。同じ頃、“これからは違う方向で仕事をしていく”と宣言。ブラウン大学、オックスフォード大学院など学業を優先し、国連の親善大使も務めるなど、以前から俳優業に一定の距離を置いていたワトソン。〈グッチ〉や〈サンローラン〉を傘下に持つファッションコングロマリット、〈ケリング〉の取締役に就任し、弟とはジンを製造するブランドも設立していた。そんな彼女が2023年、2つの製作会社を作ったことが明らかに。ひとつはブレッドクラム・プロダクションズ。もうひとつはソフィア・ライジング。両方とも『ハリー・ポッター』時代からワトソンのアシスタントを務めてきたエミリー・ハーグローブが取締役だ。“ブレッドクラム”とはパン屑のこと。こぼれ落ちた企画を拾い上げるという意味が込められている。現時点でどんなプロジェクトを進めているかは発表されていないが、国連ではUNウィメンの親善大使でもジェンダー平等を訴えてきたワトソンのことなので、そのスタンスを反映した作品を届けてくれるだろう。今後、俳優としての彼女を観られるチャンスは少なくなりそうで、それは寂しいが……。
  
結局のところ、俳優は映画やドラマのひとつのピースであり、自分で一から何かを創造する野心を持っていたら、監督やプロデューサーという作り手に回りたくなるのは、ある意味、当然の流れといえる。俳優を性別で分けて考えると、男優はクリント・イーストウッド、ベン・アフレック、ジョージ・クルーニー、ブラッドリー・クーパーなど、監督として傑作を放っている人が数多い。ロン・ハワードのように俳優としてデビューしながら、早い時期に監督業への専念を決めたパターンも目につく。一方で女優では、アンジェリーナ・ジョリー、サラ・ポーリーらが挙げられるが、その数はグッと減ってくる。ハリウッドが男性社会であり続ける状況とも関係しているのだろう。近年、ジェンダー格差をなくすことがアピールされながら、2023年は興行成績トップ100本のうち、女性監督の作品は16%にとどまった。しかも前年の18%からダウンしている。この割合が、女優の監督進出を阻んでいるのも確かだ。
   


『ドリーム』(2016年)
ただ、プロデューサーという職業を考えると、監督以上に女性の活躍が目立っている。2024年のアカデミー賞で作品賞を受賞した『オッペンハイマー』のエマ・トーマスは、クリストファー・ノーラン監督作品を長年プロデュース。スティーヴン・スピルバーグ作品や『スター・ウォーズ』シリーズのキャスリーン・ケネディ、クエンティン・タランティーノ作品のシャノン・マッキントッシュなど、話題作、ヒット作を手がける女性プロデューサーの名前は次々と出てくる。『猿の惑星:新世紀』(2014年)や『ドリーム』(2016年)を製作したジェンノ・トッピングは、“現在のハリウッドでは、監督よりもプロデューサーの方が女性が活躍しやすい”と語っていた。映画に比べ、ドラマシリーズの方がジェンダーや人種の多様性が顕著になってきているのは、プロデューサーの役割が大きいからかもしれない。
そう考えると、スター女優たちが、まずプロデューサーとして作りたい映画やドラマを送り出す姿勢には納得がいく。観る側のわれわれも、作品のクレジットに女優兼プロデューサーの名前を見つける機会が、今後ますます増えるだろう。その流れが、ハリウッド全体の傾向を時間をかけながら変えていくのは間違いない。
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文=斉藤博昭  text:Hiroaki Saito
Photo by AFLO