朝の連続テレビ小説『らんまん』では 台湾の現地案内人役を演じ、一瞬で謎の爪痕を残した朝井大智さん。実は牧野富太郎の故郷・高知県にも意外なルーツが。ご自身の半生と、9年間暮らしたという台湾でのお気に入り、ネコの村の“推し”から絶景喫茶まで、聞きました。

朝井大智

あさいだいち/1985年、京都府出身。台湾出身の父と日本人の母をもつ。上海の大学在学中にモデル活動をスタート。その後、林睦宸の名で台湾で俳優として活躍し、2019年から日本で活動を開始。ドラマ『最愛』『クロサギ』、映画『静かなるドン』『福田村事件』などに出演。2023年放送の連続テレビ小説『らんまん』の台湾の案内人・陳志明役で注目を集める。

Instagram:https://www.instagram.com/asaiiiii_dai/

父は台湾、母は高知出身 。自身は京都育ち

——由緒ある台湾五大家族の一つ「霧峰林家(ウーフォンリンジャー)」の子孫で、台中の御祖父様の邸宅は国定古蹟とか?
朝井 ただ両親は先祖について何も話さなかったので、特別な感覚はないんです。中学の時に921大地震があり、親父が台湾に行った時も、僕自身はなんの認識もなく、学校の台湾地震募金の箱に100円を入れた記憶があります。
その後、兄から霧峰林家の話を聞き、親父の部屋に大きな額で飾ってあった肖像画は、僕たちのひいおばあさんだと。

——霧峰林家を描いた台湾映画『阿罩霧風雲Attabu』に、出演されましたよね。
朝井 ちょうど台中の家に親戚が集まっている時、プロデューサーさんと監督さんが挨拶に来られたんです。
叔父が「こいつも俳優やってるから出してやってよ〜」と冗談めかして言って、二人とも愛想笑い。出られるわけないよなぁと思っていたら、クランクイン直前に連絡がきて「いますぐスキンヘッドにできますか」って。曽祖父の青年期の役で、少しだけ出演できたんです。続編の「下」では主演の一人だったので、脚本会議に参加させてくださいとお願いし、大学教授や監督、脚本家さんの中にちょこんといさしてもろて。

あ、関西弁がときどき出ます(笑)。14歳まで京都の北白川に住んでいて、哲学の道を通って小・中学校に行っていました。だから故郷といえば、京都。
でも母は高知出身なんです。子どもの頃、夏休みは母の実家に預けられていたので、高知にも思い入れがあって。祖父は以布利(いぶり)漁港の漁師で、僕が小学5年生の時、漁港の定置網にジンベエザメがかかったんです!
それが、大阪の『海遊館』に送られた2代目の遊ちゃんです。

——遊ちゃん! 牧野富太郎さんの故郷・高知ですごい出会いが。
朝井 母は、僕に漁師になれって言っていました。

黒潮に乗って、ジンベエザメや多様な生き物が集まる高知県土佐清水市の以布利漁港。『海遊館』の研究所もあるのだ。
黒潮に乗って、ジンベエザメや多様な生き物が集まる高知県土佐清水市の以布利漁港。『海遊館』の研究所もあるのだ。

——それから香港や上海に渡り、台湾では9年間暮らしたそうですね。改めて台湾のよさは?
朝井 台湾は、いい意味で適当なんです。撮影現場でも自己紹介などありません(笑)。
一日二日の現場だと、お互いの名前はもちろん、誰がカメラマンさんかメイクさんかもわからない。それでオッケー。なんとなくみんな集まったら「じゃ、始めようか」って。

——自己紹介がないと、関係ない人が混じっていても……?
朝井 ときどきあります。一緒にお弁当を食べているおじさんがいて、ドライバーさんだと思っていたら近所の人だった(笑)。
台湾では遅刻も当たり前だけど、しがらみはないし、年齢の上下関係もない。仲のいい友だちの年齢を知らないことも多いです。

