「男はつらいよ」シリーズの名脇役、タコ社長こと桂梅太郎(演:太宰久雄)とその娘・あけみ(演:美保純)。この親子の知られざるファミリーヒストリーを描く妄想小説の第2話です。 今回は中学生になったあけみが、学校を、家族を、葛飾区を巻き込んでドタバタお騒がせ。 時は折しもオイルショックのご時世、若きあけみはどう生き、どう立ち回ったのか。おなじみのキャストと共にお届けします。

前回までのあらすじ

東京は葛飾柴又で小さな印刷所を営む桂梅太郎の第二子として生を受けたあけみ。個性と人情があふれる界わいの人たちを巻き込みながら、朗らかに成長してゆく。が、その過程はなにやら波瀾含みで……。

登場人物

桂あけみ……葛飾柴又にある朝日印刷の長女。すこやかには違いないが、おしとやかでも、優秀でもない、どこにでもいそうな中学1年生。高校生の兄に、ともに小学校低学年の弟・妹の4人兄妹。

桂梅太郎(タコ社長)……あけみの父親で、誰が呼んだか通称・タコ社長。この頃、40代後半。家業の朝日印刷は紙の価格の高騰の影響で受注は伸びず。会社の躍進は止まったか?

車竜造(おいちゃん)……柴又帝釈天参道の団子屋「とらや」6代目店主で、さくらの叔父。この頃、50代か。一見、常識人。まあ、周囲に比べて……だけど。

車つね(おばちゃん)……竜造の配偶者。子宝に恵まれなかったせいか、さくらやあけみを我が子同然にかわいがる。世話焼きの人情家の一面も。

御前様……題経寺(柴又帝釈天)の住職。近隣住民の崇敬を集める徳人だが、時折見せるとぼけた人柄もまたご愛嬌。

諏訪桜(さくら)……竜造、つねの姪。あけみからすると頼りになるお姉さん。この頃、30代前半か。

諏訪博……さくらの配偶者にして、朝日印刷の主任技師。さくらの兄曰く「面白くもなんともないヤツ」らしい。

源吉(源公、源ちゃん)……題経寺(柴又帝釈天)の寺男。大阪出身で天涯孤独の身であること以外、プロフィールは不明。この頃、20代半ば?

【本編】1973プロジェクトあけみ

オイルショック下の策略

1973年、世間がオイルショックで混乱するなか、タコ社長こと桂梅太郎の第二子あけみは中学1年生になっていた。その年も晩秋に差し掛かろうとしていたある日……。

「父ちゃーん、父ちゃーん」
「なんだ−? いま、父ちゃん忙しいんだよ」
「お小遣い、いつになったら上げてくれんだよお」
「無理無理。もう高度経済成長は終わったんだよ」
「あたしはまだ高度成長なのっ。小学生じゃないんだし、今どき月千円なんて考えらんないよお」

わぁーん。

その時、隣家の団子屋「とらや」の裏庭で子供の泣き声が上がった。

「あ〜、またつとむが久美を泣かしちゃったよ〜。あけみぃ、お姉ちゃんなんだから、しっかり面倒みてくれよ〜」
「だったら、はい」
「はい?」
「こ・づ・か・い」
「こいつ、親の苦労も知らないで」

逃げるように「とらや」の裏庭にやって来たあけみ。
「ほらほら、仲良くしなきゃおやつあげないからねっ」
面倒臭そうに弟妹をいさめた。

「あけみちゃん、えらいねえ。妹たちの面倒までみて」
声をかけたのは、団子屋の主人夫妻の姪・さくらだった。あけみはこの一回り以上年長の隣人を姉のように慕っていた。事実、姉妹のように仲がいい。

「やらされてんのっ。いっつも、いっつも、お姉ちゃんなんだからって。もう、お姉ちゃんって損だよお」

「ふふ、そうね」
さくらはあけみに同情しつつも、
「でも、妹だって損よ」
と、何を思ってか遠い眼をしてつぶやいた。あけみはさくらが何を言いたいかわかる気がしたが、何も触れなかった。

「ねえねえ、さくらさん、忙しかったら満男君みててあげようか」
「うちはアルバイト料払う余裕はありませんからね」
「ちぇっ、バレたか」
あけみは舌を出していたずらっぽく笑った。

