連載 地方国立大学は産学官連携でどう活路を見いだすか 第10回 100年間磨き続けた「光」が映し出す大学像

連載 地方国立大学は産学官連携でどう活路を見いだすか 第10回 100年間磨き続けた「光」が映し出す大学像

登坂和洋 群馬大学 研究・産学連携推進機構 特任教授/元産学官連携ジャーナル編集長 

静岡県浜松地域は自動車メーカーのスズキ、本田技研工業やヤマハ(旧日本楽器製造)、河合楽器製作所の創業の地。軽自動車開発、独自設計のオートバイ製造、国産ピアノ開発――いずれもわが国初で、“まずはやってみよう”と挑戦する遠州特有の気質「やらまいか精神」の象徴としてよく引き合いに出される。これとセットで語られるのが日本初の電子式テレビの誕生だ。旧制浜松高等工業学校(浜松高工)の助教授だった高柳健次郎が1926年12月、世界で初めてブラウン管に電子的に映像を映し出す実験に成功した。映し出されたのは「イ」という文字だった。高柳は研究を続け1935年、機械方式が主流の中で、全電子方式のテレビジョンを完成させた。 

高柳は学生の教育にも情熱を傾けた。静岡大学工学部(浜松キャンパス)の前身が浜松高工で、その「高柳研究室を原点としている」のが同大学の電子工学研究所である。 

8KカメラのCMOSイメージセンサー開発

静岡大学が掲げる三つの重点研究分野の筆頭が「光応用・イメージング」である。 

代表的な研究成果の一つが、映像メディアの次世代を担う超高性能カメラ(超小型8Kスーパーハイビジョンカメラ)に搭載されているCMOSイメージセンサー。カメラを人間の視覚にたとえると、イメージセンサーは、取り入れた光を電気信号に変える網膜にあたるという。電子工学研究所の川人祥二教授が設立した同大学発ベンチャー、株式会社ブルックマンテクノロジ(青山聡社長)がNHK放送技術研究所と開発したものだ。川人教授は同社代表取締役会長である。 

同社はこの研究開発が評価され、2014年に新設の「大学発ベンチャー表彰」(国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)主催)のJST理事長賞を受賞した。 

川人教授の研究室が2004〜2018年に、半導体集積回路のオリンピックとも呼ばれる国際固体素子回路会議(ISSCC)に発表したイメージセンサーの論文は16件で、世界一の実績だ。 

2013年頃から新しい局面

表1は静岡大学が進めてきた光・電子科学(イメージング)の研究・産学官連携拠点づくりの推移である。同大学にとって光・電子科学研究とそのイノベーション創出がいかに重要なテーマであるかが分かる。スペースの都合で各事業を詳しく説明できないが、2013年頃から局面が変わったように思われる。 

世界的企業の浜松ホトニクスが前面に出てきた。そして同社を軸にイノベーション創出を目指す主要メンバー――浜松ホトニクス、同社が中心となって設立した光産業創成大学院大学、浜松医科大学(浜松医大)、そして静岡大学の4者――の結束が強固になった。浜松医大は、静岡大に劣らず光科学(光医学)研究に力を入れてきた。 

「地域資源等を活用した産学連携による国際科学イノベーション拠点整備事業」に提案した「光創起イノベーション研究拠点」が採択されたのが2013年3月。同年6月にはこの4者が、「浜松を光の尖端都市」にすることを目指す「浜松光宣言2013」に調印した。同年に始まった「センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム」にこの4者が共同で提案。このサテライト拠点には浜松ホトニクスがプロジェクトリーダーを送り、静岡大の川人教授が研究リーダーを務めている。 

大学の統合・再編問題にも影響

表1だけでは分からないが、一方で静岡大と浜松医大の連携が鮮明になっていく。 

産学連携からは離れるが、2018年4月に静岡大大学院光医工学研究科と浜松医大大学院医学系研究科が共同教育課程(博士課程)光医工学共同専攻をスタートさせた。 

そして両大学は2019年3月29日、「国立大学法人静岡国立大学機構(仮称)」の設立」および「大学再編」についての合意書を締結した。この合意は、現在の二つの国立大学法人を一つに統合したうえで、両大学を再編し、新たに静岡地区の大学と浜松地区の大学を設置し、それぞれの大学を経営する形式に移行することを目指すもの。 

浜松地区には浜松医大と静岡大の浜松キャンパス(学部は情報学部と工学部)があるので、「医科工科情報系の大学」が創設されることになる。 

浜松医大の「強み」は光医学研究と産学官連携。「光」で浜松医大と静岡大の工学系が共鳴し、それを「浜松」というキーワードが貫く。 

両大学の統合・再編の合意に至るまでの道のりを想像すると、これまでの光科学研究拠点づくりの取り組みが立体的に見えてくるだろう。 

「地域の科学技術イノベーション」という切り口が、二つの国立大学の統合・再編にまで大きな影響を及ぼしているように見える。 

国立大学間の熾烈な競争・再編が展開されている中で、浜松における両大学の戦略は際立っている。浜松ホトニクスという研究開発型で志の高い企業の存在も、両大学の置かれた状況を見るときに外せない視点だろう。同社は、超大型の光電子増倍管や半導体検出器を開発・製造し、小柴昌俊氏、ピーター・ヒッグス氏、梶田隆章氏のノーベル賞受賞(受賞は順に2002、2013、2015年)に貢献したことはあまりに有名だが、こうしたナンバーワン・オンリーワン企業が地域の大学にここまで寄り添っている――。 

