電車の乗り場や進行方向を示すため、駅の床や階段に貼られた矢印。「駅の矢印」を撮り続け、写真だけでなくZINEやアイシングクッキーといった様々な方法で矢印のかわいさを発信しているhacoさんに、駅の矢印の魅力を伺った。

「駅の矢印って、かわいい」

日々多くの人たちが行き交う駅構内では、電車の乗り場や進行方向をわかりやすく示すため、矢印のマークがあちこちに貼られている。hacoさんはそんな「駅の矢印」を撮り集めている。

はじめて「かわいい」と目に留まった矢印。
はじめて「かわいい」と目に留まった矢印。

「駅の矢印がはじめて気になったのは、2018年4月です。東武東上線の朝霞台駅にあった矢印に目が留まりました。紺地に白の矢印がバラけて並んでいる様子が魚の群れのように見えて、はじめて『駅の矢印ってかわいい』と認識しました。

当初は主に、よく利用する駅や路線で撮っていましたが、段々と矢印だけを見に行きたいと思い、1日乗車券を買って色々な駅を巡るようにもなりましたね。

ひとたび目を留めてみると、鉄道会社や路線によって矢印のデザインが違ったり、公式矢印だけでなく駅員さんがシールで作った矢印もあったりして、ますます気になるようになりました」

ひとくちに駅の矢印といっても様々なバリエーションがあることに気づいたという、hacoさん。見どころの一例をご紹介してみたい。

(1)鉄道会社によって異なるテーマカラー

hacoさんが「京王矢印」と呼ぶ、京王線の独特なデザインの矢印。
hacoさんが「京王矢印」と呼ぶ、京王線の独特なデザインの矢印。

矢印には、駅や路線によって使用される色が違うことがある。

たとえば冒頭でご紹介した東武線は、紺地に白や、黄色地に黒をテーマカラーにした矢印がメイン。一方で京王線は、線が二重になった独特のデザインだ。

また新宿駅ではとあるホームだけピンクと水色がテーマカラーになっていたり、渋谷駅では他の駅には見られないテープが使われていたりと、駅ごとにバリエーションがあるのだそう。

(2)公式矢印と手作り矢印

黄色地に白い公式矢印と並ぶ、テープの矢印。
黄色地に白い公式矢印と並ぶ、テープの矢印。

公式に作られた矢印だけでなく、テープを組み合わせて自作した矢印も味わいがある。その駅でしか見られない一点物の矢印だ。

既製品の矢印と並んでコラボした様子や、床の模様などとセットで鑑賞するのも楽しい。

別の方向を向く大小の矢印たち。
別の方向を向く大小の矢印たち。

「やたらと矢印が貼ってある駅だと、『この駅は駅員さんが矢印を貼るのが好きなんだろうな』と想像してしまいます。逆にスッキリ貼ってあるだけの駅だと『ここの駅員さんは矢印に興味がないんだろうな』とか。機会があったら、駅員さんに話を聞いてみたいですね」

(3)矢印で垣間見える時間の地層

白くて新しい矢印の周りに並ぶ、黒い影のような矢印たち。
白くて新しい矢印の周りに並ぶ、黒い影のような矢印たち。

矢印の状態から、駅の歩んできた時間が感じられたりもする。

「古い駅だと、昔からある矢印の上に新しい矢印が貼ってある場合もあるんですよ。歴史を感じますね。また、劣化して残像みたいになってしまった矢印も、おもしろいので撮っています」

グッと来た矢印をアイシングクッキーで再現

駅は、どこかへ行く途中の中継地。構内に掲示された矢印は、目的地へ向かうための確認程度として視界の端を通り過ぎることがメインだ。しかし、hacoさんのフィルターを通して駅の矢印を眺めてみると、こんなにも個性豊かだったのかと、あらためて驚く。まるで矢印が、色とりどりの姿で駅の床や壁を泳ぐ南国の魚たちのようにも見えてくるから不思議だ。

様々なタイプの矢印を見てきた中でも、hacoさんのお気に入りは、地下鉄森下駅で見た大きなピンクの矢印だそう。

大きく力強い矢印が目を引く。グリーンのシートと黄色い点字ブロックとの色の組み合わせもキュート!
大きく力強い矢印が目を引く。グリーンのシートと黄色い点字ブロックとの色の組み合わせもキュート!

