ホタルがもう飛び始めている。そんな知らせが届く。温暖化の影響だろうか、宵闇を横切る光は何ごとか語りかけているようでもある◆鹿島市の大町一利さんは、ひろば欄の常連。73歳で脳こうそくに倒れ、好きなゴルフができなくなった。かろうじて自由が残された右手一本で、見つけた楽しみが新聞投稿だった◆2013年の「おとこの星座」から、掲載されたのは100本を超える。体が衰え、介護施設を勧められても「パソコンが自由に使えなくなる」と、すぐにはうなずかなかった。入所後、家族が見舞いに行くたび、びっしりと書かれた投稿のメモを渡された◆そんな大町さんが体調を崩したのは今月初め。結婚60年の「ダイヤモンド婚」を迎え、妻と一緒にまだまだ挑戦を続けたい、とつづったのが最後の投稿になった。息をひき取った日の夜、菩提(ぼだい)寺にホタルが1匹飛んだという。通夜の席で住職から話を聞いた遺族は、故人の姿を重ねて泣いた◆わらべ歌の〈あっちの水は苦いぞ、こっちの水は甘いぞ〉は、あの世からこの世へ魂を呼び寄せる含意という説もある。ほのかな光の明滅に託した古人の思いは今に息づいている。葬儀の後、孫たちが近所を散策すると、またホタルが舞った。〈つゆ草の季節のごとに父偲(しの)び蛍のおとずれ待ちわびるらむ〉。娘さんが詠んだ挽歌である。(桑)