必ず友を連れていく、ネコの村と茶畑

——台湾を観光案内するなら?
朝井 みなさんが絶対行きたいのは九份(赤提灯と石段が幻想的な北部の名所)ですよね?
台湾に友だちが来るたびに行くので、僕はもう100回は行った!(笑)。その九份観光のあとが、僕の本番。 まず立ち寄りたいのは、猴硐(ホウトン)。炭鉱の町が衰退し、観光地にしようとネズミ取りで飼っていたネコを増やしたんです。
ネコをモチーフにしたお店もあり、ネコ好きにはたまりません。僕、のそのそ動く太っているネコが好きで、いっつもかわいがってるやつがいます。

台湾新北市の猴硐で。朝井さん自身が撮影した、お気に入りの「のそのそ動くかわいいやつ」。
台湾新北市の猴硐で。朝井さん自身が撮影した、お気に入りの「のそのそ動くかわいいやつ」。

朝井 でも台湾は、ネコより野良犬が多いんです。愛護活動も盛んで、僕も保護施設から台湾犬を引き取り、飼っていました。ただ猴硐に関しては、犬は肩身が狭いわけです。にもかかわらず、一匹だけ黒い台湾犬がいるんですよ。あいつが僕の本当の推しかも(笑)。
台湾犬は、もともと原住民の方が飼っていた猟犬で、すごく頭がよくて人間に従順なんです。どのくらい頭がいいかって言うと、信号を守ります。

——えっ?
朝井 ギャグじゃなく、本当に! ある夜、僕が外で食事をした帰り、酔っ払ってうっかり赤信号を渡ろうとしたら、横にいた野良犬が「ワン!」って吠えたんです。
攻撃的だなと思ったんだけど、そのまま横から動かず、信号が青に変わった瞬間、すたすたすたって渡ったんです。「気をつけろよ」ってかんじで僕を見ながら。
思えば、台湾で野良犬の交通事故を僕は見たことがない。信号を守るから。

——台湾に行ったら、まずはネコと犬に会わねば!
朝井 ぜひ。それからもう一つ、友だちを絶対案内するのは、猫空(マオコン)という山間のお茶の産地。普通の観光だと、ロープウェイの始点にある台北市立動物園に行き、終点の猫空駅周辺をめぐるんです。
でも僕の目当ては、猫空駅より少し下。お茶農家さんが茶畑の奥で営んでいる喫茶店がいくつかあり、その茶畑で栽培した茶葉が味わえるんです。

——知る人ぞ知るお茶畑喫茶。
朝井 東方美人などの冷凍茶葉を筒で買うと、それを急須で淹れてくれ、マンゴーやグアバの乾物、茶葉の新芽の天ぷらなどの小料理も食べられるんですよ。これが本当においしい。
台北市街が一望できるのですが、京都の大文字山からの景色とも似ています。

お茶の産地・猫空へは、ロープウェイで30分ほど。茶畑や市街などの景色を眺めながら、台湾茶を味わえるお店が点在する。
お茶の産地・猫空へは、ロープウェイで30分ほど。茶畑や市街などの景色を眺めながら、台湾茶を味わえるお店が点在する。

——やはりグルメな台湾。よく行くお店や好物は?
朝井 夜、飲み屋街に屋台が出るんです。「米苔目(ミータイムー)」という、米粉を穴の空いた容器で押し出して作る麺や、胡麻ダレとキュウリをのせただけの冷やし中華風の「涼麺(リヤンミエン)」と味噌汁のセット。涼麺は台湾の人が飲んだあと食べる定番です。
それから、僕は台北に住んでいたので、観光目的では饒河街夜市には行きませんが、有名な「胡椒餅(フージャオビン)」は買いに行っていました。

ときどき買いに行っていたという、饒河街夜市にある『福州世祖胡椒餅』は行列が絶えない人気店。胡椒が効いた挽肉とネギが入ったパンは、窯の中に張り付けて焼く。
ときどき買いに行っていたという、饒河街夜市にある『福州世祖胡椒餅』は行列が絶えない人気店。胡椒が効いた挽肉とネギが入ったパンは、窯の中に張り付けて焼く。