稀にみる事例には違いないが、他の地方国立大学への示唆がないかといえば、そんなことはあるまい。 

来年2月末には新しいデータが発表されるが、文部科学省の2017年度の「大学等における産学連携等実施状況」によると静岡大学の「企業との共同研究費受入額」は3億4200万円で地域貢献型国立大学のなかでは8番目。しかし、同大学より受入額の多い大学のうち山形、信州、熊本、徳島、山口の5大学には医学部があり、研究者の数はそれぞれ約1,050〜1,300人強と多い。静岡大学は研究者772人で戦っている(他の2大学は名古屋工業と横浜国立)。 

上述のように、少なくとも第1期知的クラスター創成事業以降でみても、学内の「選択と集中」が実質化している。知財戦略がしっかりしていることも、同大学の研究・産学官連携の取り組みに筋が通っていることの証だろう。 

大学の知見や最新設備へのアクセスが容易に

産学連携が新局面に入ったと筆者が見るのは、大学の施設整備や中小企業の光技術活用の支援が進む一方、若手研究者育成にも本格的に取り組むようになったからである。具体的には以下の三つである。 

第一に、産学連携ワンストップ機能が強化された。 

国際科学イノベーション拠点整備事業の支援による建物「光創起イノベーション研究拠点」は、静岡大浜松キャンパスに2015年2月オープンした。革新的研究を進めるための設備・機器を備えている。 

また、2016年度補正「地域科学技術実証拠点整備事業」に浜松医大が申請した「はままつ次世代光・健康医療産業創出拠点」が採択され、同事業で建設した建物(医工連携拠点棟)が2019年夏に完成。同大学の「産学連携・知財活用促進センター」、同大学を含む地域産学官7団体が運営する「はままつ医工連携拠点」、さらに、地域の大学、企業などが利用できる共同利用機器を管理する「先進機器共用推進部」が入居して活動を開始した。 

これらにより、中小企業・スタートアップ企業が大学の知見や最新の設備にアクセスしやすくなった。 

第二に、光・電子技術を活用した製品・サービス開発を目指す中小企業を支援する新しい仕組みが設けられた。 

公益財団法人浜松地域イノベーション推進機構内のフォトンバレーセンター(2017年4月設置)が、2018年度から産学官金連携により中小企業の研究開発に対する支援策を始めた。「A−SAP」という名称だ。欧州連合(EU)域内で成果を上げている、光技術を活用する中小企業支援のスキームを手本にしたものだ。 

「企業(支援依頼企業)が単独では解決できない研究開発上の課題を、プロジェクトチーム(大学等に所属する専門家で構成)が主体となって解決する」、「課題解決の経費はプロジェクトチームに支払われ、企業はプロジェクトの成果を手に入れる」という仕組みだ。静岡県、浜松市が財源を拠出している。 

浜松地域は輸送用機器(自動車・同部品など)中心の「単峰型」産業構造で、その出荷額が落ち込んでいる。「連峰型」(輸送用機器の主峰に加え、航空宇宙、ロボット、健康医療、新農業など多様な産業から成る)への転換が課題で、連峰の共通の基盤技術として光・電子技術への期待は大きい。同センターはこうした産業振興の中核的支援機関の役割を担う。 

第三に、静岡大学は光創起イノベーション研究拠点を活用して、若手研究者の育成、研究室のテーマにこだわらない未踏境界領域での挑戦に力を入れている。 

高柳イズムを先鋭化

競争的資金の大型化が進んだこの5、6年、地方国立大学はどこも厳しい戦いを強いられている。静岡大、浜松医大にとっては統合・再編に向けて協議を重ねてきた時期と重なったが、現場は産官とともに、静かに、しかし着実に、研究開発、イノベーション・エコシステムの仕組みづくりに取り組み、打って出る準備をしていたわけだ。 

浜松の地にテレビジョンが生まれたのは1926年。「100年になろうとする今このとき、浜松には何ができるのか?」――この問いを突き詰めたところに「浜松光宣言2013」が誕生した。 

「日本のテレビの父」と呼ばれる高柳健次郎。その舞台である浜松高工が現在の静岡大学工学部で、高柳研究室を原点としているのが同大学電子工学研究所であることは先に述べたが、さらに、高柳の門下生が1953年につくった企業が浜松ホトニクス(当時の社名は「浜松テレビ」)である。産・学は、過去5,6年どころではなく、100年間高柳イズムを先鋭化させ、「光」を磨き続けてきたのである。 (次号につづく) 

産学官連携ジャーナル 2019年11月号 

注)仕様上、写真、図表の掲載が1枚のみとなっていますので、詳細は産学官連携ジャーナルでご覧ください。


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