創業から160余年、伝統の味を守り続ける浅草のそば処『尾張屋』。明治生まれの文豪・永井荷風を筆頭に、落語家や力士、近隣の常連客など、多くのファンを虜にしてきた人気の秘密は、6代にわたって受け継がれてきた「毎日食べても飽きない味」にあった。

店名に託したのは「えびの尾を張るように勢いよく」という想い

『尾張屋』は雷門通りに2店舗ある。こちらは本店。支店は地下鉄銀座線浅草駅3番出口付近にある。
『尾張屋』は雷門通りに2店舗ある。こちらは本店。支店は地下鉄銀座線浅草駅3番出口付近にある。

浅草・雷門通りで2店舗を展開する『尾張屋』は、1860年創業の老舗そば処。縁起のいい屋号は、初代が江戸の火消し屋から転職する際、火消しの元締にして浅草寺の門番も勤めた新門辰五郎が「えびの尾を張るように勢いよく」の想いを込め命名したという。

有名人も多く訪れる本店。左手には昭和を代表する横綱、大乃国、旭富士、千代の富士、北勝海の手形が。
有名人も多く訪れる本店。左手には昭和を代表する横綱、大乃国、旭富士、千代の富士、北勝海の手形が。

のちに関東大震災、東京大空襲で二度にわたって店を焼失したが、焼け野原からどんぶりを引っ張り出し操業資金にあてて店を再建。浅草を代表するそば処へと発展させた。

6代にわたり脈々と受け継がれてきた「毎日食べても飽きない味」

店内には、『尾張屋』を愛した文豪・永井荷風の写真も。
店内には、『尾張屋』を愛した文豪・永井荷風の写真も。

『尾張屋』がもっとも大切にしているのは、「飽きのこない味」だ。大量のかつお節を使い、強火で1時間半かけて旨味を濃縮させたつゆは、飲み干してもすぐまた恋しくなると評判の味。連日訪れたり、一日に二度来店する常連客もめずらしくないようで、明治生まれの文豪・永井荷風などは、毎日12時5分に暖簾をくぐっては同じ席で「かしわ南蛮」を食したというから驚きだ。

看板メニュー、天ぷらそばの魅力は、器からはみ出すえび天と汁のハーモニー

天ぷらそば1600円。えび天が器からはみ出しているが、どんぶりが小さいわけではない。
天ぷらそば1600円。えび天が器からはみ出しているが、どんぶりが小さいわけではない。

天ぷらそばが運ばれてくると、どんぶりからはみ出すえび天の迫力にまず驚く。ピンと張っ大ぶりのえびは、関節を折ることで長さや太さを整えているが、これには熟練の技が必要だ。

「えびが鮮度が命。この道30年の店長が、毎日数百本、多い日は千本以上、朝の仕込み時にものすごいスピードでやっつけます」。

と語るのは、6代目修業中の田中秀典さん。

長さや太さが均一になれば、一度に注文が入っても均等に揚げることができる。変わらぬ味の秘密だ。

えび天は別盛りも可能。えび天ならではのサクサク感も捨てがたい。
えび天は別盛りも可能。えび天ならではのサクサク感も捨てがたい。

えび天は別盛りも可能と聞いて、最初の一口はサクサク食感をたのしんだ。そして汁を一口。こちらは塩分控えめのさっぱり味だ。しかしここにえび天をのせると、ごま油とえびの旨味が汁全体にしみわたり、深いコクと豊かな風味が口いっぱいに広がる。うまい。 とにかく汁がうまい! えび天とそばを交互にほおばるうち、直径1.5cmほどの分厚い柚子皮と三つ葉を発見。ふくよかな味の秘密に近づいては、感動が押し寄せてくる。最後はカリッと揚がった尻尾までたいらげ、汁はすべて飲み干した。

「100歳のおばあちゃんも完食するんですよ」。

巨大なえび天を見たときは半信半疑だったが、いまは納得。飽きないどころか、毎日でも食べたくなる味だ。

最近始めたテイクアウトのメニューに込められた老舗の心意気

6代目修業中の田中秀典さん。『尾張屋』の味を次世代につなぐすべを模索しているという。
6代目修業中の田中秀典さん。『尾張屋』の味を次世代につなぐすべを模索しているという。

近年はテイクアウトも始めた。天ぷらそばは提供していないが、天せいろやそばとろ、もうひとつの人気メニュー天丼などは持ち帰りが可能だ。このテイクアウトのおしながきの中に、500円の特別サービス品として銀杏や玉子焼きなどのメニューが並んでいるが、実はこれ、店内で1000円で提供しているものとまったく同じものなのだ。

「持ち帰る間に多少なりとも味は落ちる。だから半額でいいんです。次は店内で、最高の状態で味わってほしいから」。

店で提供する味に絶対的な自信があるという田中さんの言葉に、老舗の心意気を感じた。

尾張屋(おわりや)
住所:東京都台東区浅草1-7-1 /営業時間:11:30〜20:00/定休日:金/アクセス:アクセス:地下鉄浅草駅から徒歩5分、東武伊勢崎線(東武スカイツリーライン)浅草駅から徒歩5分、つくばエクスプレス浅草駅から徒歩5分

構成=フリート 取材・文・撮影=村岡真理子