朝井 あと『市民大道涮涮鍋(シュアーシュアーグオ)』というしゃぶしゃぶ店。台湾のしゃぶしゃぶは、カウンターに一人用の鍋が並んでいます。そこで締めに食べる「緑豆湯(リュードウタン)」が、ほんのり甘くておいしい。緑豆を煮た台湾のスイーツで、ほかのお店にもあるんだけど、僕の一番はここです。

——リアルな地元情報です。台湾の方と交流するとき、覚えておくといい言葉はありますか?
朝井 「謝謝(シエシエ)」や「你好(ニーハオ)」は、もちろん喜ばれるし、「多謝(ドーシャー)」は台湾語でありがとうという意味なので「お、台湾語知ってるな〜」って思われます。
でも、日本語でしゃべると一番喜ばれるかも。台湾の人は「こんにちは」とか「ありがとう」は、だいたい知っていますし、年配の方や日本統治時代に日本語教育を受けた方は、日本人だと思ったら、日本語で話しかけてくれますから。

台湾と中国、そして高知を応援する大使

—— 台湾での活動後、現在は日本を拠点に活躍されていますが、もともと俳優を目指したのは?
朝井 上海の大学時代に、ある歴史的な出来事を描いた中国映画の試写を観に行ったんです。舞台挨拶に出てきた監督さんと俳優さんに、客席から「史実と違う」という声が飛んで。
そのとき、俳優は演じるだけじゃないすごい仕事だと思った。それがきっかけかもしれません。

—— いま役作りはどのように?
朝井 中国や台湾出身の役は、リラックスしてできるんです。誰にも負けない自信があるので。 ただ、日本語をたどたどしく話すのが難しくて。
『フェルマーの料理』(TBS・中国出身のシェフ役)では、ゆっくりしゃべることを意識して演じ、『らんまん』では台湾の友だちにセリフを録音してもらい、耳で“クセ”を覚えて臨みました。

—— どこか不穏な“悪役”が印象的です。
朝井 悪い役はめちゃめちゃうれしいです。主演に反するヒールは、台湾にいた時からやっていて自信があります。
僕は、悪いにも悪いなりの意味があると思うんです。 例えば、戦争などの状況下で人が変わることもあると思うし、悪人だからすべてが悪い、という解釈はしない。悪い役を演じるときに、大事にしていることです。

—— では、最後に今後の夢を。
朝井 日本の台中観光大使になりたいです。あと、ジンベエザメの高知も応援していきたい。
僕はこれまで住んだ国、過ごした土地、全部が好きなんです。そんな僕だから、できることがあるんじゃないかなって思っています。

——台湾のいい「いいかげん」と、「遊ちゃん」の港町の気風を継ぐ大使。ますます楽しみです。

今回のインタビュー場所

東京豆漿(ドウジャン)生活

「台湾ではみんなお気に入りの朝ご飯屋さんがあるんですよ。東京に来てから、鹹豆漿(豆乳スープ)が食べたくなり、早起きして行列に並びました」と朝井さん。搾りたて豆乳と焼きたてパンは「まさに本場の味!」だそう。

☎03・6417・0335/8:00〜15:00(土・日曜・祝日は9:00〜〈整理券の配布は8:00〜〉)、各日売り切れ次第終了/不定休/東京都品川区西五反田1-20-3/JR山手線五反田駅から徒歩7分
https://www.instagram.com/tokyodoujanseikatsu/

聞き手=さくらいよしえ 撮影=千倉志野
『旅の手帖』2024年5月号より

スタイリング=上野健太郎
衣装協力:シャツ¥42,900、ニットポロシャツ¥38,500、パンツ¥42,900 tieorNOT(HEMT PR☎03・6721・0882) そのほかスタイリスト私物