一方、「とらや」のお茶の間では、主人の竜造が老眼鏡をかけて新聞に見入っている。

「さくら、こりゃ大変だぞ」
庭のさくらに声をかけた。
「どうしたの?」
「便所の紙が手に入らなくなるってよ」
「えー? 困るわあ」

(便所の紙?)
会話を聞いていた傍らのあけみもまた軽く反応した。

あけみが通った(と想像される)葛飾区立桜道中学校へは、朝日印刷(があったと想定される場所)から徒歩7、8分。柴又駅東側で柴又街道と斜めに交差するこの道が通学路か……。
あけみが通った(と想像される)葛飾区立桜道中学校へは、朝日印刷(があったと想定される場所)から徒歩7、8分。柴又駅東側で柴又街道と斜めに交差するこの道が通学路か……。

プロジェクト始動

葛飾区内某中学校の校舎裏、なにやら密談をしているあけみと4人の同級生の姿があった。
「それは確かな情報だな」
「間違いない。だってウチでそこのチラシ刷ってるんだから。最新情報だよ」
「間違いなさそうだね」
「それじゃあ元手は、この間の手筈どおりに手分けして」
「1口500円が1.5倍」

キーンコーンカーン

昼休みの終わりを告げる鐘が鳴ると、5人は仕方なく立ち上がった。

「さあ、忙しくなるぞお」

あけみは滅多に見せることのないハツラツとした表情で、校舎の上の空に言い放った。

それから2週間ほど経ったある土曜日のこと。

「つとむ〜、久美〜、おいで〜。お散歩いくよ〜」
いつになく積極的に弟・妹の世話をしようとするあけみ。さらには、
「あ、さくらさーん、満男君、遊びに連れてくね〜」
と、4歳になるさくらの息子・満男も誘う。

「あけみちゃん、前にも言ったでしょ。うちにはアルバイト料払う余裕なんてないんだから」
「違う違う、これはあけみお姉さんのぜ・ん・い」
「ほんとかしら。ま、じゃあお願いね」
「よぉーし、いくぞぉ」
あけみに先導された一団は、いったん帝釈天に向かった。

帝釈天では寺男の源吉がやる気なさそうに境内を掃いている。

「源ちゃーん。リヤカー借りるよお」

そう声をかけると、あけみは自転車の荷台とリヤカーの持ち手をビニールひもでしっかりつなげ、弟妹、満男の3人の幼児を乗せて江戸川土手方面へ力強く漕ぎ出したのだった。

啖呵売(たんかばい)の主は?

その日の夕方。総武線小岩駅前の繁華街はそれなりの人出が見られる。そんななかでもとりわけ大きな人だかりがあった。人の前にはトイレットペーパーの山、山、山。その中から威勢のいい女子中学生らしき声が響く。声の主は誰あろう、あけみだ。

「道行く、お兄(あにい)さん、お姉(あねえ)さん、夜のお仕事のご準備、まことにご苦労様です。さあ、お立ち合い。毎日の営みに欠かせないトイレットペーパー、ご存じのとおりオイルショックのあおりを受けて、日々価格はうなぎ登り。角の一流スーパーの赤札堂、白札堂、黒札堂で、紅・白粉(おしろい)つけたパートさんにください頂戴でいただきますと、2000円は下らない代物です。今日はそこまで頂戴とは言いません。三島由紀夫じゃあないが腹切ったつもりで1袋1000円ポッキリにおまけしちゃう。早い者勝ちだよお。どうだっ。持ってけドロボー!」

誰が教えたのか、女学生とは思えないほど見事な啖呵売だ。

その名調子に誘われて、商品は飛ぶように売れてゆく。中には1人で2袋3袋買っていく客も出るほどだ。

「はーい、そこのおじいちゃん、何袋要るの?」
あけみが前に立った老人客を見上げたときだった。

「こらっ。そこで何をしておるかっ」

威厳ある怒気がガード下に満ちた。
「ご、御前様っ」
鬼の形相の老人は、日蓮宗経栄山題経寺十八代山主・日奏上人、平たく言えば、柴又帝釈天の御前様その人だった。

転売プロジェクト全容

いったい、あけみはなぜこんなことをしていたのか……。その経緯を説明せねばなるまい。

弟妹の世話を強いられ、小遣いの増額も拒否されたあけみは、昨今のニュースからトイレットペーパーの転売を思いつく。それこそが、あけみが抱える諸問題を包括的に解決できる方法だと考えたのだ。

