作家の木内昇(のぼり)さんが子ども時分の苦い思い出を書いている。父親は中学を卒業後、あんこを作る工場で働いていた。家でよく小豆の選別や火加減の難しさを語ってくれた◆中学生になった娘はある日、食卓にあった父の手帳をのぞいた。書かれていたのは平仮名だけ。あんこの配合か、「あずき」の文字の下に大きなマル、「さとう」の横に小さなマルがあった。〈こんな落書きで仕事をまかなっているなんて、と呆(あき)れた〉◆それから父にしかられると、「漢字も書けないくせに」と口答えをした。父は家で仕事の話はしなくなった。〈随分年月が経ってから、その荷物の中に小さな漢字辞典を見つけた。身がすくむような心持ちになった〉と木内さんは振り返る◆歌人の小高賢さんにこんな一首がある。〈鷗外の口ひげにみる不機嫌な明治の家長はわれらにとおき〉。文豪のように口ひげをたくわえ威厳のあった昔と違い、現代の父親はやさしい。家庭での役割を見つけられない不器用な世代もある◆父を亡くした後、木内さんは同僚からその仕事ぶりを聞かされた。ちょっと味見をしただけで砂糖の分量がわかる職人だった。〈父が、ひとつずつ手で触って確かめて、切り開いてきたものの上に、自分たちの暮らしが成り立っていたことを思い知った〉。明治の家長に遠い、こんな人生もあった。(桑)