クレープを噛みしめながら涙した夜、ありますか? 私はないです。と言いますか、そんな夜を経験したことがある人ってほとんどいないと思うのです。いや、夢半ばのクレープ職人ならあり得るかもしれません。でも私はこの世のありとあらゆる食べ物の中で最も「悲しみ」から遠い食べ物はクレープだと信じてやまないのです。

きっかけは、運命的なクレープとの出合い

ちゃんと理由もあります。大きく挙げられる1つとして、やはりクレープ屋さんのほとんどは楽しい場所に店を構えているからです。原宿の竹下通りやショッピングモールのようなハッピーな場所にあるので、クレープを思い出すとき、楽しい思い出も一緒に蘇るのです。え、なんか、書いていてこんなに幸せと共にあるクレープが羨ましく思えてきました。クレープ神社とかあったら、お参りに行ってその幸せにあやかりたいくらいです。

とにかく私はクレープといえばそんなイメージで、こう改めて立ち止まって考えるとクレープを食べていたというより雰囲気を食べていたのかもしれないなと思うのです。誰と一緒に食べたとか、そのときの会話とか、楽しい雰囲気だとか……それら全てを合わせてクレープと呼んでいたのかもしれないのです。そして、こんなに褒めていたクレープに急に反旗を翻して悪いですが、つまりはクレープに味を求めていなかったのかもと思ったのです。

そんなあるとき、運命的なクレープとの出会いがありました。

パジャマで有名なジェラートピケのクレープのお店『gelato pique cafe creperie(ジェラート ピケ カフェ クレープリー)』です。おいしいとの噂は聞いていて、そうだ食べてみようと無防備に「バターとお砂糖のクレープ」を食べたところ、それがもうあまりに、あまりにおいしすぎたのです…。

もう生地から、卵とバターが手を取り合って私においしいと言わせるために協力しているようで、食感はモチモチしてるのにパリパリ、このパリパリが歯に響いてそのまま脳にくるようなおいしさです。そして極め付けはお砂糖です。生地に挟まれたお砂糖のジャリジャリも歯から脳のそれです。モチモチで、パリパリで、ジャリジャリで、もうニュアンス過ぎますがおいしいジャズみたいでした。

そんな衝撃的なクレープと出合った私は「もっと知りたい!」と思い立ち、今回のこの絶好のチャンスにおいしいクレープを食べる旅に出かけようと思ったのです。はい。確かにこのエッセイは月に1回書いていて、もう6回目の更新になるので別に「絶好のチャンス」ではないんですが、そう言った方がドラマチックになるのでそうしてみました! 策士です!

「幸せを食べているのか……?」

とにかく東京のクレープ屋さんを検索してみます。すると、東京には思っていたちょうど3倍のクレープ屋さんがあり意外に多いです。私は『gelato pique cafe creperie』で食べたクレープの、特に生地のパリパリさが好きだったので今回は「パリパリクレープ」に重点を置いてお店をめぐることにしました。

最初にやってきたのは、学芸大学駅から徒歩5分の『POPHOT(ポポット)』です。

ここはめっちゃクレープ屋さんです。本当にめっちゃです。いろいろメニューがある中にクレープという感じではなく、とんでもない数のガレットとすさまじい数のクレープだけでお店が構成されているのです。飲み物はあります。ガレット、ガレット、クレープ、クレープ、クレープ、飲み物なのです。

ガレットの欄を見てみると、とてもレパートリーが多くて「生ハム」だったり「チーズ」だったり「ラタトゥイユ」だったり……ガレットもパスタのようなメニュー展開ができるんだ!という素敵な知識が増えました。

悩みますが、ここは店員さんにオススメのメニューを聞きます。すると「バターとお砂糖のものが人気ですよ」と教えてくれたので素直にそれをお願いします。それにしても店員さんにオススメを聞いているときって、イヤな自分が出てきて人目が気になります。「……この人、自分の食べたいものすら自分で分からず、会ったこともない人たちが選んできたその累積でメニューを選ぶ人間なんだ……」と思われたらどうしようと思うのです。い、いや、まあそんなこと考えるやつはクレープ屋さんに足を運ばないか……。

