東京2020会場を振り返るとどれも輝かしい、時には涙の思い出がギュッと詰まった宝箱だ。1964年大会会場や既存会場を駆使した都心部のヘリテッジ(遺産)ゾーン、東京湾岸に点在する東京ベイゾーン。その歴史と未来を眺めた。

多くの会場の礎となった臨海副都心という土壌

会期中オリンピック・パラリンピックシンボルが浮かんだお台場海浜公園はトライアスロンとマラソンスイミングの会場に。
会期中オリンピック・パラリンピックシンボルが浮かんだお台場海浜公園はトライアスロンとマラソンスイミングの会場に。

都内だけでも14もの競技場が点在する東京ベイゾーン。これほどの会場が一気に準備できたのは、受け入れる土壌があったから。

1970年代、東京都は首都の活路を埋め立て地に求めた。港湾機能のほかに交通や都市機能、憩いの場である海上公園などの役目も埋め立て地が担う。今回の競技会場だったお台場海浜公園や有明テニスの森、夢の島公園などが計画された。

長年東京都港湾局に勤務し、湾岸の歴史を知る海寳博氏さんに伺うと、「埋め立て地の中でも特に台場・青海・有明は、東京の7番目の臨海副都心として開発されました」という。

東京都港湾振興協会事務局長の海寳博氏さんはミナトリエGM。
東京都港湾振興協会事務局長の海寳博氏さんはミナトリエGM。
ミナトリエには東京港の歴史展示が。写真は1995年頃のお台場・青海。フジテレビ本社やホテル、テレコムセンターとゆりかもめが。
ミナトリエには東京港の歴史展示が。写真は1995年頃のお台場・青海。フジテレビ本社やホテル、テレコムセンターとゆりかもめが。

そのお披露目の場として1996年開催の「世界都市博覧会」が計画された。期間は約300日、1日最大20万人を動員できるインフラが整備された。ゆりかもめが会場内を巡り、りんかい線2駅が玄関口として開業。副都心を貫く大通路のシンボルプロムナード公園も造られた。

シンボルプロムナード公園。 臨海副都心を東西南北に貫く大通路。地中に都市博開催時最新技術の電力や情報通信ケーブルなどの共同溝が。夢の大橋にあった聖火台は石と光の広場に移転予定。
シンボルプロムナード公園。 臨海副都心を東西南北に貫く大通路。地中に都市博開催時最新技術の電力や情報通信ケーブルなどの共同溝が。夢の大橋にあった聖火台は石と光の広場に移転予定。

今大会のプレスセンターとなった東京ビッグサイトはすでにあり、まさに街全体が巨大イベント会場だった。しかし都市博は中止。でも海寳さんは「私はゆりかもめ勤務でしたのでむしろそこからが始まり。安全な運営に必死でした」と振り返る。

そんな彼らの努力のかいあって、臨海副都心は25年後のこの夏、ようやく世界の脚光を浴びたのだった。

都心と臨海副都心を結ぶ交通手段として1995年開通の新交通「ゆりかもめ」。当初は新橋始発で有明終点。2006年豊洲まで延長。
都心と臨海副都心を結ぶ交通手段として1995年開通の新交通「ゆりかもめ」。当初は新橋始発で有明終点。2006年豊洲まで延長。

会場群はすでに未来に向かっていた

連載中お世話になった、東京都オリンピック・パラリンピック準備局大会施設部の担当者にお疲れ様と声をかけると、「開催までは選手の方々に活躍の場を用意してあげたいという一心でした」と胸を撫(な)でおろす。が、「でも都職員としてはこれからがスタートです」と語気を強めた。

恒久施設はそれぞれ都民利用のための整備工事が始まる。ベイゾーン全体が臨海スポーツゾーンとして計画され、スケートボードなどアーバンスポーツパークの整備も計画中。

これは各競技団体の悲願でもある。身近に練習場があれば子供たちがスポーツに親しめて、いつかオリンピアンとして成長するかもしれない。そんな種をまく場所が、2020大会を機にいくつも生まれたのだ。