まず学校のクラスメート4人巻き込んで校内で出資者を募った。1口500円、1.5倍にして返すとの触れ込みだ。およそ2クラス分の約80口、しめて4万円近く集めたというから営業力もなかなかのもの。

並行して仕入先のリサーチを進める。これはあけみの家の家業、すなわち朝日印刷の存在が幸いした。

地元の商店のチラシの注文が多い同印刷所、あるとき、あけみは工場内に捨てられていた亀有の生活雑貨店のチラシを偶然目にする。そこにはこう印刷されていた。

「トイレットペーパー緊急入荷1袋450円(ただしお1人様1袋限り)」

さらにチラシの納期を聞き出し、売り出し日を推測。この情報をもとにあけみ一味が兄妹友人を総動員して買い占めに動く。あけみの弟妹や満男もその要員だ。結局、100袋近いトイレットペーパーを仕入れた。

次のフェーズはそれらの転売だ。まず、価格は1袋1000円とした。通常なら1袋500円前後が相場のトイレットペーパーだが、オイルショックのこの時代、1袋750円ほどまで値上がり、さらに品切れの噂が拍車を掛けその倍近くの価格でも買い手はついた。その点、1000円という価格設定は的を射ていたと言える。

販売はふた手に分けた。一手は金町駅周辺、もう一手は江戸川区ながら葛飾経済圏に組み込まれて久しい小岩駅周辺。いずれも夜の街を選んだのは、スナック、居酒屋など夜の飲食店などは家庭よりも使用頻度が高いこと、営業上、必需品のため少々高くても飛びつくだろうというあけみの予測から。さすがとしか言いようがない。

果たしてそのもくろみは当たった。商品を路上に広げて、ものの1時間で数袋を残して完売しようという勢いだった。金町の別動隊もほぼ同じ状況。

小岩近隣の末寺まで法要に出向いていた御前様に見つかったのは、まさにそんなタイミングだった。

あけみ涙の悔恨

中学生にあるまじき商売の現場を御前様に見つかり、すっかり観念したあけみは柴又まで連行された。

御前様、本来なら桂家の玄関に赴くべきだが、なぜか当たり前のように「とらや」に入ってゆく。これは帝釈天界わいの局地的な風習なのだろうか。

「ああ、ごめんっ」
「あ、これはこれは御前様。あら、あけみちゃんまで。こりゃいったいどういうことで……」
応対に出たつねがうろたえながら尋ねると、御前様は事の顛末を斯々然々(かくかくしかじか)語って聞かせた。

「おい、つね。とにかく裏の社長呼んで来いよ」

しばらくして、隣からかん高い嘆きの声が聞こえたかと思うと、騒々しい足音とともに梅太郎が飛び込んで来た。

「あけみっ。な、何をやったんだ?」
「父ちゃん、ごめんよお」
泣きじゃくるあけみは、父親の問いにまともに答えられなかった。

「この娘は小岩の駅前で露店商の真似事をして便所の紙を売っておった」
御前様が代わって事情を説明した。

「それも寅ちゃんがやるような口上だったんだってよ」
つねは、やれやれとも言いたげだ。
「そういえばこの間、寅が帰って来たとき教わってたな。遊んでるだけかと思ったら、ほんとにやっちまうとはな」
竜造もあきれ顔で応える。

