世の中にはなくてもいいのに勢い余って付け加えてしまうという物事があります。蛇足というやつですね。まあ、常識的には蛇の絵に足はいらないのですが、ごくまれに足を生やした蛇が竜に化けて天に昇っていくという奇跡も起こる……芸術とはそんな非常識な力のことだとも言えそうです。 文字の消えた看板の上に何か別の張り紙がされているのは、無言板としてはまさに蛇足でありそこが笑いのツボなのですが、ひょっとして万にひとつくらいは竜に化けるものがあるかもしれない、そんな微かな期待も込めてこれらを〈蛇足看板〉と名付けて集めてみました。

Draw a snake adding feet《蛇足》
Draw a snake adding feet《蛇足》

広告の抜けた地下鉄通路の看板です。コロナ禍とデジタルサイネージへの移行期のダブルパンチで駅構内の広告板がつぎつぎと無言板化しているわけですが、白いガラス板の上に「ガラスに注意」という張り紙をしているものを見かけました。寄りかかられてひびが入ったり割れたりしたら大変だという配慮です。

ただ、あまりにもこれが何枚も立ち並ぶと経済不況の冷たい風が通路に吹き込むようで、見ているこちらの心にひびが入りそうです。

Sleep mode maybe《節電中でしょ》
Sleep mode maybe《節電中でしょ》

駅のデジタル掲示板の上に「調整中」の張り紙がされています。機械に何か不具合があったのでしょうか。でも、ふつう特にお知らせがなければ電源を入れる必要はないので、駅の利用者にわざわざ「調整中」と知らせる理由もないはずです。運行状況が平常なら何も映っていなくても誰も気にしません。

たぶん鉄道会社は動かない機械を放っておけないのでしょう。駅員さんは交代制なので申し送り事項をこうして紙で伝える習慣があるのかもしれません。

進んでいない仕事を「調整中です」と報告する人がよくいますが、この機械の場合は本当のところはどうなんでしょうか。修理が終わるまで「節電中(スリープモード)です」という言い訳(あながち嘘ではない)の方がSDGsへの取り組みとしてスマートかもしれません。

Saying don’t talk here《会話禁止看板》
Saying don’t talk here《会話禁止看板》

その世界では有名らしい老舗の社交ダンスホールの前の白い掲示板。公演があるときは華やかな大判ポスターが貼られるところですが、近寄って見ると小さなプリンタ出力の張り紙に「会場前でのたむろ、会話禁止!」と書かれていました。

営業時間終了後もお客さんが名残を惜しむように立ち話に華を咲かせる夜があるのでしょう。騒音や通行の妨げにならないようにという配慮だけでなく新型コロナウイルス感染予防対策という理由もあるはずですが、そもそも社交ダンスは英語で言うと「ソーシャルダンス」。ソーシャルダンサーたちがソーシャルディスタンスを気にしなければいけないとはなんとも皮肉な現実です。劇場やホールの経営が早く元通りになってほしいですね。

Tight blank《記入された空白》
Tight blank《記入された空白》

「この場所は」と「です」の間の空白には「自転車バイクの駐輪禁止」という文字があったはずなのですが日に焼けて消えてしまい、いわゆる〈穴埋め問題型〉の無言板になってしまったところに見ての通り誰かが堂々と解答を記入していきました。

貼られたステッカーがストリートファッションブランドのロゴであることからスケートボードに乗った悪ガキのイタズラであろうことはだいたい想像がつきます(この場合ブランドに罪はありません)。ステッカータギングは器物損壊罪なのでけっして褒められるものではありませんが、そもそも肝心の警告文が消えた看板をいつまでも放置している方もどうなのよという辛辣なツッコミ要素が強いので、これは設置者が一本取られた感じもします。しかし、くれぐれも真似は絶対にしないように。

Beware of crows《カラスに注意》
Beware of crows《カラスに注意》

最後は番外です。スーパーマーケットの駐輪場にあった張り紙ですが一見冒頭で紹介したあのフレーズと酷似した注意書きにはっと目が止まりました。なんと、「カラスにご注意!!」です。

自転車のかごに買い物袋を入れっぱなしにして離れたらカラスに襲撃されたという被害があったのでしょう。地下鉄通路は「ガラスに注意」、スーパーの駐輪場は「カラスに注意」……濁点ひとつ取っただけでまったく違うシチュエーションになってしまうとは。まるでトカゲの絵から足を消したら蛇になってしまったような逆蛇足現象。もしこれがガラス窓に貼られていたらまさに蛇が竜に化けるような最高傑作になるところでした。

文・写真=楠見 清

楠見 清
美術評論家
1963年生まれ。美術評論家、東京都立大学准教授。公共彫刻の調査からいつの間にか街歩き愛好家に。著書『ロックの美術館』、『もにゅキャラ巡礼』(南信長との共著)ほか。インスタグラムでも「無言板」の写真コレクションを公開中。