「駅の矢印は基本的に、右側通行を促すためのものが多いんですが、森下駅のこの矢印は、『階段を降りたら止まらずに後ろ側に回ってくださいね』というのを指示するイレギュラーなタイプでした。それがドーンと大きく床に貼ってあったんです。

森下駅のホームドア設置の工事中に割と長い期間貼られていたんですが、ホームドアが設置されてしばらくしたら、残念ながらなくなってしまいました。都内で一番好きな矢印でしたね」

hacoさんは、見つけた矢印のアウトプット方法も魅力的。その一つが、アイシングクッキーだ。上述の森下駅の矢印も、彩り鮮やかなクッキーになった。

「色や並びがかわいくて特にお気に入りの矢印は、クッキーにすることもありますね。もともとお菓子作りは好きだったのですが、『いいビルの世界 東京ハンサムイースト』(大福書林)という本の執筆に参加した時、ビルを見ているうちに『街を食べられるものにしたら面白そう』と思ったんです。5、6年前から本格的に作り始めました」

実際に見た矢印が忠実に再現されたアイシングクッキー。
実際に見た矢印が忠実に再現されたアイシングクッキー。
左下のクッキーの元になった、西新井駅の矢印。大小の矢印が仲間のように群れており、かわいい。「西新井駅は矢印が好きな駅員さんがいるんじゃないかと踏んでいます」という、hacoさん。
左下のクッキーの元になった、西新井駅の矢印。大小の矢印が仲間のように群れており、かわいい。「西新井駅は矢印が好きな駅員さんがいるんじゃないかと踏んでいます」という、hacoさん。

hacoさんが作るアイシングクッキーは、実物の矢印の形が忠実に再現されている。なんと、点字ブロックの凹凸が一つずつ手作業で描かれているものも。

「出力した写真から矢印の部分だけを切り抜いて、クリアファイルに挟んでクッキーの上に載せてなぞっています。寸分違わず、そのままの形を再現したいと思っているんです。作業時間に加え、乾燥させる時間も必要なので、3日間くらいかけて作っていますね」

どれも食べるのがもったいないくらいかわいい。手間をかけ、色や形が丁寧かつ緻密に再現されているからこそ、手に取った人がわーっと驚く作品になるのだろう。

カラフル矢印からひっそり矢印まで、個性豊かな矢印たちを愛でる

階段の段差でひっそり消えかかっている矢印。
階段の段差でひっそり消えかかっている矢印。

これから駅の矢印を楽しんでみたい、という人に向けておすすめの鑑賞方法を伺ってみた。

「わかりやすい場所に貼られた矢印もあれば、階段の段差にこっそり貼られた矢印、経年劣化で剥がれて『概念』のようになってしまった矢印もあります。人に迷惑にならない程度に、細かく色々な場所で矢印を探してみるのがおすすめです。

また、改装中の駅にはその時にしか見られない矢印がたくさん貼ってあるので、それを見つけるのも楽しいですね。駅の工事の方の特徴が出ているので」

整列位置を示す足跡とのコラボ。
整列位置を示す足跡とのコラボ。

撮影時は、矢印の良さを活かした構図で撮るのがポイントだ。

「矢印によって真上から撮ったほうがよい場合もあれば、斜めから撮ったほうがよい場合もあります。たとえばカラフルでかわいい矢印は配色を切り取ったり、並んでいる状態がかわいい矢印は斜めから撮ったりと、矢印の良さが伝わるような角度で撮っていますね」

右側・左側で色が違うカラフル矢印。
右側・左側で色が違うカラフル矢印。
黄・青・緑の組み合わせがさわやか。
黄・青・緑の組み合わせがさわやか。

文字やサインボードなど、駅にある他のものを愛でるお散歩仲間と一緒に鑑賞することもあるそうだ。

「駅が好きな方たちと、『今日は○○線にしよう』『今日はメトロにしよう』などと決めて定期的に出かけています。ただ、みんな色んなことに興味がありすぎるから、そんなにたくさんは見られないんですよ。人が気になっているものも気になり始めちゃうので(笑)」

複数の視点が混じり合うことで視野が広がり、観察の楽しみは増幅する。「街に出るだけで色々なものがあって楽しいですよね」とおっしゃっていたhacoさんの言葉が印象的だった。

取材・構成=村田あやこ
※記事内の写真はすべてhacoさん提供

村田 あやこ
路上園芸鑑賞家/ライター
福岡生まれ。街角の園芸活動や植物に魅了され、「路上園芸学会」を名乗り撮影・記録。書籍やウェブマガジンへのコラム寄稿やイベントなどを通し、魅力の発信を続ける。著書に『たのしい路上園芸観察』(グラフィック社)。寄稿書籍に『街角図鑑』『街角図鑑 街と境界編』(ともに三土たつお編著/実業之日本社)。