中学1年生にして、商売に手を染めてしまったあけみ。その商売の収支はおよそこんな感じだ。

《原資》
出資金500円×80口=40,000円
自己資金1000円×5人=5,000円

《仕入れ》
450円×100袋=45,000円

《歳入》
1,000円×100袋=100,000円

《粗利益》
100,000円−45,000円=55,000円

《配当支払い》
(750円−500円)×80口=20,000円

《純利益》
55,000円−20,000円=35,000円
1人当たり=7,000円

あけみ担当の小岩隊は、運悪く御前様に見つかるという不測の事態に見舞われたため、若干の売れ残りが生じたようだが、おおよその収支はこんなところだ。

当時の中学1年生の日当としては、まあまあ良い方だろうし、商売の才覚としては健闘に値するだろう。

が、まわりの大人たちはそんな好意的な評価はしない。

「あけみ〜、おまえってヤツは〜」
梅太郎は怒りを通り越して、その場にへなへなと座り込んだ。

「うぇーん。ごめんよごめんよお」
「どれだけ父ちゃんを困らせたら気が済むんだ!」
「うぇっうぇっ」
「それであけみ……」
「う、うん?」
「どんだけ儲かった?」

「社長さん! あんたまで何を言っておる! けしからん! まったくけしからん!」

経栄山題経寺(通称:柴又帝釈天)の境内には、帝釈堂(写真)、祖師堂(本堂)、釈迦堂(開山堂)、大客殿、二天門、鐘楼など複数の建物があり、掃除するのも大変そうだ。
経栄山題経寺(通称:柴又帝釈天)の境内には、帝釈堂(写真)、祖師堂(本堂)、釈迦堂(開山堂)、大客殿、二天門、鐘楼など複数の建物があり、掃除するのも大変そうだ。

御前様、その慈愛

その晩の諏訪家では、今回の転売騒動の話で持ちきりだった。

「そうかあ、そんなことがあったのかあ」
納品のため工場にいなかった博は、今回のトイレットペーパー転売騒動を知らなかった。

「笑い事じゃないわよ。ほんと大変だったんだから、満男まで巻き込まれちゃって。路上で物売るなんてお兄ちゃんの影響よ、きっと」
「あけみちゃん、兄さんにはなついてるからなあ。しかし、彼女もやるねえ。兄さんやオヤジより商才あるんじゃないか?」
「やあだ」
「で、おんな社長はどうしてるんだい。反省してるのかな」
「それが、結局、罰としてひと晩、お寺で預かることになって……」

一方の帝釈天題経寺。帝釈堂の暗がりから、あけみの不満げな声が響く。
「なんだよお。この廊下ちっとも汚れてないじゃんかよお。雑巾かける必要あんのお」

「ウシシシシ」
傍らでは、寺男の源吉が声なき声で嘲笑する。

「源ちゃん、あんたも同罪だからね。リヤカー都合したんだから」
言われた源吉が逃げるように姿を隠した。その後も、あけみは雑巾をかけ続ける。
文句は言いながら反省もしている様子だ。

題経寺の朝は早い。日の出とともに御前様は朝の読経を行い、あけみも同座する。それが終われば境内の掃き掃除、その後は朝げの準備・後片付けの手伝いが待っている。

「朝ごはん、米と汁と漬物だけえ? 育ち盛りなんだから、肉喰わせろニクゥ〜」

あけみが自分の食事もそこそこにようやくひと息つけたのは、陽が頭上近くに昇ろうとしている頃だった。

「ああ、あけみ、あけみ」
「なんだよお、また用事かよお。はいはい何でもしますから、何でも言ってくださいよお」

ふて腐れるあけみに御前様は思いがけず優しい声をかけた。
「昨晩から今まで、よく働いてくれましたな」
そう言いながら差し出したのは、1通の茶封筒。中には何枚かの千円札が……。

「御前様、これ……」
少し驚いた面持ちで、あけみは御前様に問いかけた。
「働いて得るお金のありがたみがわかったかな?」
「うん、うん。もうしないよお」
感涙にむせぶあけみ。手の甲で涙を拭った。
「まあ、わかればよろしい」
御前様は慈しむようにあけみの頭に手を置くと、あけみは御前様の胸に身体を預けた。

それもつかの間……。

「あ、そう言えば、お便所の紙、きれてましたよ」
思い出したように、あけみはひょっこり頭をもたげて言った。
「おお、それはいかん。すぐに源に買いにやらせよう」
「あ、それなら昨日の売れ残りがあるんで、御前様になら安くしときますよ。得したねえ、このぉ」

さっきまでの仏の表情が、鬼のそれに変わる……。

「わかっとらん! なーんにもわかっとらん!」(つづく)

取材・文=瀬戸信保
※この物語はフィクションです。映画「男はつらいよ」シリーズおよび同作の登場人物、企業名、店舗名、学校名とは関係ないという建前で構成しています。本音? それは聞かない約束よ。

瀬戸信保
モノ書き
1968年東京生まれ。大衆文化、中国文化などをフィールドとする“よろずモノ書き”。中国茶のソムリエ、バイヤーとしても暗躍。著書に『真史鬼平外伝〜本所の銕』『鬼平を歩く』(共に下町タイムス社)など。