連続テレビ小説、第107作目となった『舞いあがれ!』。そのタイトルの通り、空を舞いあがることに夢を馳せる軽やかなドラマだった。舞を演じた福原遥の瑞々しい演技が印象的だったからか終始和やかな雰囲気だったが、深い人間ドラマやテーマ性に満ちた作品でもあった。今回はヒロインの舞と妄想散歩し、『舞いあがれ!』を振り返る。

もちろん耳もとで流れるのはback numberの『アイラブユー』だ。映像作家、新井風愉の手がけるやさしい映像に乗せた主題歌は実に心地よく爽快。紙飛行機が空を飛ぶ様に胸が踊る毎日だった。

空に思いを馳せ続けたヒロイン舞。いつ、どうやって舞いあがるかが見もののドラマだった

妄想散歩を始める前にまず、そのあらすじを振り返ってみたい。

ネジ工場を営む父・浩太(高橋克典)、母・めぐみ(永作博美)の元で育てられた小学3年生の主人公、岩倉舞(浅田芭路・福原遥)は原因不明の発熱に悩まされていた。環境を変えるために向かったのはめぐみの実家、長崎県の五島列島。舞は祖母、祥子(高畑淳子)とともに暮らし次第に体調を回復、人間としても強くなっていく。

その後、舞は航空工学を学ぶため大学に進学し、人力飛行機サークル「なにわバードマン」に入部。空を飛ぶことの楽しさを覚え、パイロットを目指すことになるが……。

 

と、あらすじを振り返っていると思い出されるのが、この作品を彩った空飛ぶ乗り物たち。第一話、幼い舞が夢のなかで乗っていたのは、後に憧れることになる旅客機だったし、五島の人々と高々と飛ばしたばらもん凧もこの作品を象徴するものだった。地元、東大阪で父を元気付けようと飛ばしたのは模型の飛行機、なにわバードマンのスワン号、そして大緊張のソロフライトで乗った訓練機。物語の終盤には空飛ぶ車まで登場し、まさに舞の半生は空に舞いあがろうという情熱に満ちたものだった。

日本有数の町工場シティ、東大阪で繰り広げられた「ものづくり」ドラマ

大阪市の東側に位置する東大阪市が舞台。
大阪市の東側に位置する東大阪市が舞台。

そろそろ、主人公の舞と『舞いあがれ!』の舞台を歩いてみよう。まず、足を運ぶのは舞が生まれ育った大阪府東大阪市だ。ある調査によると東大阪市の事業者数が6000近くもあるという。これは、東京下町のものづくりの街、大田区よりも多いというから驚きだ。舞の実家、岩倉螺子(らし)製作所、のちの株式会社IWAKURAはこんな小さな町工場がひしめき合う場所にあったのだ。ここまで書いたように「空飛ぶ乗り物」を軸とした物語だったが、それら乗り物や機械の部品となる「ネジ」作りも大きな軸に。大空をはばたくという華麗な面だけでなく、それらを縁の下でしっかり支える「ものづくり」の世界も丹念に描いたドラマだった。

 

この物語、舞が小学3年生だった1994年からスタートするというのも、また興味深い。いわゆるバブル崩壊による景気後退は1993年までといわれるが、1994年の頃もまだまだその余波があり景気は低調だった。翌年の1995年には阪神・淡路大震災、一連のオウム真理教事件が起こり日本を震撼させた。舞は不穏な空気に包まれたこの時代に多感な幼少期を過ごしていたのだ。

第3週、不景気でネジの受注が減り気落ちした父、浩太を元気づけようと模型飛行機をつくるエピソードに心を温められた人も多いだろう。平成の不況をきっちり描き、東大阪の町工場の男たちの大変さや仕事への想いも随所に見られる作品だった。

筆者は舞とほぼ同世代なので、熱に浮かされたようなバブル期もなんとなく覚えているし、あのなんともモヤモヤとした不景気の90年代後半もよく記憶している。これまで、戦争や震災をテーマにしてきた「朝ドラ」にとっては珍しい時代の切り取り方だったが、「バブル」や「平成不況」を振り返るべき時を迎えたという、製作陣のそんな強い意志も感じた。

リーマンショックまで描かれ、お仕事ものの新境地に到達

また、『舞いあがれ』は2008年のリーマンショックを描いたことでも話題を呼んだ。兄、悠人(横山裕)が景気悪化を予言した天才投資家として時の人になるという展開も、時代性を表すもので面白かった。この不況が影響し、舞は航空学校卒業後に航空会社に入ることを諦め実家のIWAKURAを立て直す道を選ぶ。この展開に度肝を抜かれた視聴者も多いはずだ。舞はその後、町工場で両親の想いを継ぎ、さらには東大阪の町工場と産業を支えていく。長引く不況や経済不安に立ち向かい強くなったヒロイン舞には、頼りない少女の面影はもはやなかった。ヒロインが夢を叶える「お仕事もの」が定番の朝ドラだが、舞の勇気ある決意や行動は、連続テレビ小説に新しい風を吹かせた。

