まち歩きが好きな人なら公園や花壇の花に季節の移ろいを感じる機会も多いはずです。とくにこれからの季節、まちの至るところで色とりどりの花が咲き始めると思わずカメラのレンズを向けたくなります。 そして、今回ご紹介するのは花と無言板の偶然の出合い。 花言葉を読み解きながら花を見ていくと、言葉を失った無言板との組み合わせは何とも対照的なツー・ショットのように思えてきます。

Full bloom with no words 《満開で言うことなし》
Full bloom with no words 《満開で言うことなし》

桜の木の下に無言板を見つけました。近寄ってみると植樹した団体名を記した看板に書かれていた「花や緑を大切に」という標語がすっかり色あせています。

でもこれは見方を変えれば、まるで満開の桜に対してもはや「言うことなし」という状態なのかもしれません。桜も無言板も互いに堂々としている姿にそれこそなんとも言えないおかしさがこみ上げてきます。

桜の花言葉は「精神美」で「優雅な女性」のシンボルです。なかでもソメイヨシノには「純潔」という清らかな花言葉があります。ピュアであることの美しさとはじつに用途から解放された無言板の美にも通じている気がします。

Take good care of also the signboard《看板も大切に》
Take good care of also the signboard《看板も大切に》

学校の近くの花壇の上に書かれた「花を大切にしましょう」のメッセージが消えかけていました。咲いているのはパンジーで花言葉は「もの思い」。「私を思って」というメッセージでもあるそうです。

この花壇はいつも生徒さんたちによってきれいに手入れされているのですが、看板のことを忘れていませんかとパンジーが代弁しているのかもしれません。

Identifiable when it blooms《咲けばわかる》
Identifiable when it blooms《咲けばわかる》

植物の名前を記した看板のことを樹名札とかプランツ・タグと言いますが、それが経年劣化で判読不能に。冬の間、枯れ木の状態では気づかなかったのですが、5月になって赤いサツキが咲きました。

サツキの花言葉は「節制」。

激しい渓流にも負けず険しい岩肌に生えていることからついた花言葉だそうです。がっちり手堅い生き方で、樹名札に頼ることなくワイルドに咲いています。

Double ropework《二重のロープワーク》
Double ropework《二重のロープワーク》

真っ白になった何かのポスターが満開のツツジに取り囲まれています。よく見ると事務用の黒いとじ紐のようなもので丁寧に結ばれていて、それが付けられているのがまた白いロープであるというダブル構造になっています。

ツツジの花言葉はサツキと同じく「節制」ですが、特に赤いツツジは「恋の喜び」を表します。言われてみれば、白いイケメン無言板を大勢の女性ファンが取り囲んだ図のように見えてきました。

No parking flower《駐車禁止の花》
No parking flower《駐車禁止の花》

路上にずいぶんとはみ出して並べられた鉢から枝を広げて咲き誇っているのはオミナエシ、いや花が黄色ではなく白いのでこれはオトコエシのようです。

その後ろに半ば隠れるように無言板が立っているのですが、よく見ると左上に小さな駐車禁止のマークが残っているので、ここには駐車禁止と大書されていたはずです。

オミナエシは漢字で「女郎花」、オトコエシは「男郎花」と書きます。その花言葉もオミナエシが「美人」「儚い恋」「親切」であるのに対して、オトコエシは「野性味」「慎重」「賢明」を意味します。無言になった看板の代わりに、思い切り体を伸ばして駐車を阻む男郎花の頼もしい姿が見えてきました。

Down to earth at the end《最後に残るものは土》
Down to earth at the end《最後に残るものは土》

ゴミ回収日を記した看板が真っ赤に錆びて訂正シールだけが鮮やかに残っています。以前「さび看板」として紹介したものは金曜日の「金」の字が残っていたので「最後は金がものを言う」というタイトルを付けましたが、こちらは土曜日。「土」の字が青々と残されています。

偶然にも隣からダチュラの花が首を垂らしていました。ダチュラの花言葉は「変装」「虚飾」「偽りに満ちた魅力」。何やらたぶらかす存在のようですが、ここは看板の塗装が剥げても最後に残る大切なものは草花が根を張る「土」なのさとでも言いたげです。

White plum blossoms in the downtown Tokyo《東京下町白梅図》
White plum blossoms in the downtown Tokyo《東京下町白梅図》

下町の公園で出合った梅の木です。短く刈り込まれた枝振りに白い花が咲き始めた様子を背景のスチール物置の無言シール跡といっしょの画面に収めてみました。

梅の花言葉は「気品」「高潔」「忍耐」です。花が咲いたら雑然とした下町の一角もいきなり格調高い白梅図の構図になりました。

Cherry blossoms at the beginning 《弥生桜図》
Cherry blossoms at the beginning 《弥生桜図》

さて、季節が一巡して再び春となり、咲き始めた桜の木の下でなかなか上出来の無言板に出合いました。

何度も貼り直された両面テープの跡が掲示板の全面を覆い尽くし、まるで桜の花びらが舞い散る風景画のようではありませんか。

桜が美しいのはその見栄えの美しさだけでなくまさに花言葉の「精神美」が示すとおり、咲いては散るという宿命にあるから。文字が消えいつか無に至る看板の美学もまたしかり。

花言葉と無言板はともに見る者の心を映した見立てとして共通するところがあるようです。

 

 

文・写真=楠見清

楠見 清
美術評論家
1963年生まれ。美術評論家、東京都立大学准教授。公共彫刻の調査からいつの間にか街歩き愛好家に。著書『ロックの美術館』、『もにゅキャラ巡礼』(南信長との共著)ほか。インスタグラムでも「無言板」の写真コレクションを公開中。