東京工業大学 研究・産学連携本部 知的財産部門 小林 和人

本稿では、筆者の所属する東京工業大学における研究データの有償提供に関する取扱規則の整備などの取り組みを紹介する。また、取り組みの背景にある産業界の動きとデータ利活用を巡る様々な政策ならびに、これに対する現場での課題と対応を説明する。今後の展望としてデータ利活用に際してのオープン・クローズ戦略とデータの利用対価の算定について私見を述べる。

■企業のデータ利活用とオープンイノベーション
第4次産業革命が進む中、企業はデータを利活用して新たな製品やサービスを生み出している。具体的な例としては大量のデータを機械学習で活用した認識システムの開発、ターゲットとなる特性・効能を備えた化合物・材料の、データと数値計算による探索などが挙げられる。これらのデータについて、知的財産権に該当しないものも含めてその保護を強化するため、知的財産関連の法改正に加えて個人情報保護法や次世代医療基盤法の整備も進んでいる。データの利活用においては、外部機関からの調達や複数企業の協業による取得など、オープンイノベーションでの取引も少なくない。そこで、経済産業省ではデータの取引契約の円滑な締結のため「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」を策定した。これらの動きの中で、大学ではバイオサイエンスや素材などの分野を中心にして、企業から研究データの有償提供を求められる事例も増えてきた。また、これらとは別の動きとして大学には企業から臨床試験実施の要請があり、臨床試験データの対価などについては企業と大学の間で長らく議論となっていた**1。

■オープンサイエンスの推進と大学への要請
大学にはオープンサイエンス政策の下で研究推進する役割もある。2018年の統合イノベーション戦略でオープンサイエンス政策の方向性が示され、その後、機関リポジトリを有する大学等では研究データ(知的財産権に該当するか否かは問わない)の管理や公開などについてデータポリシーを策定し、研究データ管理のデータインフラを整備することが要請されている。

このように大学を取り巻くデータ利活用に関しては、オープンイノベーションとしてのデータ有償利用許諾に加えて、デジタルヘルス改革としての医療・臨床データの提供、オープンサイエンスでの研究データの管理・公開と三つのベクトルが指摘できる。ところが、セクタースペシフィックな行政の下、学内での管轄も別々であるため、オープンサイエンス推進の担当部門では、研究者の意向、個人情報、産業上の価値にかかわらず、データを一律に一般公開することが大学の義務であるような誤解も生じかねない*1。そこで、大学ではこれら背景の全貌を適切に理解した上で、自主的に統一的なマネージメントを図ることが重要になっている**2。図1に大学を取り巻くデータ利活用の三つのベクトルをまとめる。

■研究データの有償提供に関する取扱規則などの整備
東京工業大学では、数年前から研究者が企業にデータ(知的財産権の対象とならないもの)を有償で提供したいとの相談があったが、そのようなデータはデータベースには該当しないため、学内の規則では取り扱い対象となっていなかった。そこで、研究者のニーズの聞き取りや他大学へのヒアリングを重ねて、研究データの有償提供に関する規則の必要性と要件の整理を進めた。学内では、データの公開・利用に際しての上位規範となる研究データの公開方針の検討が始まったところであり、関連部門との協議に1年をかけて、2020年11月に研究データの有償提供に関する取扱規則(以下、「本規則」)を制定する運びとなった。ほぼ同時期に研究データポリシーが制定され、ポリシー運用ガイドラインの中で、オープン・クローズ戦略に基づく公開の判断とともに学術資産としての公開利用と知的財産としての活用の判断を定めることで、統一的なマネージメントを図ることができた。

本規則は研究データを企業などに有償で利用許諾する際に必要な条件と手続きを定めたものである。対象は役職員等が大学での研究活動で取得した研究データである。知的財産権に該当するものは除外される。対象となるデータは特定の研究分野に限定すべきとの意見もあったが、そのような区分と根拠の明確化は困難であり、限定しないこととした。東京工業大学には附属病院がなく、臨床試験データは想定していない。データの権利帰属についても議論したが、法律上の定めのないものを学内で独自に規定しても混乱が生じかねない。そこで、有償提供の届け出があった時に、届け出されたデータを企業等に利用許諾する権利は大学にあることについて、届け出した研究者の同意を得るよう運用するにとどめた。また、個人情報を含むデータに関しては、国立大学としてこれを提供して収入を得ることの妥当性について指摘があり、対象から除外した。また、外部機関との契約、大学の規則や法令に違反したものは提供できないこととした。従前から行われている研究者間の研究目的での無償のデータ授受について、本規則はこれらの行為を制限しない。本規則制定に際しては、データに関連する様々な法令や学内規則が適正に守られているか、という点が改めて問われることとなった。

また、実際のデータの管理は個々の研究者に委ねられていることから、規則だけでは管理の実効性に限界もあった。これについてはオープンサイエンスの推進としてリポジトリを整備した上で研究者が研究データを適切に管理するよう議論が始まっており、産学連携でのデータ利活用についてもこのようなリポジトリで管理の実効性を図っていく方向性を確認した。

■オープン・クローズ戦略とデータの価値・利用対価
東京工業大学ではデータポリシーと研究データの企業などへの有償提供に関する取扱規則を定めたが、今後、同様の規則を整備する大学も含めて、その運用に際しての将来の課題を二つ挙げる。第一はオープン・クローズ戦略の実践である。大学での研究活動は研究者による学術論文での成果発表を基本としており、研究室としてのオープン・クローズ(秘匿管理)の判断は十分にはできていない実態がある。かかる認識を前提に、私見としてデータのオープン・クローズ戦略のあるべき姿を図2にまとめた。データを取得・生成した際には学内で秘匿状態にあり、特に研究競争力のコアになるデータは適切な秘匿管理が重要である。共同研究などの相手大学などがいれば限定的に開示し、研究によっては速やかな一般公開が望ましい場合もある。一方で、企業から産業利用の求めがあり研究に影響がなければ、有償で利用許諾の選択もある。さらにはオープンソースとして無償開放する可能性もある。

第二はデータ利用の対価の算定の考え方とその合意形成である。ここではデータの価値とその利用対価の算定について私見を述べる。データの価値はその希少性、有用性、ボリュームを乗じて算定する(図3-a)。次に、その利用対価は、研究者のデータ生成のエフォート(専門知識と工数など)、企業での研究段階でデータの利用期間・頻度、事業段階での事業収入への寄与の三つに上述のデータの価値を乗じて算定する(図3-b)。事業収入への寄与についてはデータ提供が独占的か非独占的かも考慮する。この算定式はコストとマーケットの両面に着目して導出したものであるが、妥当性についてはさらなる議論を期待したい。

*1:オープンサイエンスに関する学術論文では、知的財産とそれ以外の区分、オープン・クローズの戦略的判断、限定的開示などについての言及したものは見当たらない。

参考文献
**1:石埜正穂、“臨床試験データの知財的活用を巡る議論”、産学官連携ジャーナル、Vol.14 No.2 (2018)
**2:小林和人、日置孝徳、“大学や研究機関で生まれるデータとその利活用ルールを巡る動き”、パテント、Vol.73 No.5 (2020)

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