以前、本連載で御茶ノ水にある母校周辺を歩いたとき、私はこんなことを書いた。 “この辺を歩いているといろいろな思い出がよみがえってきて、 「あそこのロッテリア、放課後に友達とよく行ってました」 「ここで犬を拾って交番に届けたことあります」 などと、どうでもいい話ばかりしていました。そういうエッセイも書きたいな。” 本筋と関係なかったので話を広げなかったが、郊外ならいざ知らず、都会で犬を拾うってあまりない経験じゃないだろうか。 今回はそのめずらしい体験について詳しく書こうと思う。迷子になった犬の話だ。

学校の近くに人だかりができていた理由

私は当時、文化学院という学校に通っていた。文化学院は、JR御茶ノ水駅の「御茶ノ水橋口」から徒歩5分ほどの場所にある。オフィスや大学が多く、平日でも人が多いエリアだ。

小雨がしとしと降るある日の昼休み。私は昼食を買うため友人のアミちゃん(仮名)とロッテリアに向かっていた。

学校のそばの細い道をまっすぐ行くと角にスタバがあり、ロッテリア沿いの道と交差する。

しかしその日は、スタバ前の車道に人だかりができていた。

「どうしたんだろうね?」

私とアミちゃんも思わず立ち止まる。人だかりの隙間から覗くと、車道の真ん中で小さなヨークシャーテリアがプルプル震えていた。リードはつけておらず、飼い主らしき人間の姿もない。そこはわりと交通量の多い道なのだが、ヨーキーがいるため先頭の車が立ち往生し、渋滞が起こっていた。

会社員風の男性が数人、ヨーキーを捕まえようと近づくが、ヨーキーはパニックになっていて人間たちの間をチョロチョロ逃げ惑い、誰も捕まえられない。しゃがみこんで「おいで〜、大丈夫だよ〜」と声をかけている人もたくさんいたが、ヨーキーは怯えるばかり。大勢の大人が、1匹の小型犬に振り回されている。

たとえ歩道に追いやっても、リードをつけていないからまた車道に飛び出てしまうだろう。この子のためにも飼い主さんのためにも、はやめに保護しなければ。

私はアミちゃんに傘を預け、ヨーキーの目を見つめたまま静かに近づいた。不思議なことに、その子はじっと私を見たまま動かなかった。

私とヨーキーが対峙する。スッと抱き上げると、ヨーキーは抵抗することなく私の腕の中におさまった。

オーディエンスから拍手喝采が起こる。立ち往生していた車が発進し、渋滞は解消され、人だかりは四方八方に散っていった。

実は、当時私は実家でヨーキーを飼っていた。車道の真ん中でパニックになっていたその子は、私から「ヨーキーの飼い主オーラ」を感じ取ったのかもしれない。

交番で言われたまさかの言葉

無事に保護できたのはよかったが、さてこれからどうしよう。

「飼い犬かな?」とアミちゃん。

「飼い犬じゃないヨーキーはそうそういないよ」

そのヨーキーは華奢で毛が長く、頭にちょこんとリボンをつけている。どう見ても誰かの愛犬だ。おとなしく抱っこされていたが、相変わらずプルプル震えていた。

しかし、私はもうすぐ午後の授業が始まってしまう。とりあえず近くの交番に届けることにした。

交番でおまわりさんに「そこで犬を拾ったんですが……」と話すと、2人いたおまわりさんは驚きつつも、拾得物の届出を書くように言った。拾得物なんだ。

おまわりさんのうち1人は犬好きらしく、「こっちの部屋は暖房が効いてるから」と、ヨーキーを抱っこして奥の部屋に連れて行った。犬慣れしてる人がいてよかった。

届出用紙に名前や住所を書かされていると、交番に女の子が入ってきた。話したことはないが、同じ学校の1学年下の子だ。彼女は一部始終を見ていたのだろう、「コンビニでタオル買ってきたから、さっきのワンちゃん拭いてあげてください」とおまわりさんにタオルを渡した。

さて、届出用紙には拾った物や拾った場所を書く欄がある。拾った物の欄に「ヨークシャーテリア」、拾った場所に「スターバックスの前」と記入すると、事実なのに現実味がなくておかしかった。

そこまではスラスラ記入できたが、問題はそのあとだ。正確な文言は忘れたが、届出用紙に所有権がナンタラカンタラ……と書かれた欄があった。その意味を尋ねると、おまわりさんはこう言った。

「飼い主が現れなかった場合、吉玉さんのものになりますがよろしいですか?」

「いやいやいや! うち、アパートだから犬飼えないです!」

当時、私は横浜のアパートに住んでいた。私が上京する前から父が単身赴任をしており、父の家に居候していたのだ。古いアパートだからペットは禁止だろう。

そう事情を説明するも、おまわりさんは「規則なので」と譲らない。

「もし飼い主さんが見つからなくて、私も引き取らなかったら、あの子は保健所行きですか?」

「そうなりますね」

「そのあとって、ちゃんと里親さんに引き取られますよね?」

「さぁ、そこまでは……」

なんてことだ!

私は、仕事中の父の携帯に電話をかけた。父はすぐに出たが、事情を話すと「ダメに決まってるだろ!」と怒られた。

すると、タオルを持ってきた女の子が「もし飼い主が見つからなかったらうちで引き取ります」と申し出てくれた。それを聞いてほっとする。

 

数日後、交番から電話が来た。飼い主さんが見つかったそうだ。「飼い主に吉玉さんの電話番号を教えていいですか?」と聞かれ、承諾した。

電話をかけてきたのは埼玉に住む年配のご婦人で、車で(人間の)病院に来たところ、駐車場で愛犬が逃げ出してしまったそうだ。電話の向こうで泣きながら何度もお礼を言われた。もしうちの子が迷子になったら……と想像し、私も泣きそうになった。

さて、この『さんたつby散歩の達人』は交通新聞社が運営しているメディアだ。

そしてなんと、交通新聞社のビルは私がヨーキーを拾った通り沿いにある。

交通新聞社には仕事でよく行くが、交番やスタバの前を通るとき、雨に濡れて震えていたヨーキーのことを思い出す。人生で唯一、迷子を保護した思い出だ。

 

文=吉玉サキ(@saki_yoshidama)