第13話で舞と浩太が眺めた、生駒山からの景色。舞の目には東大阪がキラキラして見えた。
第13話で舞と浩太が眺めた、生駒山からの景色。舞の目には東大阪がキラキラして見えた。

そう考えると、浩太が小学生時代の舞に、自分の昔の夢を語った場面がとても印象的だ。本当は飛行機作りをしたかったが実家のネジ工場を継いだ浩太の想いは、舞に引き継がれ、舞は飛行機に興味を持つように。朝ドラではこれまでもいろいろな形で家族愛を描いてきたが、舞と浩太、めぐみ、悠人、4人の不器用ながらもしっかりつながり続けようという家族の形は、多くの人に感動を与えた。舞はきっと幼き日の浩太との思い出をずっと大切にしてきた。成長してからも舞は、生駒山の上から見たキラキラと輝く東大阪の町を何度も瞼の裏に思い浮かべていたのだろう。
「まだ、諦めるわけにはいきひんな」。浩太が生駒山の頂上でそう決意したように、舞はつねに前向きに苦境を乗り切ろうと奮起し続けた。その姿こそ、このドラマの原動力だった。

主人公夫婦が人生の転機で訪れ救われた、長崎県五島列島

次に訪れるのはもちろん、長崎の五島列島。舞の母、めぐみの生まれた場所であり、祖母、祥子が暮らしていた場所だ。

『舞いあがれ!』の最序盤で、多くの朝ドラファンの心を掴んだのは、高畑淳子演じる「ばんば」こと祥子と、幼い舞のやりとりだった。「ちゃんと自分の気持ち、言えたばい。少しずつでよか」。初めて母、めぐみに自分の想いを伝えられた舞に、祥子が放ったこの言葉。第1週目のハイライトで、これはすごいドラマが始まったとドキドキした。
言葉のやりとりを丁寧に紡ぎ、人と人をつなぐ……ドラマの方向性を最序盤で決定づけ、美しい五島の風景もあいまって朝ドラファンを一瞬で虜(とりこ)にした。

会社を辞めた貴司が訪れた大瀬崎灯台。五島の美しさが詰まった場所だ。
会社を辞めた貴司が訪れた大瀬崎灯台。五島の美しさが詰まった場所だ。

舞が五島の自然のなかで元気を取り戻したように、この島はほかの人間にも影響を与える。
ブラック企業での仕事に疲れ、行方不明になった貴司(赤楚衛二)も島に救われた一人だ。舞の幼馴染で、後に舞の夫となる彼は、五島列島に行き着き短歌を詠むことを決める。

星たちの
光あつめて
見えてきた
この道をいく
明日(あした)の僕は

五島の海で貴司が舞に披露したこの歌は、貴司自身の人生を支えていくことになった。舞も貴司もこの島に癒しを与えられながら、それまで自分を縛っていたものから解放され、本当の自分と向き合うことができたのだ。

最後に貴司が舞のために詠んだ短歌にも触れておこう。

君が行く
新たな道を
照らすよう
千億の星に
頼んでおいた

これは舞がパイロットになることを諦めたときに送ったもので、先に挙げた「星たちの〜」にも呼応しているように思える。いつかあの美しい五島の海を眺めながら、やさしさと、たおやかさ、そして凛とした強さを秘めた貴司の短歌に想いを馳せたいものだ。

 

失われた20年、失われた30年。そんな風に呼ばれる時代を僕らは生きてきた。モヤモヤとした空気のなかをもがいてきた。確かに何かを失い、日本の力が弱い時期だったのかもしれない。だが、そのなかで健気に生きる舞や家族たちの姿を半年間眺めてみて、なるほど今、この時代を朝ドラとして描いた意味は大きいと感じた。今回、東大阪と五島を妄想散歩をしてみてそのような思いがこみあげてきた。「舞いあがれ!」という言葉は、この時代から飛び立とうという僕たちへのエールであり、「新たな道を照らす」光でもあったのだ。

文=半澤則吉
参考:NHKドラマ・ガイド『舞いあがれ! 連続テレビ小説 Part1』・『同Part2』(NHK出版)
※写真はイメージです。

半澤則吉
ドラマライター
1983年福島県生まれ。多いときは1日に4つの朝ドラを見ているほどの朝ドラ中毒者。ほかのドラマ、映画も広く愛し、俳優、女優へのインタビューも数多くこなす。