長い歴史を持つ中国茶。烏龍茶やジャスミン茶など、日本人にも馴染みの深いお茶も増えている中、中国十代銘茶の一つである“岩茶(がんちゃ)”を日本に紹介した店がある。「中国でも限られた人しか味わうことができない」といわれるほど、希少な岩茶を種類豊富に揃える名店『岩茶房』を紹介する。

岩茶を日本で初めて紹介した店

『岩茶房』は、中目黒駅から歩いて5分ほどの場所にある。人通りの多い山手通りからほど近くとは思えないほど静かな住宅街の中だ。

店主の佐野典代(さのふみよ)さんは、日本で中国茶を飲める店がまだ珍しかった1988年に、中国大陸を代表する最高級烏龍茶である武夷岩茶(ぶいがんちゃ)を日本に初めて導入し、全国に広めた第一人者。

武夷岩茶とは、中国・福建省の北部にある武夷山(ぶいさん)で育った茶葉を使ったお茶のこと。その中には、樹齢300年を超える茶の木もあるという。険しい谷間の岩肌で養分を吸収して育った木から収穫された岩茶は生産量が少なく、現地でも希少なお茶として知られている。佐野さんは、三十数年前に中国でこのお茶を飲んだことがきっかけで、日中文化交流の架け橋として岩茶を日本で扱いたいと考えた。

民家の一階を改装した造り。
民家の一階を改装した造り。

創業以来、この店では岩茶作りの名人である劉宝順(リュウ・ホウジュン)さんが手掛ける岩茶のみを提供している。昔ながらの自然農法と伝統的な製茶法を守り続けて作られた劉さんの岩茶は、2006年に中国の無形文化財に認められたほどの名品である。

メニューには、25種類以上の岩茶がずらりと並ぶ。これは、本物の岩茶を扱う喫茶店としては日本一を誇る品揃えだという。また、岩茶とは武夷山で育った茶葉を使ったお茶の総称であるため、品種ごとにお茶の名称が付けられているのも、興味深い。どの峰に茶の木が生えているかで、岩の成分や日当たり具合が異なるため、それに伴いお茶の味わいも変わるのだそう。

メニューの中には、唐の時代に皇后の重い病を治癒したという伝説のお茶(大紅袍:だいこうほう)もある。その言い伝えからもわかるように、岩茶は味や香りがよいだけでなく、健康にも効果が期待できることから、唐代の皇帝献上茶として扱われていたといわれる。また、岩茶には紅茶もあり、“紅茶の祖”として知られる正山小種(ラプサンスーチョン)はその代表だ。

極品肉桂2500円。
極品肉桂2500円。

そんな数ある岩茶の中から、今回いただいたのは極品肉桂(ごぐひんにっけい)という品種。上品な香りと花蜜のような甘みが特徴で、どんな人も飲みやすいと感じられる味わいから「岩茶ビギナーにおすすめ」と、スタッフの高橋知(さとる)さんは話す。その説明どおり、香り高く、甘さのあとに感じるコクの余韻が心地いい。一度のオーダーで7〜8煎ほど味わえるため、煎を重ねるごとに変わる、それぞれの香りと味わいを楽しんでみてほしい。

また、佐野さんは「岩茶を飲んでいると、排せつ機能が活発になったり、体がぽかぽかしてきたり、その日のお客様の体調によっても感じ方が変わるのよ」と話す。体に“お休み中のスイッチ”を入れるきっかけとして岩茶をいただくのも、新しいお茶の楽しみ方だと感じた。

店主・佐野さんの活動

佐野さんの書籍は店でも販売している。
佐野さんの書籍は店でも販売している。

佐野さんは、この店の店主を務めながら、作家としても長年活動を行っている。大手出版社で週刊誌記者として活躍した後、ニューヨーク大学へ。その経験を活かして、これまで小説や岩茶についてまとめた本など数々の書籍を出版している。この店には、そんな佐野さんのファンも多く訪れるという。

また、“日中文化交流サロン”として、佐野さんはこの店で中国茶教室や音楽家らによる文化イベントを開催したり、年に一度、岩茶愛好家とともに武夷山を訪れ、劉さんの作るできたての岩茶をいただく旅行を主催したり、創業以来さまざまな文化活動も続けている(この活動は新型コロナ感染が収束するまで休止)。

中国で買い集めたという茶器が飾られた一角。
中国で買い集めたという茶器が飾られた一角。

お茶をいただいている間、佐野さんが掛けてくださった言葉が今も印象に残っている。

「散歩の途中で体にいいお茶を飲めば、鬼に金棒かな!」

中目黒を散歩するときは、岩茶をいただきに、そして佐野さんと高橋さんに会いに、またこの店を訪れたい。

『岩茶房』店舗詳細

岩茶房(がんちゃぼう)
住所:東京都目黒区上目黒3-15-5/営業時間:12:00〜17:00/定休日:日・月/アクセス:地下鉄日比谷線・東急東横線中目黒駅から徒歩5分

取材・文・撮影=柿崎真英