都心のヘリテッジゾーンでも明るい知らせを聞いた。1964年に建設された国立代々木競技場が、国指定の重要文化財に指定された。

東京2020大会の思いは、すでに未来へと歩み始めているのだった。

東京ベイゾーン

臨海スポーツゾーンに生まれ変わる会場跡地

東京都は臨海部の2020大会会場を中心に4つのスポーツを楽しむエリアを計画中だ。
まずは「大井ホッケー競技場」。海の森水上競技場とカヌー・スラローム会場は「ウォータースポーツエリア」。アーチェリー会場などの「マルチスポーツエリア」。そして「有明レガシーエリア」には、アーバンスポーツの場の整備を計画中。一方、仮設ではあるがしっかりした建築の有明体操競技場は展示場になる予定。

有明レガシーエリア

有明アーバンスポーツパーク。
有明アーバンスポーツパーク。

有明テニスの森駅周辺や有明アリーナなどは「有明レガシーエリア」として、商業施設などとも連携してスポーツや文化イベントの場となる予定。今大会では仮設だったアーバンスポーツ競技施設の大会後の活用も計画中。オリ・パラシンボルなどモニュメントも設置予定。写真(上)の一帯はかつて貯木場だった海面で2016年大会招致時には選手村予定地だった。

青海アーバンスポーツパーク。 スポーツクライミングなどが開催された仮設会場は大会後更地に。青海アーバンスポーツパーク近くのファンパークでは、パラリンピック期間中、スポーツ体験を実施した。奇しくもこの一帯は都市博でもパビリオンが立ち並ぶ予定地だった。
青海アーバンスポーツパーク。 スポーツクライミングなどが開催された仮設会場は大会後更地に。青海アーバンスポーツパーク近くのファンパークでは、パラリンピック期間中、スポーツ体験を実施した。奇しくもこの一帯は都市博でもパビリオンが立ち並ぶ予定地だった。

辰巳・夢の島マルチスポーツエリア

辰巳国際水泳場。
辰巳国際水泳場。

常設アーチェリー場ができた夢の島公園と辰巳の森海浜公園は、マルチスポーツエリアとして整備される。辰巳は競泳が開催されたアクアティクスセンターができたため、水球会場だった隣の辰巳国際水泳場(写真)はいずれアイスリンクに。

ヘリテッジゾーン

都心部で輝き続ける2大会活躍レガシー

都心部にあり前回も使われた競技会場群。東京体育館や2代目国立競技場などがある。中でも国立代々木競技場は丹下健三設計の名建築で、この8月に国指定重要文化財に。

国立代々木競技場第一体育館(写真)は2本の支柱、第二体育館は中央の1本の支柱で支える吊り屋根構造。 斜面の地形に合わせた緻密な構造計算のもとに建築されている。(提供=独立行政法人 日本スポーツ振興センター)
国立代々木競技場第一体育館(写真)は2本の支柱、第二体育館は中央の1本の支柱で支える吊り屋根構造。 斜面の地形に合わせた緻密な構造計算のもとに建築されている。(提供=独立行政法人 日本スポーツ振興センター)
前大会で使用したプールは、飛び込み台は撤去されたが、プールの構造は今も残したままだ。今大会前に行われた耐震改修工事では、安全対策のひとつとして石垣も番号を振って組み直した。(解体した石垣の写真は2019年3月撮影)
前大会で使用したプールは、飛び込み台は撤去されたが、プールの構造は今も残したままだ。今大会前に行われた耐震改修工事では、安全対策のひとつとして石垣も番号を振って組み直した。(解体した石垣の写真は2019年3月撮影)

取材・文=眞鍋じゅんこ 撮影=鴇田康則
『散歩の達人』2021年10月号より