クレープは焼き上がるのが早いようで、そうこうしているうちにできあがって運ばれてきました。店員さんからの「熱々のうちがおいしいですよ」という心踊る言葉のおまけ付きでした。

バターと砂糖のクレープは、大人のモモンガくらいの大きさでした。みなさんも大人のモモンガのサイズに詳しくないと思うのですが、見たら「大人のモモンガのサイズだ」と思うそんな大きさです。

そして、生地の真ん中にはドドンッ!と効果音がつきそうなほどバターが大きくのっています。このバターがもう縦7センチ横6センチくらいの本当に大きなバターでして、しかもそれがエメラルドのようにスクエアカットされていて宝石のようで美しかったです。

「ペンダントにしたい……」。自分がお嬢さまだったら爺やにそう言いつけていたところでした。そして爺やから「それはできませぬ」と嗜(たしな)められ、そして、そこから時は12年くらい経ち、大人になって私の婚約が決まって本物の宝石のペンダントが胸を飾るとき、爺やから「あの頃のお嬢さまはバターをペンダントにしたいとおっしゃってましたのに……」と懐かしい話をされ、私たちは涙ぐみながらも笑う……。そんな長文の妄想が膨らむほど綺麗にスクエアカットされたバターでした。え、そうですよ。今まだバターの話をしていましたよ。早く食べますね。

ではついにナイフとフォークという上品な手段でクレープを食べます。それまでの人生はクレープは手掴みで食べていたので初めての経験です。クレープにナイフを入れると、その分厚さに驚き、またその抵抗でモチモチさが伝わってきます。

食べると、卵、バター、それが甘く温かく口をいっぱいに占拠します。生地だけで0.7ミリくらいある分厚さなので、ボリュームがあって「口がおいしさで占拠される」という感覚に陥ります。噛み締めると、さらにそこへお砂糖のジャリジャリが押し寄せてきて「幸せを食べているのか……?」と本当に思いました。

お皿の上の生地の温かさは、バターを少しずつ、少しずつ溶かしていきます。クレープを切り分けていくと、溶けたバターがちょうど行き場を探していたと言わんばかりにそこへ流れてきて、バターの川が誕生してなんだか壮大です。中学生の頃、地理の授業で習った三角州を今クレープのお皿の上に見つけました。

そして、今回重点を置いていたパリパリも、このクレープにちゃんとありました。確かにモチモチベースではありましたが、端の方はパリパリとしていて求めていた食感があって、結構大きめのクレープだったと思うのですが、モチモチとパリパリの2wayで飽きることなく食べ切れました。

最高でした……。店内はトランペットをメインにした、そういう感じの音楽が流れていて、あ、音楽とかは全然わからないんですけど、でもクレープでお腹いっぱいになってその音楽を浴びている時間が、かなり良かったです。

クレープ店のはしごはつづく

続いては池袋にある『ジラフクレープ』です。

池袋駅から歩いて5分くらいのところにあるクレープ屋さんなのですが、ここはもう店前にある看板に「説明のいらないうまさ」「サクサク&もっちり新食感」と書いてあって「それでこそ!」となりました。やはり最近、謙虚な方が良いとされる風潮が多々ありますが「あの……お時間ありましたら……食べてくださるとありがたいです……!」みたいなクレープ屋さんだとストロングポイントが分からないのです。だからここまで自信を持ってオススメしてくれると助かります。

そこは飲み屋が多く入ったビルの、少しだけ階段を降りた0.5階みたいなところにありました。看板のネオンも相まって、秘密基地のようなワクワク感があります。

私は「照焼チキンステーキ」というしょっぱいクレープを注文しました。本当は甘いクレープを食べた方が他店と比べた良さや違いが分かりやすいとも思ったのですが、ここは『POPHOT』からはしごした2軒目で、第2回の「カヌレ旅」で甘いカヌレを食べすぎて辛かった経験から、つい自分の幸せを優先してしまいました。

こちらが、照焼チキンクレープです!

