都営荒川線・面影橋停留場のそばを流れる神田川には、「面影橋(おもかげばし)」という停留場名と同じ名前の橋があります。 面影橋は承応年間(1652〜1655年)の神田上水工事の際にかけられたといわれ、ここから下流の江戸川橋までの一帯は「山吹の里」と言い、江戸時代には蛍の名所として知られていたそうです。 名前からどこか儚い印象を受けるこの面影橋には、この地に住まう武士の娘・於戸姫(おとひめ)の悲しい言い伝えが残っています。

面影橋の名前の由来

この地に住んでいた和田靱負という武士の娘・於戸姫(おとひめ)。

大変美しい娘であった於戸姫には多くの求婚者がいましたが、父の意向で全ての求婚を断っていたため、ある時求婚者のひとりである男に無理矢理さらわれてしまいます。

恐怖で気を失った於戸姫を見て死んだと勘違いした男は、川に於戸姫を投げ逃走。死の瀬戸際に立たされた於戸姫でしたが、通りすがりの杉山三郎左衛門という男に発見されどうにか一命をとりとめます。

やがて時が流れ、於戸姫は小川左衛門という男のもとに嫁ぎ、幸せな日々を送っていました。

しかし、その幸福を壊す大きな事件が起こります。夫である小川左衛門が、友人の男に殺されてしまうのです。

夫を殺された於戸姫は男を追いかけ仇をとることに成功しますが、自分の身に次々と起こる不幸を受け止めきれず、神田川に身を投げ自ら命を絶ってしまいました。

村人は於戸姫の死を哀れんで、橋からその面影を偲んだことから、この橋に「面影橋」の名前がついたとされています。

フィールドワーク①都電荒川線に乗って面影橋へ

面影橋の最寄・面影橋停留場へは、都電荒川線の大塚駅前停留場から路面電車で10分ほどの距離。

都電に乗るのは初めて。なんとなく落ち着かない気持ちで電車を待ちます。

都電荒川線は途中で車と並走する区間があったり、見える景色も通常の電車より近くて迫力がありました。

初めての都電に静かに感動していると、あっという間に到着。

面影橋停留場のある新目白通りは、交通量は多いのに静かで、どこかのんびりとした印象を受けます。

停留場のすぐそばに面影橋がありました。思ったよりも短く小さな橋です。どことなく寂しい感じがしてしまうのは先入観でしょうか。

面影橋は、神田上水の工事の際にかけられた橋だといいます。神田上水とは江戸時代に設けられた上水道で、江戸の急激な人口増加による飲み水不足を解消するためのものでした。

名前については、同じ読み方で「俤橋」という表記もされるようです。

橋名の由来には諸説あり、今回ご紹介している武士の娘・於戸姫(おとひめ)の悲話のほか、鷹狩をしていた三代将軍・徳川家光が見つけて名付けたという説、『伊勢物語』の主人公であるとされる歌人・在原業平(ありわら の なりひら)が鏡のような水面に姿を写したという説があります。

在原業平は平安時代の歌人なので、面影橋の竣工と時代がずれていると思いますが、橋名の由来について複数の説があるというのは大変興味深いものです。

変わりゆく時代と変わりゆく風景の中で、この橋がここにあり続けてきたことに想いを馳せる時間となりました。

フィールドワーク②「山吹の里の碑」

昔「山吹の里」と呼ばれ、江戸時代には蛍の名所として知られていた面影橋から江戸川橋までの一帯。

面影橋のすぐそばに「山吹の里の碑」があるようなので、見に行ってみることにしました。

面影橋のすぐそばなのに緑に埋もれるようにして立っていたためなかなか気づけず、ようやく見つけたのがこちらの山吹の里の碑です。

説明書きを読んで初めて、室町時代の武将・太田道灌にまつわる逸話「山吹の里伝説」を知りました。

鷹狩へ出かけた道灌がにわか雨にあった時のお話です。

突然の雨に困った道灌は、近くの農家の娘に蓑(みの)を借りようとしますが、娘は何も言わず、山吹の枝を差し出すばかり。

道灌は「私は山吹ではなく蓑を借りたいのだ」と怒りますが、後からそれが「七重八重花は咲けども山吹の実の(蓑)ひとつだになきぞ悲しき」という平安時代の古歌にかけた行動だったと判明します。

農家の娘は、貧しく、蓑などひとつもない家であることを、山吹の枝に託したのです。

その意図を汲めなかった道灌は自らを恥入り、その後は歌道に精進するようになったといいます。

調査を終えて

面影橋と山吹の里の碑を訪れてみて、こういった伝説が今日まで細々と伝わっていることに改めて感動しました。

生きていくのに必須ではない民話や伝説が、現代まで残り続けている。

ただ週末にふらりとその地を訪れるだけの「週末民話研究者」ではありますが、それでも当時の風景や、その話が生まれるに至った時代の動き、そこに生きていた人々の生活や、確かな息遣いを感じることはできます。

次々と起こる不幸を受け止めきれず、ここから身を投げた於戸姫。

絶望はいつの時代も変わらず人を死に向かわせるものなのだと、神田川を見つめながらとりとめもなく考えます。

水量の少ない川面には、少しだけ猫背になった自分の影がうっすらと映っていました。

取材・文・撮影=望月柚花

望月柚花
ライター・フォトグラファー
1993年生まれのライター兼フォトグラファー。高校中退から数年間のひきこもり、アルバイト、副業ライターを経て、2020年よりフリーランスライターとして活動。趣味は読書と散歩、深夜のラーメン。