こうして上から見てみると、クレープのパリパリさが一目瞭然です。ああ、そうですね! 行きたいお店のクレープがパリパリしているかどうか知りたいときは上から撮った写真を見ると良いのかもしれないですね! やはり生地がしっとりしているとまあるく円形になるので、そうではなく蜂の巣の六角形のようにカクッとしていたらそれはもう確実にパリパリクレープです、良い見分け方を発見しました!

『ジラフクレープ』も注文すると、店員さんがすぐに焼いてくれました。店内には席が少しと、あと外に大きなテーブルのテラス席があったので、迷うことなくテラスに座ります。

私は正真正銘、本気で食べ物において「食感」が好きなのですが、そんな私からするとこのクレープは新食感な最高のクレープでした。見た目を裏切らないクレープ生地のサクサク感はもちろんのこと、細かく歯切れ良く切られたキャベツのシャキシャキ感も共闘して、2つが織りなす食感がむちゃくちゃに気持ちよかったのです。その2つを包むマヨネーズも絶妙で味ももちろんおいしかったです。いや、本当に良い選択をしました。キャベツはしょっぱいクレープにしか入っていないので、ここでこのクレープを頼んだ自分が本当にグッジョブすぎました。脳裏に『トップガン』のトム・クルーズが私に向かって親指を立てている絵が浮かびました。それくらいグッジョブでした。

夜の19時、テラス席でクレープを食べる……。同じ建物の飲み屋からはワイワイと盛り上がっている声が聞こえてきて、そんな中1人夜風を浴びながらクレープを食べている自分がなんだか大人になることにまだ抵抗しているようで悪くなかったです。

 

最後は『neel』というお店に行きます。
外苑前駅から歩いて10分ほどの、閑静な住宅街の中にあるお店でした。

ここはカツサンドもおいしいと話題のようなのですが、今日はクレープ旅なので「シンプルシュガーバター」を注文します。店内は夜だったこともあってか暗めで、絶対に良いじゃんと分かるソファもあったりして、とても過ごしやすい雰囲気でした。

クレープは……かなり大きかったです。30センチくらいのイチョウ型で、あの、例えばなんですけど、ふわふわタウンみたいなかわいいだけで構成された空想のお菓子の世界があったとき、絶対このクレープを一塁ベースにしていると思います。それくらい大きいし、あと、一塁ベースの形でした。

ここのクレープは生地が薄めで、モチモチというよりサクサクのクレープでした。私はこういうお菓子のような感覚でつまめるものが本当に好きで、ほんのり甘くてサクサクしていて、永遠に食べていられる味でした。自分に力さえあれば時間を止めたかったです。

子どもの頃、長崎に旅行に行ったとき「角煮まんじゅう」を食べました。プルプルとした角煮がおいしかったのはもちろんのこと、それを包んでいる白い生地がふっかふかでほんのり甘くて、その主張の強くない甘さは、子ども心に「世界で自分だけがこのおいしさに気付いているんじゃないか?」と思う小さな幸せの味でした。

つ、伝わるといいんですが……。ハデな甘さではなく優しい甘さで、カリカリした部分もあれば、してない部分もある。自分の好みの部分を宝探しのように探すクレープは、食べながら小さな幸せを探しているようでした。

パリパリクレープ旅をしてみて

今回は、パリパリクレープを求めて旅をしてみました。

そして、このエッセイの冒頭に書いた「最も悲しみから遠い食べ物はクレープ」という説は、間違っていなかったと確信しました。クレープの卵とバターの風味は無条件に人を幸せにしますし、パリパリも無条件に人を楽しませます。クレープのある人生は良い人生です。

文=アンゴラ村長(にゃんこスター)

アンゴラ村長
お笑い芸人
1994年生まれ、埼玉県本庄市出身。お笑いコンビ「にゃんこスター」のボケ担当。キングオブコント2017準優勝。特技はリズムなわとびで、「30秒間でペアで交互になわとびを跳んだ回数」のギネス記録を2020年10月に取得した。